回復魔法

 ――人間に力を見せてはいけない――




 これは死んだ母さんと交わした約束。


 母さんが、信じていた村の人々に殺されたあの日、俺は二度と母さんの言いつけに背かないと誓ったのだ。


 だから俺は、セシルが見ているところで魔力マナを使えない。


 幸いなことに、短剣による一撃は魔物に少なからずダメージを与えることはできていた。

 アゴの下から斜めに深い傷を負った魔獣はうずくまり、傷口からジュウジュウと水蒸気を発している。

 魔術師が使う回復魔法ヒールと同様な魔法は、魔物でも使える奴がいる。通常は厄介な相手だが、今の俺たちにはその方が助かる。


「レンさん……脇腹がすごい傷です……」

「うっ、それを言わないでくれ……」


 気にし始めると急激に痛みが増す。


「ちょっと、じっとしててください!」

「す、すまねえ……」


 セシルの手が俺の脇腹にあてがわれている。

 手のひらから優しい光の粒がゆらゆらとあふれてくる。

 俺がその手を掴むと、魔法の詠唱途中だったセシルは「えっ!?」と声を上げ、キョトンとした表情で俺を見上げた。


「なあセシル、破裂魔法は使えるか?」

「いいえ、わたし攻撃系の魔法は使ったことがないんです」

「なら、俺と初めてを経験をしてみるか?」

「レンさんと……初めての……? はうっ」


 俺が肩を抱き寄せると、何を思ったか変な声を出されてしまった。

 だが、一刻の猶予もない。

 魔獣の傷はもうかなり回復しているのだ。


「まずは回復薬を飲め。新しい魔法を使うには、体力も必要だからな!」


 セシルのアゴをクイッと持ち上げ、俺は懐から取り出した最後の一瓶を口に流し込む。


「うっ……ふぐ……うっ……ごくっ……こく、こく」


 吐息があたるほどの近さで、のどがこくこく動く様子を見つめていると、何だか妙な気分になってくるが、俺は立派な大人だから大丈夫だ。

 瓶を口から離すと、艶やかなピンク色の唇が湿って、妙に色っぽくなっちまったな。

 心なしか、長いまつげの奥の瞳がとろんとしているし。


 そのとき、魔獣がむくっと立ち上がった。

 

 

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