レンの本心
「レンは魔女を殺したりしないの!」
ギルドの建物にいる間、一切口を開かなければ、後で美味いモンを食わせてやるという俺との約束を破って、フレアがしゃべった。
指先一つであり得ない程の火力を出すことのできるはずの彼女が、杖の先をセシルに向けながら、震える声でしゃべった。
「ガハハハハハ、そりゃそうだろうよ。おっさんが魔女殺しの英雄な訳がねーだろ!」
「荷物を運ぶしか能のない雑用係のおっさんだもんなぁー」
「あの短剣で森の魔女を倒したってかぁー?」
「ないない、そりゃーあり得ねぇーぜ」
男達が笑い転げている。
まあ、今の話の流れではそうなるよな。
「どうしたフレア。お前らしくもないぞ?」
フレアの肩に手を置き、そっと耳打ちした。
俺は何て間の抜けたことを言ってしまったんだろう。
彼女の肩は震えていた。
俺はまだ、フレアのことを全然分かっていないのかもしれない。
「皆さん、レンさんのことを笑わないでください! レンさんは皆さんのために一生懸命働いていたんですよ!」
そしてもう一人、分かってやれていない女がいる――
セシルは一体、こんな俺に何を求めているのだろう。
俺とパーティを組む?
やめておけ。そこに何のメリットがあるというんだ?
笑いの止まらない男たちとは対照的に、ロベルトと、奴に近しい連中の表情は凍り付いたように固まっている。
どういう経緯でこうなったかは知らないが、ギルドに魔女討伐のクエストが成功したと勘違いされた結果、ロベルトは英雄に祭り上げられた訳だ。それが今さら間違いでしたなんてことになったら、街中が大騒ぎになるだろうからな。
「その話、もう少し詳しく聞かせていただこうではありませんか!」
小太りした身体に西洋風の黒いスーツを着た男が、金縁の片めがねをキラリと光らせて、事務所の奥から登場した。
俺がパーティを追放された身分だと知った途端に、ころっと態度を変えてきた嫌なおっさんだ。
「申し遅れました。わたくし、ギルドマスターのジンバでございます。先ほどのお嬢さんのお話は真実なのでしょうか?」
「真実です!」
セシルは拳を胸の高さでギュッと握り、食い気味に答えた。
「この人達はレンさんを魔獣の群れの前に置き去りにして、逃げ帰って来たんです! だから魔女を討伐したなんて絶対あり得ません!」
「ほぅ……」
ジンバは片めがねをケースにしまいながら、ロベルトをじろりと見る。
「勇者様、それは事実ですかな? 事実ならばそれ相応のご覚悟が必要かと思われます故に……。それともこの女が嘘をついていると?」
「そ、そう……だ! こ、この女が嘘をついているんだ……」
「ほぅ……」
再び視線をセシルに戻すジンバ。品定めでもするかのように、セシルの足先から頭のてっぺんまで視線を這わしてから、
「冒険者カードをお見せいただこうか」
「あ、私のカードはレンさんのと一緒に受付カウンターに置いたままでした……」
受付に行こうとするセシルを手で制し、受付嬢に向かって指をパチンと鳴らした。
「今すぐこのお嬢さんのステータスを確認しろ」
「は、はい。えっと……その方の冒険者ランクはEです。回復系魔法のスキルを所有していますけれど、いずれも初級者レベルです」
「ほぅ……駆け出し冒険者レベルのあなたが勇者ロベルト様のパーティに、よく入れたものですねぇ」
「そ、それは……こんな私でもうまく働けるようにと、レンさんがいろいろと助けてくださっていたので……」
「レン……? ああ、そういうことか。さてはお嬢さん、この男にうまく丸め込まれた訳ですな? この男は、パーティをクビにされた腹いせに、お嬢さんを利用して我が街の英雄・勇者ロベルト様を陥れようとした訳ですな!」
と言って、ギルドマスターにビシッと指を差された俺は、一体どう反応すれば良いんだ? 誰か教えてくれ!
ああ……なんかどうでも良くなってきたな。
もういっそのこと、フレアの正体を明かしてやろうか?
そうしたら、パニックになった冒険者の連中は、こぞってフレアに攻撃を仕掛けてくるだろう。
当然フレアは反撃する。
すると、この街はもう壊滅だ。
生き残るのは……俺とフレアの二人だけ……か。
「悪かったな、フレア。人間の街に変な期待を抱かせちまったよな。でも、もう正体を隠さなくていいぞ……」
「ん?」
フレアは、目深にかぶっていたフードを外し、金髪の長い髪をバサッと手で広げる。そして、きょとんとした顔を向けてきた。
俺は懐から布袋を取り出して見せ、
「宿屋のオヤジにもらった塩は、まだこの袋の中に少し残っている。つまり、俺たちが街に来た目的はもう済んだんだ。だから……そろそろ、一暴れして森に帰るか?」
「んー?」
「どうした? 俺の言葉が聞こえないのか?」
「聞こえる。でも、それはレンの本心ではないから私は動けないの」
俺は――
この魔女のことを、まだ何も理解していなかったんだ。
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