90 素直なんかじゃない

「行ったな」


 数日前にともの怪我を治した駅裏の広場からこっそりと顔を覗かせて、咲はみさぎ達の背が小さくなっていくのを見送った。


 「はぁ」と吐き出した息に疲れが混じるのは、もうここに来て一時間以上経っているからだ。

 一本前の電車でみさぎが来るだろうと予想して待機していたが、それで下りてきたのは何故かみなと一人だった。


 みさぎの住む広井ひろい町からの電車は一時間に一本しかない。

 先回りしたらしい湊と鉢合はちあわせして、咲は気まずい空気の中で次の電車までの一時間を過ごした。


 みさぎにバレることを警戒して、れんには今日の話をしていない。せめてみさぎが出掛けるタイミングでメールしてもらえばよかったと後悔しながら、咲は本を読む湊の横でボーっと空を眺めていた。


 家がすぐそこなのに一度帰らなかったのは、姉に会ったら面倒だとか、残した湊が抜け駆けするんじゃないかとか色々と考えてしまったからだ。

 駅裏で若い男女が無言で待機する光景は他人から見たら異様にも思えるだろうが、一時間の間に側を通ったのは犬の散歩をする近所のおじさん一人だけだった。


「俺はアンタが居るだろうと思ってたし、みさぎに智と待ち合わせの時間聞いといたからね」

「それって、お前がストーカーするってバレてるんじゃないのか?」


 湊とは示し合わせてここに集まったわけじゃない。みさぎたちの様子を伺うのに身を潜ませていたら、湊が勝手にやってきてパーティに加わっただけだ。


「ストーカーとか犯罪者みたいに言わないでくれる? 今日は他の用事があってここに来たんだよ」

「だったら隠れてることなんてないだろ? 堂々と同じ電車で来ればよかったじゃないか」

「みさぎが一人で行くって言ったから、遠慮しただけだ。アンタだって何であの二人を見張ってるんだよ。昨日来るなって言われただろ?」


 昨日の帰り、みさぎから「絶対に来ないで」と念を押された。


「僕がそんなに聞き分けが良いと思ったら大間違いだからな? 僕は智が盛大に負ける所を見に来たのさ」


 ほくそ笑む咲を、湊は横目でにらむ。

 二人の姿が見えなくなったのを確認して、ゆっくりと歩き出した湊の横を咲は追い掛けた。


「アンタは昔から変わらないな」

「僕は僕のままなんだよ。お前だってそうだろう? 自分の事認めないのは勝手だけど、駄目だって言われてるのにコッソリ追い掛けるのはストーカー以外の何者でもないからな? これが原因でみさぎと別れても僕は嬉しいだけだぞ?」

「はぁ?」


 突然眉をひそめた湊に、咲は胸を張った。


「だってそういうことだろ? 嘘ついたことになるんだからな。女は怒ったら修正するの難しいぞ」

「女は、って。アンタもそうなのか?」

「まぁ僕はこれでも寛容な方だと思うけどね」

「……そうか、覚えとく」

「うんうん。湊もみさぎのツインテール可愛いって思っただろ? リスクを冒してまで得た眼福がんぷくなんだから、有難く思えばいいさ」

「リスクって……けど、可愛いと思ったよ。それがストーカーだって言うなら、認めてやる」

「やったぁあ」


 半ばヤケになって言い切った湊に破顔して、咲は彼の背をバンと叩く。


「よし、それでこそラルだな。湊、僕のことをお兄様と呼んでも構わないぞ?」

「いや、遠慮しとくわ。オネエサマ」


 棒読みでそう呼んで、湊は溜息を吐き出す。


「はぁ? 僕は女じゃないぞ。女じゃ……くそぅ」


 否定しきれない事実に咲は拳を握りしめると、負けじと湊に言い返した。


「ラルの時はあんまり思わなかったけどさ、湊って硬派そうに見えて全然そうじゃないんだな」

「何が言いたい?」

「ただのだってことだよ」

「はぁ?」

「お前は今日、戦うみさぎを心配してここに来たのか? それとも智と二人きりなのが心配で来たのか? それとも好奇心──」

「全部だ」


 咲を睨んで、湊は言い切った。彼の本音だ。


「だろうと思った。けどアイツはお前が好きなんだぞ? そこだけは自信持てよ。僕はお前に嫉妬ばかりしてる。それってあいつが昔からお前の事ばっかり見てるからだからな?」


 昔はただラルが嫌いだった。嫌な奴だと決めつけて、認めようとはしなかった。

 あの雨の日、リーナを連れて来たのはラルとアッシュだったのに、ラルにばかり怒りを覚えた。


 けれど、リーナの隣に自分以外の男はいらないと思っていたのは、大分前の事のような気がする。

 咲に転生して第一のハロン戦を終えた今、こうして湊と二人で話すことに前のような抵抗はない。自分なりに進歩したなと実感できる。


「僕は、剣も得意でリーナにも好かれるお前がねたましかったんだよ」


 黙っていた湊が足を止めて咲に向く。


「アンタが俺を嫌ってるのは昔から知ってる。けど、俺だってアンタにはなれないんだ。俺にしかできないことがあるように、アンタにしかできないことだってあるんだからな?」

「それって、僕に嫉妬してるってことか?」

「いや、面倒だなって思っただけだ。まぁ、昔の事だけどな」


 少し嬉しいと思った咲の気持ちを切り捨てるように、湊は淡々とした口調でそう言い切る。

 やっぱりコイツは好きになれないと、咲は改めて思った。


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