46 廃村と呪血塊

「なんだいこりゃあ……」

 辺りの惨状を見てタイタニラが思わずといった様子でそう呟いた。


 不思議な青い洞窟を通って行った一斬達が辿り着いた場所は崖下にある不思議な廃村だった。

 燃え尽きて倒れた篝火に放って置かれただろう畑に農具、小屋の中には縛られていたせいか餌も食べる事が出来なかったらしい、干からびた〝何か〟が居た。生活感は無く、扉が朽ちて剥がれ、窓も割れている――何者かに荒らされた後のようだった。

 それでも痕跡からかなり昔に荒らされている事が分かる。既に朽ちて崩れた篝火の木材は日陰になっているおかげか、苔らしきものが生えていた。


「えらいボロボロだねぇ……こんな廃村合ったのか」

「知らなかったのか?」

「少なくとも、アタシは知らなかったね。バーンズなら、何か知ってるかもしれないが……」

 そう言うとタイタニラが大人しく肩に居るドラゴンの顎を指でくすぐった。ドラゴンが指で撫でられると心地よさそうに目を細める――すると、忙しなく動かしていた顔をタイタニラの方へと向けた。

『ズィーガの討伐が終わったのか?』

 ドラゴンの口からバーンズの声で聞こえる。相手からは見えないが、その言葉に癖なのかタイタニラは気まずそうに頬を搔いた。

「あー……そっちは終わったけど、終わってないというか」

『どういう事だ?』

「説明するよ。アタシらも訊きたい事があってね」

『……分かった、話を聞こう』


 タイタニラが今までの事情を説明していく。ドラゴンの表情は変わらないものの、それでも何度か驚いたように目を丸くしているのが見て分かった。事情を聞いたバーンズが使い魔越しにも分かる程の唸り声を上げる。それを拾ったのか、小さなドラゴンの喉が震えていた。


『……ズィーガがアンデッド化したと?』

 理解し難い、言外にもそう伝わる口調にタイタニラも「アタシだって驚いたさ」と返した。

「そんで何人かともはぐれた」

『なぜすぐ報告しなかったんだ』

「忘れてたんだよ、そんな暇無かったし……でさ、あんた崖下の廃村って知ってるかい?」

『ふぅむ……少し〝目〟を繋げてみよう』


 そこでバーンズが言葉を切る。ドラゴンの目が何度か瞬いた。タイタニラから視線を逸らし、村を観察するように首をもたげては翼を広げて飛び立つ。ドラゴンが一通り眺めるように旋回し、タイタニラの肩へと戻って来た。使い魔の鱗だらけの顔は表情こそ分からないが『ふーむ』と何かを吟味ぎんみするような声と同時に首が持ち上がる。


『悪いが……こんな村は俺も知らんな』

「あんたでも知らないってなると……」

『……おそらくだが、この村は<夜を謳うし一族ルナクシャル・ミナ>に滅ぼされた村だろうな』

 <夜を謳いし一族>――その一言にタイタニラ以外の三人も表情を険しくさせた。

「スパーニャは知ってるのかい?」

かしらは……どうだろうな、こちらでも詳しく調べてみよう。お前達も出来る限り調べてみてくれ。ズィーガがアンデッド化した事といい、妙な事が起こっているのは間違いないだろう……くれぐれも、気を付けてな』

「あいよ」


 そこまで話すと使い魔であるドラゴンは再び瞬きをした後、ちろりと舌を出して、次には普通の獣と同じく、辺りを警戒するよう見渡すだけとなった。会話を終えるとタイタニラがお手上げと言わんばかりに肩を竦めて見せる。


