14 生かすも、殺すも
エルクラットから少し離れた森の中、突然の破裂音に鳥達が声をあげて一斉に飛び立っていった。
立ち上る煙、中に詰められていた火薬の臭いが漂う。地面に小さく音を立てて落ちた、空になった小さな筒……
「うん、ミーシャちゃん筋がいいね。これなら弾丸も無駄使いせずに済みそうだ」
手を叩いて明るく言ったブライバークの表情に対し、少女――ミーシャの表情は浮かないものだった。視線を向けた先には、粉々に砕けた林檎が三つほど、無残な姿となって散らばっている。
「あの、先生――」
「あぁ、片付けなら気にしなくていいよ」
「いえ……その、この訓練は何の意味があるんでしょうか」
エルクラットに着て一か月。まずはこの町のルールを教えられた。そして助手としての手続きの後に「必要な事だ」と教えられ、受けているのがこの武器――拳銃の射撃訓練だった。今までに聞いた事のない破裂音の後、その口が指したものは鉄板だろうと弾丸をめり込ませ、柔らかいものならば易々と貫いてしまう。
「この古代兵器は……昔、人を殺すために作られたものですよね?」
「正確に言うと、それを私が再現したものだね。だから古代兵器並みの威力は出ないし、弾丸は揃えるの大変だし。でも魔法の弾丸も仕込めるようにしたんだ、君は魔法が使えないしこれなら戦え――」
喋るブライバークの言葉の半分ほどは耳に入らなかった。手に持っている黒い鉄が熱を帯びている。
魔法はその者の魔力、そして大気に存在する目に見えぬ精霊の力を呪文を通して借りるという――残念ながら、ミーシャにそちらの才能は無かった。普通に暮らすだけなら魔力など必要ない。使える人間も珍しくないが、使えない人間も珍しくないのだ。
しかし――だから
「――先生」
軽い調子で話を続けていたブライバークにミーシャは鋭く、怯えたような声で話を遮った。真剣な表情で見つめて来る少女に、ブライバークは口を閉ざし彼女の言葉を待った。
「私、怖いです……どうしてこんなものが必要なんですか……?」
人にこれを向けたらどうなってしまうか……そんな事を考えてしまうくらいには、この武器の威力は恐ろしいものに見えた。両手で握り締めたはずなのに、まだ手は震えている。ブライバークはそんなミーシャの様子をしばし見守った後で口を開いた。
「一つは、君は危ない事に首を突っ込む予感がするからかな」
「なんですか、それ?」
「父親が危なかったとは言えど、ウォーター・リーパーの巣に突撃しに行ったんだろう? 私の見立てだけど、君は引っ込み思案に見せかけて中々猪体質のようだからね」
「猪体質……」
言い返したいような表情をしたものの心当たりはあるせいか、ミーシャは言われた言葉に対して肩を落とすしかない。ブライバークはそんな様子を見て「あははっ!」と笑ってぽんとミーシャの肩を軽く叩いた。
「まぁ、そういう事で、いざという時は身を守る手段を身に着けても困らないだろう? 君は魔法も使えないしね」
「それでもこれはやり過ぎというか……」
鉄の板にすら穴を開けかけている銃弾は、威力を落としていると言えど普通に剣を振るっている相手にとっては脅威以外に何者でもないだろう。そんな兵器が自分の手にある、もし手元が少しでも狂えば――不安は拭い切れない。晴れない表情のミーシャに、ブライバークは軽く息を吐いた。
「必要な時しか渡すつもりはないよ。それと理由はもう一つある」
そこでブライバークは一度言葉を切った。黙ってしまった彼を見上げると、穏やかに微笑んでいた表情とは違って真剣な顔つきになっていた。
「――医者として、助ける命もあれば奪う命もある」
その言葉に、ミーシャは心臓が思わず跳ねるような気がした。先ほどは緊張で暑く感じたのに、今は少し寒気がする。
「ミーシャちゃん、魔物の解剖には立ち合った事があるかな?」
「……いいえ」
「普通はそうだろうね。ただ、私達が所属している魔法学会は魔物の解剖や研究も担当してる。だから……魔物を捕まえて、生きたまま解剖したり、研究のために何匹も殺したりする。彼らから採れる毒は薬にもなるから」
語りかけるような口調で淡々と語られている話に、ミーシャは不安げに瞳を揺らしてブライバークを見上げる。彼の表情は語る内容に反して、至って静かなものであった。
「その中には、人狼の研究もあったんだよ」
「人狼の……」
「一斬が協力してくれたけど……体の中を調べる事もあった。再生能力で傷が塞がらないように、銀製のものを使ってね」
話を聞いている内に、ミーシャの頭の中では手術台とそれに横たわる一斬の姿が浮かび……想像を打ち消すために、ブライバークの顔から視線を逸らし
「薬の実験で、まずは人じゃなくて動物に薬を入れる場合もあった。そして経過を見て、それでも効果が出ないまま苦しみ出すと……それ以上苦しませないように殺さないといけない――似たような場面は人にもある」
まるで子供に昔話でも語るように静かなものなのに、ミーシャは言葉が出なかった。風が強く吹き荒れ、木を揺らして森がさざめく。その音に掻き消されそうな、それでもハッキリとした言葉が聞こえた。
