第97話 対異海宗~激突、邪神の眷属~

一瞬、海底神殿内が静寂に包まれる。

突如現れた5人組に謎の啖呵を切られて反応に困る魚人達は互いに顔を見合わせる。

その中の一人の魚人が勇者の顔を見て、急に慌てふためく。


「あ、あいつは俺達の仲間を(文字通りの意味で)刺身にした奴ギョ!?」


その魚人は船を襲撃してきた一団の中に居たのだろう。

故に、あの時の鬼神の如き強さの勇者を思い出し、足をがくがくと震わせている。

その姿に周囲の魚人にも恐怖が伝染しそうになるのを蛸神官が一喝した。


「えぇい、何を竦んでいる! あの娘一人が強かろうがこちらは100人もいるのだ!

 一斉に押し潰してしまえ!」


実際には先程何人か瞬殺されているので100人ではないが、数の優位は変わらないので魚人達もその言葉に背を押され、勇者一行へと襲い掛かってくる。


「まぁ、威勢がいいのは結構だがよ…」


ゆらりと煌めく剣の軌跡だけを残し、剣士が二刀を鞘に納める。

ゆったりとした足取りで飛び掛かってきた魚人達を、そのままするりと抜けた彼の背後で魚人達は声もなくどさりと地面に倒れていく。


「誰がって言ったよ…あぁ゛ッ!」


普段の面倒見が良い兄貴分といった顔を捨て、まるで猛獣の如き眼光でその侮辱的な言葉を吐いた蛸神官を睨みつける。

即座、二刀を抜き放ち、何が起きたかを理解出来ずに立ち竦む周囲の魚人をさながら刃で出来た竜巻の如く切り捨てていく。


「全くだ、私だって伊達にあの竜王直々に鍛えられてきた訳じゃないのだぞ」


剣士に続くように魔族娘が軽く跳ねた後に不意に限界まで引き締められた発条の様に飛び出していく。

その超低空の突進に反応が遅れた魚人の膝を掴み、飛び出した勢いを相手の膝を基点にする事で殺し、まるで蛇の如くその首筋に両腕を絡ませる。

既に先程の突進で膝を砕かれ、前のめりに倒れそうになる魚人の首から鈍い音が響くのと同時、その背を蹴りつけて華麗な弧を描いた魔族娘は唖然とする魚人二人に笑顔を向け、空中で身を捻じり旋風の如き回転蹴りを叩きこんでその頸椎を叩き折る。

獰猛でいて、華麗なその技は命を奪われた側ですら一瞬見惚れてしまうほど。


「ひ、ひぃ…!」


二人の戦いを見ていた魚人の幾人かが恐慌に駆られ、出口へと逃れようとする。

だが、


「『氷壁アイシクルウォール』!」


無情にも、その目の前を巨大な氷の壁が覆い塞がる。

数人は氷の壁の中に閉じ込められてそのまま息絶えている。


「これ、本当に窒息とかしませんの? 女神様は問題ないと仰ってましたけど…」


出口を塞いだ張本人である魔法使いは別な心配をしており、

自らの魔法で倒した魚人達の事など元より眼中にはないようだ。


その間にも100人いた筈の魚人達はみるみると数を減らし、気づいた時には蛸神官とその取り巻き数人しか残されていなかった。


「あ~…こんなもんか? 肩慣らしにしかならねぇな」

「あんたは振ってりゃいいだろうけど、こっちは全身運動でクタクタなんだけど?」


二刀を鞘に納め、肩を回す剣士とそれを皮肉る魔族娘。

ただし、言葉の割に軽い汗しかかいてはいない。


「あ、貴方達も本当に強かったのですね…

 特に魔族娘さんなんてお飾りで有名だったのに…」

「人の黒歴史勝手に掘るな」


なお、これに驚いたのは精霊姫も一緒であったりする。

見ると聞くとでは違うというものである。


「ば、馬鹿な…100人だぞ…それをたった3人で…?」


実際に動いたのは3人だけで、勇者と暗黒騎士は動いてすらいない。

適当に声援を送っていただけである。

あり得ない現実によろよろと後ずさる蛸神官の背後で何かが蠢く、


「えっ?」


背後を振り返って呟いたその一言がその邪教徒の親玉の最期の言葉となる。

神殿の奥から伸びてきた鰭のある2mはあろうかという手が呆然とする蛸神官を叩き潰した。


「ほう?」

「うわー、でっかー」


神殿の奥から這い出てきたのは一対の雄の魚人と雌の魚人。

ただし、身体は全長で20mは越えようかという巨躯であり、神殿に閊えながらも強引に柱をへし折りながら勇者達の方へと向かってきている。


「ねぇ、おじさま。 あれが邪神?」

「いや、アレは眷属といった所だな、召喚の邪魔はさせんと這い出てきたか。

 それでも十分に強いぞ、いけるか?」

「もち!」


暗黒騎士が空間から自身の大剣を引きずり出し、地面に突き刺す。

勇者も魔剣を鞘から抜き放って構えた。


「いい機会だ、暗黒剣の奥儀を見せる。 しかと目に焼き付けておけ」


大剣を掴み取り、暗黒騎士は雄の魚神とでもいうべき存在にその切っ先を向ける。

刀身に纏わりつく呪いが凝縮されていき、やがてそれは一点の「黒」としか表現できない力の塊へと変化していく。


「暗黒剣奥儀…絶」


正眼から振るわれた一の太刀。

しかし、その対象に待ち受けていた運命は正に両断。

雄の魚神はたったの一撃で左右に分割されて地響きを立てて崩れ落ちる。

その光景を見て、勇者が瞳を輝かせて身体を震わせる。


「凄い凄い、おじさまはやっぱり凄い!」


初めて見た暗黒剣の奥儀に感激しながらも、勇者も普段は斬撃波として飛ばしているだけのそれを真似しようとするも中々上手くはいかない。

上手くはいかないと言っても、残された雌の魚神には飛来する斬撃波だけでも十分有効打となって進行を食い止めているのだが。


「もっと集中せよ。 闇の先にあるのは『黒』ではない、『無』だ」

「集中…集中…」


暗黒騎士の言葉に従い、目を瞑る勇者。

その魔剣に籠る呪いの力が先程の暗黒騎士の見せた領域に近しい何かへと変わっていく。


「これだッ!」


勇者の振るった剣はいつもの黒い斬撃波ではなく、一筋の黒い光とでも呼べる力となって雌の魚神の頭部を抉り取った。


「フム…まだ練りが甘いな、余分な力を込め過ぎだ。 だが、筋は良かったぞ」

「えへへへへ…」


暗黒騎士が勇者の頭を撫で、勇者もいつも以上ににやけた表情となる。

先程までの修羅場の光景とは思えぬ程にのんびりとした光景に精霊姫も一瞬、何が目的だったのか見失いかけるも。


「う、ヴンッ! それよりも、早く術式を破壊しますよ!」

「「あ、そうだった!?」」


精霊姫のツッコミに二人同時に声を上げる暗黒騎士と勇者だった。


勇者歴16年(冬):勇者一行、異海宗と邪神の眷属を討ち倒す。

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