132 独り占めにしたい気持ち

 コンコン、という最初のノック音は耳に入らなかった。

 彼の気配すら気付けない程の集中を破ったのは、『トントン』と増していった音が『ドンドン』と扉をきしませた時だ。


「みさぎ、時間だぞ!」


 返事のない妹にしびれを切らしたれんが、「電車遅れるぞ」と部屋に入り込んできた。


「きゃあああ」


 ビックリして声を上げるのと同時に、指先に灯していた白い光がポンとはじけた。

 前にもこんなことがあったけれど、今日は『返事しなかったら入ってきて』とお願いしている。


「ホントに気付かなかったのか?」

「うん、ありがとうお兄ちゃん」


 部活の前にと思って始めた、魔法の鍛錬だ。

 光を灯したまま集中するという単純なものだけれど、すぐに飽きてしまった初期の頃に比べて精度はグンと上がっている。

 目覚ましの音では気付かないかもしれないという不安に、暇そうな蓮を捕まえて声掛けを頼んだ。


 大体一時間半やる事が出来て、みさぎは満足して立ち上がる。


「お前が何やってるか俺にはサッパリ分かんないけど、きっと凄いことしてるんだろうな」

「まぁ、一応ね」


 コートを羽織って荷物を肩に掛けると、蓮が部屋を出ようとするみさぎを呼び止めた。


「今日部活以外に何かあるの? 咲と夕方から会うんだけど、今日はいつもよりテンション高くてさ」

「え? お兄ちゃんに会えるからじゃないの?」

「それだけなのかな?」


 否定しないのかと思いながら、みさぎは首をひねる。

 今日は部活の後、あやに呼ばれて田中商店へ行く予定になっているが、それはみさぎと智だけという魔法使い限定の呼び出しだ。湊は一華いちかの工房へ行くという。確認はしていないが、咲もそっちに行くのかもしれない。


「けど夕方には会えるんでしょ? お兄ちゃん達って、どんなデートしてるの?」

「俺たち? 映画行ったり、ご飯食べたり。今日は駅前でイルミネーション始まったからそこに行くんだけど」

「意外と普通のデートなんだね。っていうか、私もイルミネーション行きたい!」

「だったら眼鏡くんに言えばいいだろ?」


 この間地元のニュースでその準備の様子が取り上げられていた。放課後部活が終わってからでは行けそうにないと諦めていたが、今日なら絢の所に行った後、湊と合流できるかもしれない。


「うん、そうだね。言ってみるよ。それにしてもお兄ちゃん達って本当に仲良いよね」


 「まぁな」と得意げになる蓮に、みさぎは先日の話をぶつけてみた。


「ねぇお兄ちゃん。咲ちゃんが際どい猫のコスプレしてくれたら嬉しい?」

「はぁ? 何いきなり」

「この間、みんなとそういう話で盛り上がったんだよ。だから、お兄ちゃんはどうなのかなぁって」


 まさかあの時、湊が『見たい』なんて言うとは思わなかった。言い切った彼を思い出して動揺する気持ちを抑えながら、みさぎは蓮の答えを待つ。


「そりゃ嬉しいけど、他の男には見せたくない」

「──すごい説得力」


 兄の兄への愛を感じて、みさぎは「そうですか」と背中を震わせた。



   ☆

「イルミネーション? いいよ。じゃあ帰りに行こうか」

「うん。やった、ありがとう湊くん」


 今日のデートの予定はあっさりと決まって、みさぎと湊はいつものように白樺台の駅へ下りる。

 けれどそんな楽しい気持ちをさらう様に、ホームに足をついた途端、みさぎを眩暈めまいが襲った。白む視界に慌てて目を細めると、湊が「どうした?」と心配顔を向けてくる。


 みさぎは「いつものだから」と眉をしかめた。鞄から取り出したスポーツドリンクを一口分口に含むと、少しだけ楽になる。

 湊は「無理するなよ」と、みさぎの手をつかんだ。


 休日の閑散かんさんとした駅舎で、咲が一人待ち構える。


「あれ、智くんは?」


 いつもだと彼の方が先に着いているし、遅延している感じもない。


「アイツ寝坊したんじゃないのか?」


 咲が不機嫌にほおを膨らませると、スマホをチェックした湊が「来てた」とメール画面を開いた。


「具合悪くて休むって」


 良く晴れた秋空の下で、咲が「はぁぁ?」と怪訝けげんな声を響かせた。





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