赤髪の傭兵ユナ

Kisaragi

プロローグ

 男は戦場に在って、初めはそれが夢か幻に感じていた。

 白銀の剣戟けんげきが舞うごとに血しぶきが舞い、ひとつの命が終わっていく。

 それを為しているのは、一人のまだ年若い女だ。

 彼女自身の魔力で逆巻く赤い髪は、まるで紅蓮に燃えている炎のようだと男は思った。

 常に前に向けられている冷淡な眼差しは、味方であるはずの自分でさえもゾッと背筋が凍りつく心地がする。

 だから相対した敵は一度はひるみ、容易には近づけないのだろう。

 敵も味方も、等しく死神の鎌が首にかけられている中で、その死が平等でないとするのならば、彼女がいるからだとさえ思えた。

 降り注ぐ矢は貫く前に弾かれ、突き出された槍はことごとく意味を成さず、振るわれた剣は切り結ぶことさえ許されない。

 味方を犠牲にしてまで放たれた魔導の炎も、彼女の道を彩る明かりにしかならなかった。

 誰しもが彼女を止めようとし、誰も彼女を止められない。

 兵士が斬られ。

 騎士は貫かれ。

 魔導士は討たれ。

 一軍を率いる将軍さえも首をねられた。

 その無慈悲な死神の姿は、いつ終わるとも知れぬ身だからこそ余計に美しく感じた。

 感じてしまったのだ。


 男が見初めた彼女――ユナ・フェラシアは、英雄となるべくして生まれた女だった。

 同じ使い捨ての傭兵部隊にあって、同じ剣に生きるしかない身であるのに、どこまでも違う。

 自分はこんな風にはなれない。

 ましてや彼女に近づくことなどできようはずもない。

 そんな卑屈とも、諦めとも呼べる想い。


 男が道を踏み外したことに理由があるとするのならば、きっかけはそこにあったのかもしれない。

 だが、そのようなことはユナも、男自身でさえも、ついぞ知ることはなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る