「ミーシャちゃん、救うためには殺さなければならない時がある。そしてそうする時には……苦しまないように一発だけで済ませる必要があるんだ」
「一発で……」
ぽつりと零した呟きの後、まだ少しだけ熱を持っている鉄の塊を見下ろした。風に流されているが、まだ火薬の臭いも残っている気がする。
「強いていうなら、これはそういう訓練かな。頭を狙えば大体即死させられるから」
「先生――」
「忘れないでミーシャちゃん」
不安に駆られ問い掛けようとしたミーシャを
「きっと役に立つ瞬間がくるよ。私はね、こういう勘は外した事がないんだ。これは――君の覚悟を確かめる訓練だと思えばいい」
*
火薬の臭いを嗅ぐと過るのはそんな思い出だ。ミーシャは深く息を吸うと改めて手に握られているそれを握り直した。
ローレライのすぐ近くへと発砲されると地面には小さく穴が開いた。破裂音と火薬の臭いは警戒心を呼び起こすには十分だったようで、跨っていた一斬から離れると素早く距離を置いた。一斬もふらつきながら立ち上がり、ミーシャの近くへと寄って来た。
「お前また危ないとこに首突っ込んだのか」
「今回は巻き込まれたので不可抗力です」
「逃げる事も出来たのによく言う」
疲れた様子ながらも一斬が呆れ混じりにそう言ったのだが、ミーシャの目はキツく前を睨んだままだ。一方、バスクは一斬を見て少し怯えた様子だった。
「じ、人狼……」
「そんな警戒すんな、俺は人食わねぇから」
そうは言っても目の前の存在にバスクは落ち着かない様子で、剣を構えているが前と後ろを交互に振り返っている。部屋の外ではブライバークが戦っているらしく、爆裂音と衝撃で地面が僅かに揺れる。
「あ、あっちはいいのか?」
「先生は大丈夫です。それより、今は人狼さん達の方をどうにかしましょう」
部屋には警戒しているローレライと、数的に不利と見たのか、彼女の傍にやってきたペルモは唸り声を上げている。背後ではバンガジャが相変わらずイヒトと格闘しているらしい。両手が塞がっているにも関わらず、機敏に動いては体当たりを食らわせていた。
「どうする?」
「動きを止めるのが先かと」
「出来るのか?」
「幸いにも、彼らの両手は自由に動かせません」
――要するに、足を止めてしまえばいい。
ミーシャが鞄から何かを取り出す。出て来たのは丸い掌ほどの大きさをしたボールだ。それを見た瞬間、隙が出来たのもあるのかローレライとペルモが突っ込んでくる。
「き、来たぞ!」
声を張り上げたバスクが剣を振るうが、震えている手では狙いが定まらず、ペルモへと振られた剣はあっさりと
「グッ――!?」
ペルモが困惑した様子で逃れようとするが両手が塞がっている事もあり、引き抜こうともがき、足を引っ張っても抜ける気配がない。
ローレライも驚いた様子だったがすぐさまミーシャの方を見ては目を吊り上げ、狙いを定める。一斬が目の前に立ち塞がる。腕を振り上げリングで殴ろうとするも、頭を下げて
「グガァッ!!」
仲間を封じられているのを見ていたのか、一斬の後ろからバンガジャが唸り声を上げて飛び掛かろうとしていた。
「おいあんた後ろ!」
バスクが声を上げる。しかし一斬は後ろを振り返る事なくその場で飛び上がると空中で身を
「いつの間にそんな道具の扱い方なんて覚えたんだか」
関心したような一斬の言葉に、ミーシャは力が抜けたのか大きく深呼吸した後で汗を拭い、少しだけ笑って見せた。
「先生のおかげです。このボールの調合も、あの人に教えて貰いましたから」
「
疲れたような息を吐いて、一斬も眉を寄せながらも笑って見せた。
「――皆さん、ご無事ですか!」
イヒトが多少足を引きずりながら向かってくる。顔を殴られたらしく、片頬が
「イヒトさん、怪我を……」
「大丈夫ですよこれくらい。足も軽く
「おい、しっかりしろ!」 そう言ってイヒトの視線の先には入口付近で倒れている兵士たちが居る。先ほどまで呻いていたはずなのに、今は声すら出せないようだ。バスクが治療に当たっていて、体を揺さぶりながら回復魔法をかけている様子だった。
「あの……」
傍に寄って来たイヒトにバスクは目を丸くした後、警戒するように睨みつけた。
「な、なんだ! お前も人狼だろう、怪我人には寄るな!」
「回復魔法の心得なら私もあります。治療させて頂けませんか?」
「なっ……人狼は半分魔物のはずだろ? お前が俺達と同じ魔法が使えるのか?」
「他の方は分かりませんが……私は使えますよ、ほら――」
そう言ってイヒトは自分の頬に手を当てると、その手からは淡い光が放たれ、見る見る内に腫れは引いて元の顔へと戻って行った。バスクは驚いた顔のまま、その光景を見ている。
「その方々の治療、一刻も早く行った方が良いでしょう」
「……仲間に妙な真似をしたらすぐに斬るからな」
「分かりました」
イヒトは頷き、しゃがみ込むと兵士達へと手をかざした。柔らかな光が兵士達を包み込み、鎧を剥がされ、爪痕が残っている傷は塞がっていく。バスクは傷とイヒトを見ながら、不思議そうな顔をしていた。
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