111 雨が降ったら

「あの二人、そういう関係なのかな?」


 帰りの電車は、いつも通り閑散かんさんとしている。客と言えば遠くのボックス席に一人と、あとは隣の車両に数人のみだ。


「詳しくは話してくれなかったけど、そういうことなんじゃない?」


 中條ギャロップメイの過去はよく分からないが、ルーシャとの仲はあまり良くないと、昔ヒルスが言っていた気がする。だから恋人同士かなと疑ったところで、みさぎにはあまりピンとこなかった。

 絢も「付き合ってるわけないでしょう?」の一点張りで、真相は謎に包まれたままだ。


 雨はむ気配を見せず、強まるばかりだ。大きな雨粒を横に打ち付ける窓を振り向いて、みさぎはうれいをびた顔をガラスに貼りつけた。


「私、本当に帰ってきてよかったのかな」

「ルーシャも言ってただろ? あんまり深く考えなくていいよ。この間も学校サボったじゃん」


 あれは寝不足だったみさぎが朝の電車で居眠りした時だ。

 ハードルだという体育の授業に憂鬱ゆううつさを感じていたみさぎに、湊がサボリを提案した。

 結局サボってまで行ったのはいつもの広場だったけれど、そこで湊に好きだと言われて付き合うことになった。


 その時の事を思い出して、「そうだね」と返事した声がニヤけてしまう。

 あの時の方が良くないことをしていたはずなのに、今日の方が罪悪感を大きく感じた。


「みさぎは雨が嫌なんじゃなくて、雨の中一人でいるのがダメなんだろ? もしハロン戦で雨が降ったら、俺はみさぎの側に行くから。待っててくれる?」

「湊くん……」


 ターメイヤでのハロン戦で負傷したリーナは、瀕死ひんしの状態で雨の中動くことができず、死を覚悟した。

 あの時の感覚が記憶の端にこびり付いて、雨が降ると全身に下りてくる。


「雨に慣れればそりゃいいんだろうけど、別に慣れなくたって構わない。海堂かいどうだってともだって、みさぎのこと見捨てたりしないから。けど、たとえ結果が伴わなくても、少しずつ慣らしていこう。効果的かどうかは分からないけど、雨の日はデートしようか」

「デート? えっ……本当に?」

「うん。今日は遅いから、少しだけ町を歩こうか」


 みさぎはパッと笑顔を広げた。

 おかしなくらい単純だけれど、雨を嬉しいと思える。

 「うんうん」とうなずくみさぎに、湊は「良かった」と笑んで昔の話をした。


「ターメイヤでリーナに会う前の事だけど、俺、虫が苦手でさ」

「虫?」

「あぁ、食べる方ね」


 そっちかと想像して、みさぎは眉を寄せる。

 ラルフォンの父はパラディンで、戦争の後ずっと他国の傭兵ようへいをしていた。そんな父に付き合って、彼は世界中を旅したという。


「野営が続くとやっぱり食べ物が無くなって来てさ。丸薬がんやくもそればっかりだと効果が薄れるだろ? 食べ物を調達しなきゃならなくなる」


 丸薬とは、リーナの苦手な黒い玉の事だ。それ一粒で空腹を紛らわせることができるものだけれど、一言で言ってマズい。


「狩猟も傭兵の仕事だって言われた。肉や魚は平気だったけど、虫はそのままの姿だから食べれなくてさ、だから食べるフリして食べなかったんだ」

「うん、何か分かる気がする。私もダメそう」

「そしたら数日で倒れた。父親に怒鳴られてさ。帰れって言われて、自分がどんだけ周りに迷惑かけてたかって思い知ったよ──って、いや違うんだ。みさぎがそうだって言ってるわけじゃなくて」


 急に湊が取り乱して、自分の額を手で押さえつける。


「俺はその時から虫でも何でも食べれるようになったから、みさぎもきっかけが掴めればって思って」


 こんな湊を湊を見るのは初めてかもしれないと、みさぎは微笑んだ。


「気にしないで。私が迷惑かけてるのは事実なんだから。湊くんが雨の日にデートしてくれるって言って、少し雨が楽しみになったよ。それってきっかけってことだよね?」

「そう思ってもらえるなら嬉しいよ」

「けど、私に付き合ってばっかりで湊くんは鍛錬たんれんできてる?」

「大丈夫。俺はどこだってできるから」


 剣の鍛錬、魔法の鍛錬、それぞれにやることは色々ある。

 ハロン戦まで一ヶ月と少しだ。

 みさぎはもう少し焦らなければと思いつつ、雨の中のデートへと広井ひろい町の駅へ湊と二人で下りた。



   ☆

「リーナのことラルに任せるなんて、お前本当にヒルスなの?」


 山を下りて水浸みずびたしの身体に傘を差しながら、智が不思議そうに咲を伺った。


「リーナが雨を怖がったなんて聞いたら、真っ先に飛んで行くのがお前じゃん?」

「お前は、僕が僕以外の誰かに見えるのか?」

「まぁ可愛い咲ちゃんだけどさ。お前はお前だな」


 智は「あっはは」と豪快に笑う。

 ヒルスはリーナが大好きで、ラルが大嫌いだ。だから湊がみさぎと帰ると言って文句ひとつ言わなかった咲が、智には別人に見えたのだろう。


 咲自身、驚いている。

 智が言うように、前の自分なら他の何にも目をくれず彼女の元へ駆けつけたと思う。


 雨の中の部活は無謀だと分かっていた。みさぎが元気そうに見えたのも最初だけで、結局途中で離脱した彼女の様子は、湊が智に電話でした報告のみで何も分からなかった。


 心配じゃないのかといわれれば、心配でたまらないに決まっている。

 咲はその感情を抑え込んだ。


 途中から現れた中條にラルからの伝言を伝えると、彼は「そうですか」と答えるだけで表情一つ変えなかった。彼にとっては想定内の事だったのかもしれない。


「僕は湊なんて嫌いだ。けど、僕が湊を嫌いなだけなんだ。みさぎはアイツが好きで、それは認めるしかないんだよ」

「それって親心みたいだな。妹離れしなきゃって感じ?」

「いや僕はみさぎから離れない。絶対だ!」


 咲が意地になって声を上げると、智が「やっぱりヒルスだ」と笑った。







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