38 彼を待つ彼女?

 れんとの夜の記憶が数分ごとによみがえって道端で突然奇声を上げる咲は、周囲から危険人物に見えたかもしれない。


「僕は男なんだぞ……」


 深く考えれば考える程、蓮にもてあそばれたような気がしてくる。

 ゾンビのように前屈まえかがみになって溜息を吐き出した所で、広井駅に着いた。


 日曜の駅も半端ないくらい混みあっていて、夏の暑さに不快な空気がムンと漂っている。


 そんな中、咲は改札に入る手前であやに似た女性とすれ違った。

 瞬間的に見えた顔は、きっと他人の空似そらにだと思って声は掛けない。向こうも咲に気付いてはいなかった。


 大体、彼女がデートに行く様な清楚な格好でこんな所にいるわけはないのだ。

 絢ならきっと、際どいものや大胆な服を着ているだろうと勝手に予想して、咲はそのままホームへ向かった。


 町から離れる電車は、乗客が数人だけだった。

 昔は咲も広井町に住んでいた。たった五年ですっかり田舎暮らしが板について、人が居ないことにホッとしてしまう。


 あんなことがあったせいで蓮の事ばかり考えてしまうが、とりあえずそれは脳みその端に追いやって、咲はこれからの事を考えてみた。


 自分が選べる選択肢は、二つだと思う。

 このまま何も知らないふりをして、誰にも何も言わずに十月一日を迎えるか。それとも、みなとともにも全てを話すか。


 みさぎにはまだ記憶がない。

 彼女はこのままの状態で十月一日を超すのだろうか。


「いや、それはないんだろうな」


 考えるなら、最悪のシナリオを仮定しておいた方がいいと思う。


 もし今みさぎに記憶が戻ったら、彼女はどうしたいと言うだろう。

 死んでしまうアッシュの武器を引き継ぐためにこの世界へ来たいと言ったリーナは、あわよくば彼を助けたいと思っていたのかもしれない。


 それはアリなのか、ナシなのか。


 絢は「未来を変えてはいけない」と言った。未来を変えてしまったら、もっと悪いことが起きるかもしれないと言われても、想像力が足りなくて全滅ぜんめつのシナリオに辿り着くばかりだ。


「それは困る……どうしたらいいんだよ」


 咲が頭を抱えたところで、メールが入った。

 タイミングがいいのか悪いのか分からないが、知らない番号はすぐに蓮だと分かった。

 咲は妙に緊張しつつ、スマホを両手で持ってそっとボタンを押す。


『番号ありがと。昨日はちゃんと寝れた? いつでも連絡してきてね』


 やっぱり何か勘違いされているかもしれない。

 咲からの返事は『ちゃんと寝ました』の一言だ。すぐにまた『良かった』とメールが来て、咲はそのままスマホをポケットにしまった。


 面倒なことになってしまった気もするけれど、何だかそのやりとりにホッとしてしまう。


「駄目だ、そんなの駄目だからな? 僕は男だぞ」


 一人悶絶もんぜつしながら、咲はふるふるっと顔を震わせる。


 ――『好きになるってどういうこと~』


 昨晩みさぎに聞かれたことが、自分にブーメランして返ってくる。偉そうなことを言ったけれど、自分こそ実際はよく分からない。

 リーナがラルを好きなことだって、本人以外はみんな知っていたのだ。


「そういえば、リーナは何でラルが好きだったんだっけ……」


 ふと沸いた疑問は、五秒後には答えが出た。


「あれだ――」


 思い出さなきゃ良かったと後悔する。


 ラルとアッシュがリーナの側近になってしばらくした頃のことだ。

 昔もナンパ師だったアッシュは、最初からリーナと仲が良かった。兄であるヒルスと兵学校の同期で顔馴染みだったのもあるだろう。

 なのにラルは最初リーナに冷たかった。側近として黙々と仕事をこなしたのは、ラルの性格もあるけれど、リーナはそんな彼が気になって仕方がなかったようだ。


 ――『兄様! ラルが笑っているところを見たの! 初めてだったの!』


 めちゃくちゃ嬉しそうに報告してきたとき、もうリーナはアイツのことを好きだったんだと思う。


 結局今と変わりない。『押しまくるより引いてみろ作戦』をラルがしていたわけではないだろうが、無意識に発動したその効果で、まんまとリーナの気持ちをつかんでしまったわけだ。


「僕はあの瞬間から、ずっとラルが嫌いなんだ」


 「けっ」と咲は不満顔で吐き、ちょうど駅に着いた電車を降りた。


 もう今日はこのまま帰ってアイスでも食べようと人気ひとけのない駅舎に入った所で、何故かここで一番会いたくない男に出くわした。


「ギャロ……中條先生……」

「海堂さん、朝帰りですか?」


 ベンチで一人本を読んでいた、異世界名・ギャロップメイこと担任の中條明和めいわが、顔を上げてそんなことを言ってくる。


「違います。みさぎの家に泊って来たんです。朝帰りなんかじゃないです」


 執拗しつように脳内へ攻めてくる蓮の記憶に反抗して、咲は強気に言い切った。

 中條は、咲が来た広井駅の方向へ行く上り電車を待っているらしい。あっさりとした私服は、これからデートにでも行くのかと突っ込んでやりたいくらいだが、この人にそんなことは言えない。


 早々に立ち去ろうと「じゃあ」とすれ違ったところで、咲は足を止めて彼を振り向いた。彼に背を向けたまま、ふと沸いた思いを尋ねてみる。


「あの、教官。僕はハロンと戦えると思いますか?」


 自分はラルより弱い。アッシュのように魔法も使えない。けれど、可能性はゼロじゃないと思ってしまう。


「今の貴方には無理ですよ」


 中條はハッキリと言い放つ。そこに感情はなかった。淡々と告げられた事実だ。


「僕が弱いから……女だからですか?」

「そうは言ってませんよ。ただ、今の貴女には無理だと言ったんです。諦めなさい」


 薄く笑みを残して、中條は改札の向こうに消えて行った。


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