34 狩人の統率者 ズィーガ・グナ

 その日の朝は何事もなく迎える事が出来た。焚き火の始末をした後で、辺りを見渡しても昨日のようにドラゴン達の鳴き声は聞こえない。川のほとりで水を汲んでみると魚が一匹も居らず、荒野の僅かな資源は全てドラゴンが掌握しょうあくしているようだった。

 それにしては夜に襲撃されず、アンデッド達にも襲われず、穏やかに朝を迎えられた――それが、妙に引っ掛かりを覚えた。


「渓谷のドラゴンはこんなに数が少ないのか?」

 疑問に感じたマットがタイタニラに尋ねれば、彼女は昨日までの快活かいかつな雰囲気から打って変わって、真面目な様子で何やら考え込んでいた。

「わざとかもしれないねぇ……」

「わざとって……そこまで考えるの? そのズィーガってやつ」

 その言葉にアイラがいぶかに眉を寄せるが、タイタニラは鋭い眼差しを向ける。

を甘く見ない方がいいよ、アタシの仲間も何人か食われてる。大体の奴は何が起こったか分からない内にやられたらしいからね」

 そう声色を落とし、釘を刺してくるタイタニラの言葉に……ミーシャはぶるりと肩を震わせた。


 無意識の内に、ミーシャの手は腰へ下げた銃をホルスター越しに触れていた。その事に気が付くと、ホルスターに伸ばされた己の手を見て信じられない気持ちになってしまった。

(前まで、あんなに怖かったのに……今は安心してる)

 自覚はあった、今はこの鉄の塊が拠り所になっている。昨日もリーンシアが襲われると思った瞬間、手は引き金を引いていた。自らがやった事だというのに、今更恐ろしさを覚えるなんて……中途半端な考え方だ――そう自分を戒めると、ミーシャはホルスター越しに銃を握り締めた。

(でも、やるしかないんだ……皆さんの足を引っ張らないように……)

 俯きつつもそう考えているミーシャの様子に、マットが何か気が付いた様子だったが……言葉を掛けるより先に、他の仲間は話が進んでいるらしく意識がそちらを向いた。


「お前は見てないのか、タイタニラ?」

 一斬の問いにタイタニラは「うーん」と腕を組んでは唸って見せた。しばらく考えては、思い当たる節がないのか首を横へと振る。

「スパーニャも言ってたけど、逆光や影になってる場所でよく見えなかったんだよ。アタシの時も、キャラバンの連中を逃がすので精一杯だったしね……ただ言えるのは……見た瞬間〝普通じゃない〟と分かるだろうね」

「根拠は?」

「アタシの勘だ」

「なら当たるだろうな。嫌な話だ」

 溜息混じりに一斬はそう零すと、マットの方へと振り返る。

「マット、後ろの方を任せていいか」

「あっ……あぁ、分かった」

 声を掛けられて、上の空だったのか――少々遅れてマットは返事を返した。微かだが顔を強張らせたようにも思え、一斬がその顔を凝視ぎょうししていると……マットは視線をらして、白々しく咳払いして見せた。

「さぁ、行くぞ。時間が惜しい」

「……そうだな。俺が先を歩くから、タイタニラは道を教えてくれ」

 話題を逸らしたようにも感じるが、一斬もそれ以上何かを問う訳でもなく会話を切り上げた。それから食事を済ませ、仕度をして立ち上がる。各々が武器をいつでも抜けるように、警戒をしながら進んでいくが……罠らしきものも無ければ、待ち構えている様子もない。

 荒野には珍しい緑が生い茂る場所にも関わらず、鳥のさえずりらしきものないせいか、その静けさから声を潜めて話す者も居なかった。おそらく、通行止めになる前に置かれただろう目印を頼りに進んで行くと、もうすぐスパーニャが話していた出口へ辿り着こうとしていた。


 やはり生き物の気配はなく、その代わりに道を進む度に増えていくのは破壊された木の車輪、麻袋が転がり、その近くには折れてしまった剣に盾……明らかにキャラバンが襲われた跡だ。ここで金は意味を成さないせいか、道端にコインの詰まった袋すらあった。

 しかし、彼らを襲っただろう襲撃者の姿は見当たらない。


 一行がそれに違和感を覚え始めた矢先――不意に向けられた殺気に、全員、その場で足を止めた。

 先頭を歩いていた一斬が、その気配と迫りくる羽音に空を見上げた瞬間、巨大な影が一行の頭上を通り過ぎた。風が木をぎ払わんとする勢いで葉を揺らし、にわかに全員が武器を構える。


 そして、は空を旋回した後、悠々と背の翼を畳んで渓谷の出口へと降り立って来た。


 だが、眼前へと姿を見せたそのドラゴンは人間を目視したにも関わらず、慌てふためく様子も怒り狂う様子もなく――ただ来訪者を見据えて丸い瞳を細める。


 傷を負っては再生したのか溶岩を彷彿ほうふつとさせる赤と黒の分厚い鱗。胸や腹などの蛇の腹を思わせる薄い土色の皮膚には無数の斬られた痕が残り、鱗に覆われても分かるほど隆起りゅうきしている筋肉、人と同じく二本の足で大地を踏み締めているせいか、見下ろす姿には威圧感を覚える。

 今まで相手にしたドラゴン達が獣性じゅうせいのまま振る舞っていたのなら、眼前のドラゴンからは人に近いものを感じた。広大な赤い荒野を背にし、威風堂々と立ち塞がるその姿は、対峙する者へ畏怖いふの念を抱かせるには充分なものだろう。


 そして、行く手を阻むこのドラゴンこそ、狩人の統率者――ズィーガ・グナだという確信を一行に持たせた。


 目の前の統率者もまた、己の首を狙う存在と戦う事を望むのか――琥珀こはくのような瞳が見開かれ、一際ひときわ強く輝いたように思えた。


「ゴオォオォォオ――ッ!!」


 統率者は渓谷を、大地を震わせるような雄たけびを上げ、戦いの火蓋を下ろすと――捕食者に相応しい眼光を一行へ向けた。背の翼が大きく広がり、羽ばたき、ドラゴンの周りに生温かく乾いた風が吹き荒れ始める。

 微かに開いた口、牙の隙間から炎が溢れ、火の粉が風に乗って舞い上がった。


「来るぞッ!」


 太陽の日射しとは別に、肌を焦がすかと錯覚さっかくしそうな程の熱が迫る――それを振り払うかのように、一斬が鋭く声を張り上げた。

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