15 救援

「イテテテッ……」


 腹部へと手を伸ばすと血が張り付く、滑らかに手を流れるそれは指で擦れば皮膚に張り付き、嫌な臭いが鼻を刺す。白衣も真っ赤に染まっていた。再び出来てしまった傷に回復魔法をかけて塞ぐ。その間、動かない相手を観察しながらもブライバークは背後の気配を探った。

 ミーシャ達が先ほど部屋の中へと入っていくのが見えた。不安がないと言えば嘘だが、必要な術は教えてある――今居る自分のみでどうにかするしかない。


(反撃はするけど攻撃はしない……変な動きだ。攻撃が弾かれる事と関係があるのかな)


 先ほどから殴っても壁のようなもので弾かれてしまう。だが、何度も拳を叩きこんでいく内に、その感触、反響が徐々に変化していっているのにも気が付いた。


 ――恐らく、防御魔法でも限度がある。


「ごきげんようブライ、手酷くやられてるわね」


 突如として聞こえた声、現れた姿にブライバークは驚いた。隣には目を細め頬んでいるチェイシーがいつの間にか佇んでいた。驚きながらも、青のドレスを纏った彼女の姿を認めると多少は安堵したように笑った。

「チェイシー……助けに来るならもう少し早くが良かったかな」

「これでも急いで来たのよ。普段なら、ここへは飛んで来れないし」

 辺りをうかがいながら、チェイシーは巨大な人狼の姿を見ると「ふぅん」と興味深そうな目を向けた。

「魔法で作られた壁があるけど、そこまで知性が残ってるようには見えないわね」

「でしょう? だから不思議なんだよね、妙に堅いし」

「まぁ、何はともあれ……アレを砕きましょうか――」

 チェイシーの両足が青白い光を放つ。一瞬だけ廊下が眩く照らされ、人狼が耳を立てて姿勢を低くすると一気に警戒するように牙を剥き出しにした。

「行くわよ」

「オッケー、いつでもどうぞ」

 ブライバークも再び拳を作る。だがその手に炎はない。二人が同時に駆け出してくるが人狼もただ待っているだけではない。新たなに現れた存在に直感でも働いたのかかわそうと身をひるがえしかけ――その足が背後から飛んできた鎖で拘束された。まるで蛇のように絡みついてくる鎖は、踏み締める足をその場に留める。


「そうはさせないよん」


 人狼が振り返るとアイラが悪戯でも成功した子供のように意地の悪い笑みを浮かべていた。人狼が鎖を外そうともがくより前に、チェイシーは足を、ブライバークは拳を、それぞれに振り上げていた。叩きつけられる壁はヒビが入っていき――やがて、小さく亀裂が入る。


 ――そして、硝子の割れるような耳障りな音と一際大きな爆音が同時に廊下へと鳴り響いた。


 建物全体が揺れるような衝撃が起こりミーシャ達がその音に急いで顔を出すと、そこには真っ黒に焦げて倒れている人狼と、ブライバーク……そしていつ到着したのか、チェイシーとアイラが居た。

「チェイシーさん! アイラさん!」

「あれれ~? ミーシャちゃんも居たんだ? 無事で良かったよー!」

 鎖を回収し終わったアイラが嬉しそうに跳ねて見せると、その場違いにも思える雰囲気にミーシャは困ったように笑った。

「ごきげんよう、ミーシャ、それに一斬も」

「俺はついでか」

 微笑んできたチェイシーに呆れたようにしながらも一斬がそう返す。

「それにしても、間に合ってよかったわ」

「間に合う?」

「えぇ、だって――」


            *


 人狼が牙がまさにマットの頭へと牙をかけようとしていた直前、突然、背後で強い風が吹き荒れ、飛び掛かろうとしていた人狼の体を吹き飛ばした。着地した後で顔を上げ、入口の方を見ると――そこには一人の女が立っていた。