「って事らしいよ」

「貴女達でも分からないとなると、妙な話ね。跡継ぎなら領地の事も知っているんじゃないの?」

「確かに前の頭が統治していたけどね。あの男は小心者で、事情を知ってるとなると側近だったガリダくらいだろうけど……あいつが何か知ってても話すとは思えないねぇ」

 チェイシーに訊かれガリダの名前を出すとタイタニラの表情が歪む、口調からして毛嫌いしている様子が見て取れた。

「同じ巨人族でも、仲が良いとは限らないのね」

「そりゃ誰でも一緒だろ」

 多少の揶揄でもするかのようにチェイシーが口元に笑みを浮かべると、タイタニラは「勘弁しておくれ」と今度こそ手を挙げた。

「で、狼、ニオイとやらはどうなんだい?」

「続いてはいるが、薄いな……こっちだ」

 半ばを話を逸らすように振られると、一斬が鼻をひくつかせて廃墟と化した家……というには、些か大きな建物へと歩き出した。


 古びた扉の前に立つと探るように狼の耳が動くが、物音も気配も感じない。その代わり――獣染みた手がドアノブを握った瞬間、強い日射しを浴び、肌が赤くひりつくかのような魔力、そして魔素が噴き出した。


 咄嗟に手を外した一斬と、を感じ取った三人が身構える。


 だが……やはり中に何かが居るようには思えなかった。押し殺すかのように薄く息を吐いて、一斬がもう一度ドアノブを握りそっと押した――今度は先ほどの魔力や魔素の他にも、意外なことにひやりとした空気を感じる。放置されているのが分かるカビの臭いと、中を見れば雑草が木の床を食い破るように生えていた。

 中は礼拝堂のようだった――すっかり色褪いろあせた女神像が四人を迎えるかのように佇み、微笑んでいる。片手に赤子を抱き、もう片手に剣を持っている女神像。それ以外にある並んでいる椅子も、机も、誰かが寝泊まりしたような様子はない。


「……なぁ、ほんとにあの子らがここに来たのかい?」

「着てる……はずだが」

 タイタニラが怪訝そうに尋ねてくると、一斬が多少自身無さげに返した。それでも再び、すん、とニオイを嗅ぎ取るように鼻を鳴らす。何度もそれを繰り返し、机や椅子を観察するように歩きながら礼拝堂の奥へ進み……やがて、女神像の前へと立った。

 そして視線を上げては下ろし――唐突にその場へとしゃがみこんだ。

「――ここ、ずらした跡があるぞ」

「なんだと?」

 覗き込めば一斬が指でなぞった所には、像の土台を動かしたような跡が残っていた。床が変色している様子から、おそらく長年同じ場所に立っていた女神像が後から動かされたのだろう。

「タイタニラ」

「オッケー、動かしてみようか」

 一斬の呼びかけにタイタニラが片腕を回す。そのまま、二人でずらした跡に合わせて像を押すと……下には、隠し扉が合った――先ほど感じた魔力や魔素は、どうやらここから漏れ出しているらしい。ただし、扉には鍵が無かった。だが取っ手をタイタニラが引っ張っても開く様子はない。

「魔法で施錠せじょうしてあるね」

「チェイシー、開けられるか?」

 今度はチェイシーがタイタニラと変わって扉に触れる。指先で慎重になぞった後、立ち上がって思案するように扉を見据えた。

「特定の道具があれば開く系統ね。普段なら時間が掛かるけど、今回は無理やり開ける必要もないわね」

「どういう意味だ?」

「こういう意味よ――」

 そう言ってチェイシーが取り出したのは、ナーシャの心臓から取り出したという<呪血塊じゅけっかい>だった。タイタニラが何かを尋ねる前にチェイシーの手から、赤く妖しい輝きを放つ石が宙を舞う。ゆっくりとそれが扉の上にまで辿り着くと、一層眩く輝き――やがて表面にはひびが入り――砕けた赤い石は地面へ落ちる前に塵となって消えてしまった。

 そして……扉が独りでに軋んだ音を立てて開いた。


「この扉……吸血鬼が作った物のようね。しかも、ナーシャの心臓に<呪血塊じゅけっかい>を埋め込んだ存在と同じ」

「じゃあ――」

「えぇ……」

 チェイシーはゆっくりと三人に振り向き、声を潜めた。


「――ベリアが居るかもしれないわ」

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