42 プルメリアの祭り

「あっ、おかえりミーシャちゃん!」

「どこへ行ってたんだ?」

 教会に戻ってアイラとマットの二人が出迎えたが、少女たちの様子がおかしい事にすぐ気が付いたようだった。手を握り締め合ってる少女たちを一瞥するとミーシャもどう説明して良いのか分からず、しばらくアイラ達の方を見上げていた。

「何があった?」

 マットが屈んで尋ねるが、エリアルは相変わらず青ざめては首を緩く振るだけで、ピナは困惑した様子で今まで見た活発さもなく黙っているだけだ。ミーシャは二人の様子を見ながらも、マットとアイラを連れて少し二人から距離を離し――先ほどあった事を説明した。

 エリアルが「吸血鬼」という言葉を聞いて怯え出した事、大人達が集まって何やら深刻な様子で話し合っていた事……話を聞いたマットは顔を顰めて見せた。


「……リンダさんにここで待機するよう言われていたが、随分とキナ臭い話だな」

「ここに向かったはずのノイさん達も居ませんし……やっぱり何か変ですよね」

「吸血鬼の伝承になんかあるって事だね」

 ミーシャ達がエリアルとピナに視線を向けると、少女たちは何やら不安げにこちらを見ていた。エリアルは怯えの色が浮かび、ピナは友人の様子を気遣っている様子だ。三人が、そんな子供達をどうするかと顔を見合わせた時、教会の扉が開いた。


「ピナ、良い子にしてたかー?」

「……パパ! ママ!」

 現れたのは愛想の良い笑みを浮かべているのは……ピナの父親だという、ペトロと呼ばれていた男とリンダだった。ピナは不安げな様子ではあったが、父親の笑顔と母親の微笑みを見ると安堵した様子で駆け寄って行った。

「おかえり……あの、今日はどうしてたの?」

「この辺の見回りに行ってたのさ」


 父親は手短くそう言うとミーシャ達に気が付いたらしく、歯を見せて笑い「やぁやぁ!」と溌剌はつらつとした声で気さくに話しかけてきた。その様子は、ミーシャがピナ達と見た姿とは全くの別人のようだった。握手を求められるように手を差し出され、マットが握り返すと上下に振り出す。

 凄く仕草と声が大きい人だな……と、ミーシャは思いこそすれど顔には出さなかった。


「君たちが妻の言っていたお客さんだね、ようこそ、タルガ・ズェラへ! 私の名前はペトロ、この村の兵士だ」

「は、はぁ……よろしくお願いします、ペトロさん」

 マットがミーシャの方へちらりと目をやる。聞いていた話と真逆の男の様子に困惑しているような表情だ。そんなマットの表情を、どう考えたのか、隣に居たリンダがすぐに「あなた」と窘めるように声を掛けた。

「押しが強すぎますよ、お客様が驚いてるわ」

「ややっ、これは失礼。いやぁ、よく馴れ馴れしいと怒られてしまうのですが……気を悪くされましたかな?」

「い、いえ」

 ペトロは手を引っ込めると苦く笑って見せるが、マットは首を横へ振った。男のそんな態度を見ていると、どことなくピナの活発さは彼譲りなのかもしれないとそう感じさせた。夫の様子にリンダは隣でくすりと小さく笑って、五人に優しく微笑んで見せた。

「さぁ、今すぐ食事にしましょうか」


        *


 リンダの用意してくれた食事は唯一この荒野の中でも育つ事の出来るというカボチャのスープと、塩漬けされた肉とパンだ。保存用に燻製された肉は塩辛くもあるが、スープとパンのおかげか食べられない事もない。荒野の中にあるにも関わらず、この人数に均等な配分が出来るほど食料は十二分にある事が分かる。

「そういえば、昨日は野菜だけだったけど……あなた達で肉が駄目な方はいらっしゃる?」

「あぁ、居りませんよ。お気遣い感謝します」

 マットがそう断ってからスープ皿と肉の皿を受け取った。リンダは食事が行き渡ると小さく祈りを捧げる。

「それでは、恵みに感謝し頂きましょう」

「いただきまーす!」

「もう、ピナったら」

 ピナは我慢が出来ないのか、祈りの時間が他より短く料理へと真っ先に手を付けていた。白く湯気と香りが漂うカボチャのスープにパンを付けて口に運ぶ、幸せそうに頬をほころばせた娘の口元を、リンダは優しく拭う。


「そういえば、明日は祭りがあるのですよ」

 食事の最中、やはり気さく……というよりは、本人が言っていたように馴れ馴れしいとも言える口調でペトロがミーシャ達へ話しかけて来た。


「お祭り……ですか?」

「えぇ、えぇ、この地は昔からアンデッドが巣食うと言われている土地です。だから、この近辺の村では火を焚いて、一晩中プルメリア様に祈りを捧げ、飲み食いをしながらアンデッド達が近寄らないようにするのです。奴らは光を嫌いますから」

 そう言ったペトロの表情は人の良い笑顔で、ミーシャ達に祭りの内容を話し始めた。


 元々プルメリアは各地を回る神官であり、その傍らに黒い犬を引き連れていた。その血を飲んだ者は病に掛かる事もなく、健康体で居られたらしい。昼間は活動せず、夜にアンデッド達を鎮めながら各村を回り続け、最終的には仲間から裏切られた事により命を落とした。


「そして彼女が亡くなったのが、このタルガ・ズェラなのです。祭りの当日では、一人の巫女がプルメリア様を模して、血と見せかけた酒を振る舞います。我が愛妻がその巫女で……手伝いは、エリアルとピナに任せようかと」

「えっ、アタシとエリアルも?」

 食事に夢中になっていたピナは驚いた様子で顔を上げた。そして、目を逸らした。視線の先には、俯きながらもパンを口に運んでいるエリアルが居る。


 エリアルとその両親は会話に入らずただ食事を静かに続けているが、話に耳は傾けているようで顔を上げてペトロ達の方を見ていた。しかし表情は硬く、よく見れば目の下には隈も出来ており、食事を楽しんでいるといった様子には見えない。酷く対照的な一家の様子には気が付いていたが……これは踏み込んでいいものなのだろうか。

 リンダもペトロも、あえてエリアルの両親が空気を重くしている事には触れていないようだった。ピナは様子から見て、両親に合わせて遠慮しているのだろう。

 だが、ペトロが笑顔を見せたまま、二人の方へと顔を向ける。

「ご両人は構いませんか? それにエリアルも?」

「えぇ……構いませんよ」

 掠れた、低く小さな男の声が聞こえて来た。エリアルの父親と思しき男が、薄く笑みを浮かべる。穏やか、というよりは「薄気味悪い」という言葉が当てはまるような笑みだった。その笑みを見た瞬間、ミーシャの背筋にぞっと悪寒が走る。男は、緩慢にエリアルへと顔を向けた。少女は再び怯えたように肩を震わせる。

「エリアル……お手伝い、出来るかい?」

「……はい、父様」

 まるでエリアルは声をそう声を掛けられる事が分かっていたかような――ピナのように驚く事もなく、あっさりと頷いて見せた。その赤い瞳が、どこか切なげに伏せられている様子に三人も、そしてピナも気が付いたようだったが、ペトロはそんな様子など無視するかのように「おぉっ!」と嬉しそうな声を上げた。

「いやはやありがたい! では、後で打ち合わせをせねばな!」

「そうね」


 まるでミーシャ達がこの光景を見てどう思うかなど、考えて居なさそうな会話だった。子供達の瞳は、どこか不安で揺れているのに、大人たちの会話はそれを気にしていないかのように進んでいく。


 ――ミーシャ、そしてアイラとマットが決定的な違和感を覚えた瞬間だった。

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