5章 10月1日のハロン

53 電話の向こうの彼の声

 昨日の朝に学校を休むとメールしたまま何も報告できていないことに後ろめたさを感じて、みさぎはさきに電話をした。


 連休初日の朝、みなとに『おはよう』とメールすると、『おはよう』とすぐに返事が来たが、それで終わってしまった。

 本当は会いたいと思ったけれど、今日は家の用事があるらしい。明日と明後日は山にこもると言っていたから邪魔することもできず、咲が暇ならどこか遊びに行くのもいいなと期待してしまう。


 けれど、まずは本題だ。


『みさぎ、どうした?』


 最初の声は、いつもと変わりない。

 昨日のウソはバレているから怒っているかもしれないと思ったが、そうでもないようだ。

 みさぎはホッとしてスマホを両手で握りしめた。


「おはよう、咲ちゃん。昨日の事だけど……」

『昨日? あぁ、サボりのことな。湊といたんだろ?』

「うん、ごめんね。ちゃんと言えなくて」

『気にするなよ』


 いつもなら不貞腐ふてくされた態度を取られてもおかしくないのに、やたら大人しい咲に拍子抜けしてしまう。


「昨日ね、湊くんに好きって言って貰えたの」

『――そうだったんだ』


 流石に驚いたようだったけれど、それも一呼吸分の沈黙で終わってしまう。


『みさぎも湊が好きだったんだろ? 良かったじゃん』

「う、うん」


 いつもとは別人のような咲に、調子がくるってしまう。


「ねぇ咲ちゃん、何かあった?」

『えっ? 何で?』


 咲の声が上ずって、みさぎは怪しいとかんぐるが、そんな時に階段を上るれんの足音がドカドカと響いた。


「ちょっとお兄ちゃんうるさい! 今電話中だから静かにして!」


 廊下に向かって大きく叫ぶと、「はぁい」と声がして音がやんだ。


「ごめんね、咲ちゃん。うちのお兄ちゃん、足音うるさすぎ」


 ガサツでアニメオタクなのに、彼女がほぼ途切れることのない蓮が、みさぎには理解できなかった。

 前の彼女と別れてからは数か月一人だったけれど、最近また相手をみつけたのはスマホをいじる頻度で良く分かった。


『いや、気にならないからいいよ』


 気を使ってくれる咲に申し訳ないと思いつつ、みさぎは朝からめてきたうっぷんを愚痴る。


「聞いてよ、咲ちゃん。お兄ちゃん今朝、朝帰りしたんだよ? あれ絶対に彼女と一緒だったと思うんだよね。聞いても全然教えてくれないのに、やたら浮かれてて」

『う、浮かれてたのか』


 動揺する様な咲の声が気になりつつ、みさぎは話を続ける。


「そうなんだよ。朝から鼻歌歌ってたもん」

『へぇ』


 蓮の鼻歌を思い出したら背中がザワザワとして、みさぎは自分の肩を抱きしめた。


『けど、昨日はみさぎが浮かれてたんじゃないのか?』

「そうかなぁ。そんなことないと思うけど……」


 湊の顔を思い出すと、否定できなくなってしまう。けれどそう言う事にしておいて、みさぎは話題を変えた。


「それでね、ともくんと話がしたいなって思うんだけど、どう思う? お祭りが終わってからって思ってたけど、やっぱり言わなきゃならないかなって」


 智に気持ちが変わったら教えて欲しいと言われている。今の気持ちのまま、それを後伸ばしにしてしまうのは、彼に対して悪いと思った。


『そうだな。湊と付き合うことになったんなら、ちゃんと言った方がいいのかもしれないな』

「うん」

『みさぎ、今日は湊に会わないのか?』

「うん。家の用があるらしくて。あとの二日は修行するって」

『そうか。だったら、今日智に会いに行ってみるか?』

「えっ……今日?」


 時計を見ると、もう昼に近い。


『あぁ。湊が居ないなら、アイツ一人であの広場に居ると思うよ。私、ふもとの所で待ってるから、一緒に行こうよ』


 咲の提案に、みさぎは少し考えて「じゃあ、行く」と答えを出す。

 自分の気持ちも伝えなければならないけれど、それ以外に智と話したいことがあった。


『決まりだな。じゃあ駅で待ってるから、電車決まったら教えて』

「わかった。また後でね、咲ちゃん」


 通話を切ったみさぎは、一人で「よし」と気合を入れた。





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