「まるで劇みたいに都合がいい登場の仕方ね」

 つまらなさそうな顔をした後、皮肉げに人狼は鼻で笑ってみせた。


「お前には都合の悪い筋書きだろうな」

「リーンシアさんっ!」

「隊長!」

 レイピアの先を人狼へ向けるリーンシアに、マットと兵士は安堵したような笑顔を見せた。


「私の部下にこれ以上手出しはさせない」

 血だらけの部屋だというのにリーンシアは目を向けずに、ただ目の前の人狼を睨んだ。しかし、人狼は目を細め……突然、戦闘態勢を解くと人の姿へと戻っていった。狼の膨張した体が縮む度、少女の幼さを残した体を包むのは、破れた踊り子の服から真っ赤な――まるで鮮血のような色のドレスへと変わった。


「もういいわ」

 張り詰めた空気の中、ナーシャ・ヒュイの姿をした何故か満足そうに言って微笑んだ。


「なんだと?」

 途端に驚いた表情を見せた面々に、女は「ふふっ」とおかしいと言わんばかりに笑った。

「私の目的は達成できそうだからね」

「目的……?」

「いずれ分かるけど……そうね、ヒントくらいは上げるわ」


「――人狼の血」


 ぽつりと、まるで呟くような短い、だが女は飴でも転がすような声でそう言った。穏やかにも見えるよう微笑み掛けられているというのに、言葉の内容に二人は顔をしかめた。

「あなた達にとっては身近な存在よね? マット・C・レギー、リーンシア・アールヴ」

 名を呼ばれ、こちらを見る赤と金の混ざった目には何もかもを見透かしたような――底の知れぬ闇が広がっている気さえして、マットは思わず生唾を飲み込んでいた。リーンシアは冷静に見つめてはいるものの、女の様子に眉を寄せる。

「……名乗り口上を上げたつもりはないが、誰から聞いた?」

「そこまで口を割るつもりはないわ。あぁでも、悪役はこういう時に自分の名前を言い残すものよね?」

 張り詰めた空気の中、明るい声で何か思いついたように手を叩いて少女の顔をして何かは花が咲いたような笑みを向けた。


「私の名前はベリア、ベリア・コートネアーナ。ふふ、今後ともどうぞよろしく――」

「待てッ――!」


 先ほどとは一転して魅惑的にも見える微笑みを残し女――ベリアの姿は先ほどと同じくまるで最初から居なかったように消えてしまった。二人は気配を探るが、辺りにそれらしい者はいないらしい。辺りには力を失くした遺体と飛び散る血、マット達の後ろには負傷した聖騎士団たちが居る。


「どうやら、転移魔法を使ったらしいな」

「棺桶といい……何故、本部の魔法が解けてるのでしょうか」

「気にはなるがその話はとりあえず後にしよう、状況は?」

「ハッ、負傷者は三名ほどです」

「治療はどうだ?」

 リーンシアに尋ねられ、呆然と眼前の光景を見ていた兵士は声をかけられてやっと状況を飲み込めたのか、肩を跳ねさせ「はいっ!」と驚いたように返事を返した。

「あっ! あ、あと少しお時間をいただけるなら……今ならゆっくり治せそうです」

「そうか……なら――」


 ――リーンシアが次に話そうとした言葉は、大きな揺れと籠った爆発音で掻き消された。


「なんだっ!?」

「……どうもまだ脅威は去ってないらしい、ここは任せても構わないか?」

「わ、分かりました……!」

 不安げではあるものの緊迫した状況に、予断も許されない。その事は分かっているのか、兵士は頷いて見せた。

「ど、どうかお気を付けて!」

「お前も、いざという時は逃げるように」

 そう声を掛けて、リーンシアはマットに「行くぞ」と声を掛けた。

「あっちは……人狼達の部屋だな」

「急ぎましょう、リーンシアさん!」

「あぁ」


 二人分の足音が静かになった聖騎士団本部の廊下へと響いて行った。

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