111 雨が降ったら
「あの二人、そういう関係なのかな?」
帰りの電車は、いつも通り
「詳しくは話してくれなかったけど、そういうことなんじゃない?」
絢も「付き合ってるわけないでしょう?」の一点張りで、真相は謎に包まれたままだ。
雨は
「私、本当に帰ってきてよかったのかな」
「ルーシャも言ってただろ? あんまり深く考えなくていいよ。この間も学校サボったじゃん」
あれは寝不足だったみさぎが朝の電車で居眠りした時だ。
ハードルだという体育の授業に
結局サボってまで行ったのはいつもの広場だったけれど、そこで湊に好きだと言われて付き合うことになった。
その時の事を思い出して、「そうだね」と返事した声がニヤけてしまう。
あの時の方が良くないことをしていたはずなのに、今日の方が罪悪感を大きく感じた。
「みさぎは雨が嫌なんじゃなくて、雨の中一人でいるのがダメなんだろ? もしハロン戦で雨が降ったら、俺はみさぎの側に行くから。待っててくれる?」
「湊くん……」
ターメイヤでのハロン戦で負傷したリーナは、
あの時の感覚が記憶の端にこびり付いて、雨が降ると全身に下りてくる。
「雨に慣れればそりゃいいんだろうけど、別に慣れなくたって構わない。
「デート? えっ……本当に?」
「うん。今日は遅いから、少しだけ町を歩こうか」
みさぎはパッと笑顔を広げた。
おかしなくらい単純だけれど、雨を嬉しいと思える。
「うんうん」と
「ターメイヤでリーナに会う前の事だけど、俺、虫が苦手でさ」
「虫?」
「あぁ、食べる方ね」
そっちかと想像して、みさぎは眉を寄せる。
ラルフォンの父はパラディンで、戦争の後ずっと他国の
「野営が続くとやっぱり食べ物が無くなって来てさ。
丸薬とは、リーナの苦手な黒い玉の事だ。それ一粒で空腹を紛らわせることができるものだけれど、一言で言ってマズい。
「狩猟も傭兵の仕事だって言われた。肉や魚は平気だったけど、虫はそのままの姿だから食べれなくてさ、だから食べるフリして食べなかったんだ」
「うん、何か分かる気がする。私もダメそう」
「そしたら数日で倒れた。父親に怒鳴られてさ。帰れって言われて、自分がどんだけ周りに迷惑かけてたかって思い知ったよ──って、いや違うんだ。みさぎがそうだって言ってるわけじゃなくて」
急に湊が取り乱して、自分の額を手で押さえつける。
「俺はその時から虫でも何でも食べれるようになったから、みさぎもきっかけが掴めればって思って」
こんな湊を湊を見るのは初めてかもしれないと、みさぎは微笑んだ。
「気にしないで。私が迷惑かけてるのは事実なんだから。湊くんが雨の日にデートしてくれるって言って、少し雨が楽しみになったよ。それってきっかけってことだよね?」
「そう思ってもらえるなら嬉しいよ」
「けど、私に付き合ってばっかりで湊くんは
「大丈夫。俺はどこだってできるから」
剣の鍛錬、魔法の鍛錬、それぞれにやることは色々ある。
ハロン戦まで一ヶ月と少しだ。
みさぎはもう少し焦らなければと思いつつ、雨の中のデートへと
☆
「リーナのことラルに任せるなんて、お前本当にヒルスなの?」
山を下りて
「リーナが雨を怖がったなんて聞いたら、真っ先に飛んで行くのがお前じゃん?」
「お前は、僕が僕以外の誰かに見えるのか?」
「まぁ可愛い咲ちゃんだけどさ。お前はお前だな」
智は「あっはは」と豪快に笑う。
ヒルスはリーナが大好きで、ラルが大嫌いだ。だから湊がみさぎと帰ると言って文句ひとつ言わなかった咲が、智には別人に見えたのだろう。
咲自身、驚いている。
智が言うように、前の自分なら他の何にも目をくれず彼女の元へ駆けつけたと思う。
雨の中の部活は無謀だと分かっていた。みさぎが元気そうに見えたのも最初だけで、結局途中で離脱した彼女の様子は、湊が智に電話でした報告のみで何も分からなかった。
心配じゃないのかといわれれば、心配でたまらないに決まっている。
咲はその感情を抑え込んだ。
途中から現れた中條にラルからの伝言を伝えると、彼は「そうですか」と答えるだけで表情一つ変えなかった。彼にとっては想定内の事だったのかもしれない。
「僕は湊なんて嫌いだ。けど、僕が湊を嫌いなだけなんだ。みさぎはアイツが好きで、それは認めるしかないんだよ」
「それって親心みたいだな。妹離れしなきゃって感じ?」
「いや僕はみさぎから離れない。絶対だ!」
咲が意地になって声を上げると、智が「やっぱりヒルスだ」と笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます