76 親友の二人

「この間、あやさん来ていったぜ。大体話は聞いたから、お前が一人でここに来るんだろうなとは思ってた。けど、あの人がルーシャだったなんてな」


 頭を上げろと言われて、さきうつろに視線を漂わせながら智の話に力なく相槌あいづちを打つ。

 唇を強く結んでいるのは、気を抜いたら泣いてしまいそうな気がしたからだ。


「まさかここで中間テストをやらされるとは思わなかったわ。話すだけ話したら、いきなりテスト用紙出されてさ。みなとじゃないんだから、そんな予告なしに来られてもできるわけないだろって」


 お手上げだとポーズして、智は笑う。

 智が元気そうでホッとした。生きてて良かった――そう思うと、胸が締め付けられそうになる。

 そんな咲を察した智が「ヒルス」と声を掛けた。


「何だかお前に苦労させてたんだな」

「そんなことないよ。僕はお前を……」

「殺すって? 生きてるじゃん、気にするなよ。今回のは運命でも何でもない、俺の力不足なだけだから」

「最初からお前を助ける決断をしてたら、その怪我だってしなかったかもしれない」

「自分の事責めるな。俺は弱いから、立場が逆だったらお前を殺してたと思う。だから、もう次の事考えようぜ。今のこの状態が最善だと思ってさ」

「智……」


 アッシュはすぐ弱音を吐いて背を向けるけれど、ヒルスは彼を弱いなんて思ったことはない。強がってばかりのヒルス自分アッシュに勝てなかった理由は明白だ。


「ありがとう、智。僕は智が生きてて本当に良かったと思ってる」

「おぅ。それに、俺がまたメラーレにまた会えたのは、お前のお陰だ。それだけで何だか色々吹っ飛んだよ」

「僕は、お前とメラーレの事なんて知らなかったぞ?」

「フラれた女の子の話なんてお前にするかよ。武勇伝にもならねぇ」


 智がにっこりと笑って見せる。

 メラーレのことはきっかけでしかない。申し訳ないと思う気持ちを拭うことはできなくて、咲は無理矢理作った笑顔を返した。

 涙が出た。


「おい、泣くなよヒルス。男だろ? いや今は女の子なのか? みさぎちゃんが今日はアニキとお前がデートしてるって騒いでたけど、連れて来なかったの?」

「な、なんでそんな話……ぐすっ」


 その話題を出されると泣いてなどいられない。咲はズズッと鼻をすすって、ニヤリとする智を睨んだ。


「変だと思うか? 僕がアイツの新しいアニキのこと好きだって言ったら」

「……本気なんだ」

「…………」


 真実に唖然あぜんとする智から目を逸らして、咲は黙る。けれど智はすぐに「いいんじゃないの?」と零した。


「お前が良いんならさ。今は女なんだし。俺はちょっと想像つかないけど」


 もっと驚かれると思ったけれど、智は案外すんなりと受け入れてくれたようだ。


「けど、この間やってたお泊り会って、みさぎちゃんのアニキがどんな奴か確かめる為だったよな? 対抗意識燃やしてなかったっけ? 付き合っちまうなんて何があったんだよ」

「……僕だって驚いてるんだよ」


 姉に持たされたハンカチで目と鼻を拭って、咲は溜息を零した。


「お前、自分が女だってことに目覚めたんだな」

「はぁっ? 気持ち悪いからやめてくれ」

折角せっかく美人に生まれ変わったんだし、悪いことはないだろ? それよりヒルス、さっきみなとたちとも話したんだけどさ、次のハロン戦、お前も戦いたいとか思ってる?」


 智が唐突にそんなことを聞いてくる。


「もちろんだよ」


 咲は迷いもなく、そう答えた。



   ☆

 病院の一階に下りると、コーヒーショップに居るはずのれんがロビーで手を振って咲を待ち構えた。


「あれ、コーヒー飲んでたんじゃ」

「飲み終わったの。そろそろ来ると思ってさ」


 駆け寄った咲を「お帰り」と迎えて、蓮は「良かった」と微笑む。


「いつもの咲に戻ってる。ちゃんと話はできた?」

「うん、まぁまぁかな」


 智へ対する後ろめたさが全部消えたわけではないけれど、蓮に心配されるほどの鬱々うつうつとした気分はもうどこかに消えていた。

 これはきっとメラーレのお陰だと、咲は一華を思い浮かべる。


「なら良かった。この後どうする? 甘いものでも食べに行こうか」

「やった。じゃあ、この間食べたプリンがいい」

「あぁ、あれか」


 みさぎの家に泊りに行った時、朝に食べたプリンだ。バイトで遅くなった蓮がお詫びにと買ってきてくれたもので、何だかあの頃を懐かしく感じてしまう。


「いいよ、行こっか。近いからすぐ着いちゃうけど」

「ありがとな、蓮」


 「どういたしまして」と蓮は咲の手を握りしめた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る