98 友達同士の距離感

 広場でしばらく休んでから山を下りると、道路に出たところで昼を知らせる音楽が辺りに鳴り響いた。


「もうお昼なのか。智くんはどうするの?」


 模擬戦は昼前に終わる予定だったので、食事は用意してこなかった。

 持ってきたパンをかじった程度では流石さすがにまだお腹が減っている。

 あやの店に行くなら問題ないだろうと思って切り出すと、


「ラル、リーナのこと待ってるんじゃない?」


 智がそんなことを言ってきた。


「誘ってみれば? まだ帰ってないんじゃないかな」


 近くに彼の気配はないけれど、みさぎもそんな気はしている。


「でも智くんは?」

「俺はメラーレのとこ行くから」

「あ、そういうことか」


 それがさっき智の言っていた『フォロー』なのだろうか。みさぎ自身が彼女にとってのジェラシーの対象になっているかどうかは分からないけれど。


 みさぎはスマホを取り出して、メールの受信欄を開いた。

 新着は入っていない。


「けど、どんな顔してみなとくんに会えばいいのかな?」


 今日の行動について、何が良くて何が良くないのかの判断基準が曖昧あいまいすぎて、みさぎは答えを求めるように智を見上げた。


「智くんは、今湊くんが怒ってると思う?」

「まぁ怒ってるっていうより、イラついてるなら俺にだろうね。アイツ悶々もんもんとしてると思うから、会いたいってメールしてやりなよ。リーナはいつも通りにね」

「分かった。あぁ、でもこんな格好だし」

 

 みさぎは自分の服装を見下ろしてうなった。

 今日はデートするには程遠い、動きやすさ重視の格好だ。さっきの戦闘で土まみれになった汚れが取り切れていない。


「気にすることないよ。リーナが頑張った証拠だろ? 俺がアイツの立場だったら全然問題ないけど?」

「ほんと? じゃあメールしてみる」


 みさぎは「うん」とうなずいて文字を打ち込んだ。

 送信するといつも通りすぐ既読の文字がついて、返事が返ってくる。その速さに、のぞき込んだ智が思わず眉をしかめた。


「はやっ。ちょっと引くわ」

「いつもこんな感じだよ。たまになかなか来ない時もあるけど」


 これが当たり前のように感じていたけれど、やはり他人から見ると異常らしい。

 湊からの返事は、もちろんオッケーということだ。


「駅で待ってるって。もしかして、もう居たりして」


 冗談で言ってみたものの、実際そんな気がしてしまう。

 湊に会ったら、みさぎは今日のことを謝りたいと思った。


「ねぇ智くん。私は湊くんに、どんなフォローすればいいと思う?」

「フォロー? あぁ、さっき言ったから?」

「うん」

「今会おうって誘ったんだから、それでいいんじゃない? 足りないと思うなら、みさぎちゃんがしたい事をすればいいと思うよ」

「好きだって言えばいいのかな」


 けど、そのセリフはこの間彼に言ったばかりだ。言い訳の常套句じょうとうくになりそうな気がして、他にも何かアドバイスが欲しいと思う。


「智くんはメラーレにどんなことしてるの?」


 とは言っても、彼等だってまだ付き合い出して浅い。

 そんなに例はないだろうが、昔から女子の話題が絶えなかったアッシュの意見が気になった。


 智は「そうだな」と足を止めて、みさぎを振り向く。

 少しだけ迷った表情の後に笑顔が広がって、みさぎは「えっ」と戸惑った。


 彼の大きな手がみさぎの肩を掴んで、視界を陰らせる。


「練習してみる?」

「ちょっ……」


 何故か真面目な顔つきは、保健室で告白してきた時と同じに見えた。

 急に智との距離が縮まって、みさぎは「駄目だよ」と首を振る。


 近すぎる──彼の息と体温まで届きそうな間隔は、友達の距離じゃない。


 みさぎが彼の手を逃れて一歩後ろに下がると、


「ごめん、悪ふざけしすぎた。どっかで見られてたら、湊に殺されかねないね」


 智は悪気なく微笑む。


「練習……フォローするってそういうことなの?」


 彼はキスするつもりだったのだろうか。そんなことを考えたら恥ずかしくなって、みさぎは赤面した顔を横へらした。


「だって、好きな人とならアリでしょ? もちろん、する必要はないんだよ?」


 「うん」と答えて、みさぎは黙る。

 アリだろうと言われても、経験がなくてよく分からなかった。



   ☆

 メラーレは白樺台の隅にある、小さなマンションで暮らしているらしい。

 みさぎは駅へ向かう道の手前で智と別れた。

 さっきはあんなことになってしまったけれど、彼はとても楽しそうに彼女の元へ向かった。


 最近、みさぎは智に対して思う事がある。

 友人で仲間のアッシュと、親友のメラーレが恋仲になったのは嬉しい事だ。けれどそう思う反面、二人の今後を不安に思って胸が苦しくなる。


 メラーレは、ターメイヤで一度死んでから転生した智とは違うという事だ。

 佐野一華は仮の姿で、実際はメラーレという本当の姿が隠れている。

 次のハロン戦が終わったら、彼女は元の世界に戻るのだろうか──その質問は二人にとっての残酷な未来を知ることになる気がして、みさぎは誰にもすることができなかった。





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