41 吸血鬼の伝承
「ミーシャちゃん!」
突然声を掛けられ、ミーシャは肩を跳ねさせた。振り返ると、ピナと……昨日見た少女、エリアルが立って居る。ピナは可愛らしい笑みを浮かべているが、エリアルの方はミーシャを見る目がどことなく不安そうであった。
「ピナちゃん、こんにちは。えっと……あなたも」
少女らしい愛らしさに、ミーシャは自然と微笑んで返した。二人を見ているとカトリアンナの子供達を思い出したからだ。とは言っても、後は赤ん坊だけで子供と呼べるのはピナやエリアルだけのようだった。
その微笑みに、エリアルも少しだけ強張っている様子を解いた。
「ほらエリアル、自己紹介!」
「あっ、うん……えっと、ピナの友達の、エリアルって言います。ガラ・ズェラって村に居るんですけど……遊びに来ました」
「そうなんだ。私はミーシャ、よろしくね」
エリアルは礼儀正しく頭を下げたが、その言葉……特に最後はどこか言い
「そういえば! アイラちゃんの踊り、凄かったよ!」
「うん、凄かった……」
「良かった、アイラさんきっと喜ぶよ」
踊りを披露したいと言い出したアイラにリンダは驚いた様子だったが、すぐに快く承諾してくれた。旅人が躍ると聞いて、村人は集まり、村の中心で小さな祭りが始まった時はピナもエリアルも目を輝かせていたのを思い出す。
水の魔法を自在に操り、踊る姿に村人達は拍手を送っていた。結局、ミーシャは踊ることも歌うことも無かったが。
「今は一人?」
「うん」
ピナにそう訊かれ、ミーシャは苦笑して見せた。
マットは今朝から食料を分けて貰いに手伝いを申し込みに行ってしまい、アイラは先ほど言ったとおり、祭りのおかげか村人達に囲まれて、中心から離れる様子はない。
ミーシャは熱気に圧されてしまったせいか、アイラに断って祭りから抜け出し、教会の礼拝室に一人で座っていた。三人の前には女神像が眠っている子どもを抱えており、微かに微笑んでいる。手入れされてはいるが、表面の色は美しい白とは言い難い。そして……ミーシャの知ってる女神像とはまた少し違っていた。
ローブを着込んだ女性の像、髪は長く波のように揺れており、微笑んでいる。そこまでは普通の女神像と同じだが、違うのは子供を抱えている手とは逆の手に剣が握られている事だろう。剣に刻まれている字は十字でもない、何にも例える事が出来ないような――ミーシャが見たことのない字だった。そして剣を持っているにも関わらず、戦神にしては穏やかな表情であり、女神像と呼ぶには違和感があった。
「この像の人、見たことがないなぁと思って、見てたんだ」
「あぁ、プルメリア様のこと?」
「プルメリア様?」
やはり聞いた事がない名だ、そう思ったミーシャが尋ね返すとピナは「そうだよ」と陽気に答えた。
「私の村で信じられてる神様! 自分の聖なる血を分け与えて、色んな人を救ったけど……最後は戦った悪い奴に血を全部取られて、死んじゃったんだって」
「血を、分け与える……」
――吸血鬼の伝承が残る村。
スパーニャがこの村をなんと言っていたか思い出し、再びミーシャは顔を上げた。今まで
「あの……ピナちゃん達、吸血鬼って知ってる?」
「きゅーけつき? 何それ?」
ミーシャがおそるおそる尋ねるとピナは首を傾げたが、その後ろに居たエリアルがびくりと肩を震わせた――ように思えた。違和感を覚えたミーシャがエリアルと目を合わせると――彼女は酷く怯えており、顔はすっかり青ざめていた。
「エリアルちゃん……?」
尋常ではない様子にミーシャが落ち着けようと手を伸ばすと、彼女は目を見開いてすぐさま離れる。いきなり急変してしまった友人の様子にピナも驚いたようだった。
「どしたの、エリアル……?」
「あ……その、なんでもないの……」
「なんでもないって顔じゃないよ……?」
「ごめん、ごめんね……」
心配そうにピナが肩を支えるとエリアルは唇を震わせて謝るだけだ。
「エリアルちゃん……もしかして、吸血鬼が何か知ってるの?」
「う、うぅん、知らない……知らないよ……」
首を横に振って視線を逸らしたエリアルの表情は、明らかに何か知っている顔だ。何を知っているのか――訊き出すべきか、しかし怯え切った彼女を前にして無理に訊くべきなのか――ミーシャが口を薄く開いては閉じると……俄かに外が騒がしくなった。
「なんだろ……?」
ピナが外の様子を気にするような
「あの、無理に訊こうとは思わないから……ごめんね、怖がらせて」
そう謝ると、今度は驚いたようにエリアルは目を丸くした。
「外、行ってみようか」
アイラの様子も気になっていたところだ。促したミーシャに少女二人は顔を見合わせると頷き、手を繋いで外へと向かった。二人の後を追う前に、一度女神像に振り返ったが、やはりこちらに薄く笑みを浮かべているだけだった。
*
「――やはり近くの村も――だそうだ」
「そうか……ペトロ、――の様子はどうだ?」
「今の所は平気だ。だが――が居るからここもいずれは――かもしれん」
「ならば――子供達だけでも」
入口では武装した男達が立っていた、向かい合っているのはリンダも含めて大人の女達だ。各々が険しい顔つきで先頭に立っていて、率先して喋っている男と老人を不安げな眼差しで見つめていた。
話し声を途切れ途切れに聞きながらも、近寄りがたい――
「あれ、ピナのパパだよ」
「えっ?」
「あの、一番前に居る人」
そう指したのは武装した男達の……おそらくリーダー格と思われる人物だった。腕や足、僅かに見える肌には傷が走っており、背中に大剣と弓矢を背負っており、その恰幅の良さと顔の彫りの深さは正面に立って居れば気圧されてしまいそうだろう。ピナの髪色や顔とは似ても似つかない。
「パパ達……どうしたんだろ?」
ピナは大人達の方を覗き込んでは不思議そうに呟いた。逆にエリアルは完全に壁に隠れては、微かに震えながら必死に両手を握り締めている。
「エリアル……どうしちゃったの?」
「ごめん、ごめんね……」
エリアルが異常なまでに怯える様子に、ピナが心配そうに尋ねてもエリアルは先ほどと同じように謝るだけだった。
「――もはや、避けられん運命かもしれんな」
老人がそんな言葉を、まるで周りに言い聞かせるかのようにしゃがれた声を張り上げて言った。
「しかし皆の衆、我らはダルガ・ズェラの民、心配するな。必ずやプルメリア様が奇跡を起こしてくださる……今は信じよう」
そんな言葉を最後に大人達は次第に散っていった。帰る足取りも、皆重そうだ。ただならぬ空気の中、話を聞こうと誰かに駆け寄る事も出来ずに三人は教会へと戻って行った。ピナに手を引かれているエリアルは、その間、酷く怯えた様子のままだった。
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