勇者パーティを追放されたおっさん、ツンデレ魔女のペットになる。

とら猫の尻尾

第一章 ツンデレの魔女

荷物持ちのレン


 厚くたちこめた雨雲が太陽を覆い隠し、木々が鬱蒼うっそうと繁る森の中は、いつにも増して薄暗い。


 ここは魔女の棲む森。


 魔女は、再三にわたる王国との契約交渉を拒否し、使者は一人として戻ることはなかったという。

 魔女と契約できれば他国への強大なけん制となるが、敵に回せば国家を揺るがす脅威となる。

 それに業を煮やした国王は、国営ギルドを通して魔女討伐を依頼し、真っ先に飛びついたのが、我らが大将・勇者ロベルト率いるSランクパーティという訳だ。 


 だが、森の奥へと進むほどに魔獣は強くなり、その数も増えていく。いかに屈強な戦士といえども苦戦を強いられていた。


「レン、回復薬をよこせ!」

「レン、俺にもよこせ!」

「レン、こっちが先だ!」


 傷付いた戦士たちが、移動式シェルターへ飛び込んで来るなり、矢継ぎ早に俺の名を呼ぶ。

 移動式シェルターの中は、防眩効果により魔獣からは見えない安全地帯である。

 それぞれの戦士たちの状態を瞬時に判断し、必要な分量の回復薬を投与して送り出すと、入れ違いに別の戦士が入ってくる。


 荷物持ちである俺にとって、この場所はもう一つの戦場なんだ。


 特殊な生育歴のある俺には、冒険者として生きる他に道はなかった。

 かといって、華奢きゃしゃで戦闘向きではない体つき。

 だから、俺にとってこの仕事は天職だと思っている。


「セシルは怪我人の治療を最優先に頼む!」

「あ、はい! 分かりました、レンさん!」


 セシルは白と青の神官服を身にまとい、青く長い髪をヒラヒラとたなびかせながらシェルターの中をちょこまかと走り回っている。

 若くて可愛らしい彼女の存在は、がさつな男だらけのパーティに咲いた一輪の花のようなもの。

  だが、パーティに入って間もない彼女には、明確に指示を与える人間が必要だ。だから俺は彼女の教育係も兼任している。


「あ、セシル! その前に俺の手を握ってくれないか?」

「えっ? あっ、はい……?」


 すれ違いざまに右手を差し出すと、セシルは戸惑いながらも両手で俺の手を握ってくれる。

 そしてキョトンとした顔を向けてくる。


 可愛いなー、おい!


 考えてみれば、10ほども歳の離れた女の子にときめくオッサン、という構図も気持ちが悪い気もするが、これは仕方がないのだ。


 こうして手を繋いでいると、セシルの細い指先に白い光の粒が現れ、俺の手から腕へと流れ込んでくる。

 この光は魔法の素で魔力マナを可視化したもの。

 俺はこの世界に転生し、物心ついたときから魔力を光として見ることができた。 


「おいレン! 戦闘中にあんたは一体何をやっているんだ!」


 我らが大将・勇者ロベルトが、俺とセシルの間に割り込んできた。


 Sランクに昇格した際に国王から頂戴した、自慢の金ピカの彼の甲冑の表面に、だらしなく鼻の下を伸ばした俺の顔が映り込んでいる。

 それを見て急に現実に引き戻された俺は、げんなりとした気分で目をそらす。


 セシルはハッとした表情で俺から離れ、慌てて負傷者の手当をしに戻っていく。


「これは戦闘中だからこそ、必要なことなんだけどな……」


 俺がそうつぶやくと、ガッと俺の肩を引き寄せ、険しい表情で耳元に口を寄せてくる。


「セシルには手を出すなと言っているんだ! 彼女はお前のような下っ端のオッサンには相応しくはない!」

 

 いや、俺は確かに手を握らせたけれど、彼女に手を出すつもりはない。もうすぐ30歳の誕生日を迎えようとしている大人の俺には、その辺の分別はついているつもりだ。


 だが、血気盛んな若者の目には、俺のことがすぐ女の子に手を出したがるスケベなオヤジにでも見えているんだろう。


「すまなかったな、ロベルト。もう俺はセシルに手出しはしないよ」


 今は戦闘中だ。荷物持ちという最下層の立場にいる俺が、パーティのリーダーにいちいち反抗していては、全体の士気が下がるというものだ。 

 手を広げて降参のジェスチャーをすると、勇者ロベルトは舌打ちをして、戦列に復帰していった。


 オッサンの流儀〝負けるが勝ち〟だ。

 

 そうこうしている間にも、戦士たちが次々とシェルターの中に飛び込んでくる。怪我の程度に応じて優先順位を決め、セシルに施術を指示する。


 その間を縫って、俺はリュックから回復薬の瓶を取り出し、右手をかざす。

 

変換チェンジ


 俺の右手から魔力マナの光が瓶へ注がれると、緑色の液体が、ピンク色に変わっていく。

 スーパー回復薬の出来上がりだ。


 しかし6本目の瓶をスーパー回復薬に変換したところで、右手から光が消えた。


「くそっ、もう時間切れかよ!」


 俺には生まれつき魔力マナを見るスキルと、物体や魔力の性質を変換するスキルが備わっていた。

 だが、肝心の魔力を蓄えておくことができない。

 一時的に溜めた魔力は、使えば一瞬で、使わなくても時間と共に霧散する。

 今回はセシルから魔力をもらっている途中でロベルトの邪魔が入ったせいで、魔力はあっという間になくなってしまったのだ。


「セシル、回復薬はこっちの新しいのを使ってくれ! そしてそっちの残りを全部寄こせ! ついでにまた俺の手を握ってくれないか?」

「えっと……もう、ありません!」

「えっ!?」

「回復薬はもうありません!」

「……ん!?」

「あわわわっ、も、もしかして私、使い過ぎちゃいました!?」


 顔を両手で覆っていても、あわあわと小刻みに震える口が見えている。

 いや……、その仕草は可愛いけど、今は笑えねぇぞ!


「使い過ぎってお前……あんなにあった回復薬を、全部使い切っちまったのか?」

「ご、ごめんなさーい! 使っちゃいましたー!!」


 本来、回復魔法の使い手である彼女は、回復薬を使わずとも体力の回復まで施術できるはずだが、慣れない戦場の雰囲気に飲まれてしまっていたのだ。


 これは教育係である俺の責任だ。セシルを責めるのは筋違いだ。


 俺はセシルの手を取りながら、なんとか対応策を考える。

 

「あの、あの……レ、レンさん……?」


 頬を赤らめて何か言いたげな感じのセシルだが、すまないが今は相手にしている余裕はない。

 何しろ大量にあったはずの回復薬は道半ばで使い切り、もう手元にある分しかなくなった。

 こうなったら、更に効果を高めた回復薬をちびちびと投与していく方法に切り替えるしかないが、それにも限界がある。

 

 ダメだ。これ以上パーティを進ませる訳にはいかない!


「ロベルト! 回復薬がほとんど残っていないぞ! このままでは魔女に辿り着く前にパーティが全滅してしまう! 今回は諦めて、今すぐ退却の指示を出してくれー!!」


 荷物持ちという下っ端の立場の俺だが、パーティを陰から支える年長者として、リーダーに進言することぐらいは許されていいはずだ。


 俺はシェルターの外へ向けて声を張り上げた。

 

 不覚にも俺の声は魔獣にも届いてしまったらしい。

 なんと魔獣には見えていないはずのシェルターの壁を突き破って、3本頭の魔獣が飛び込んで来たのだ。

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