第93話 水上都市を覆う影

倒れている3人は意識を失っているだけのようだが、

悪夢を見ているのか頻りに魘され、時には悲鳴まで上げている。

原因も分からぬまま病院へ3人を運び込んだ勇者達はそこで異様な光景に遭遇する。


「そっち、病室開けて!」

「また急患です!」

「倒れた拍子に怪我をした人がいます! 先に処置を!」


病院内を慌ただしく走り回る看護婦や医師の姿。

待合室には親族と思われる者に支えられたまま昏睡状態に陥っている人でごった返している。


「すみません、今は当院は飽和状態です…お急ぎでしたら別な場所に…」


受付で疲れ切った表情の看護婦が申し訳なさそうに頭を下げる。


「勇者ちゃん、ここは一旦アトリエに3人を戻した方が良さそうですの。

 私はおじさまと一緒にお師様を呼んで参りますわ」


魔法使いの提案に勇者も頷き、アトリエに戻ろうとする。

だが、ただ一人、女編集だけが何かを考えこんでその場を動かないでいた。


「お忙しい中、申し訳ありません。一つだけ伺いたいのですが…

 もしや今病院に運び込まれているのはなのでは?」


女編集がそんな事を受け付けの看護婦に尋ねる。


「えっ…それはどういう…あっ、でも確かに名前を聞いたことがある人ばかりね…

 い、いえ、流石にそこまでお答えは出来ません!」


受診表に視線を落とした看護婦の呟きを聞き逃さず、女編集が苦々しい表情になる。


「どうしたの、何か分かるの?」

「いえ、すいません。 今は先生達を休ませましょう」


女編集の顔を覗き見る勇者に謝罪し、

その話題は一旦打ち切ってアトリエへの帰路に着いた。


「……呪いや魔術の類ではないわね、でも何かの意思のようなものは感じるわ」


村から転移石で飛んで来て貰った魔女に3人を診せるも、状況は芳しくない。


「すぐにでも目覚めるかもしれないし、このまま一生目覚めないかもしれない。

 ごめんなさい、こんな症状は私も初めてよ」

「そ…そんな…」


自分より上を行く魔術の腕を持つ魔女ですら匙を投げる状況に顔を蒼褪めさせる魔法使い。


「死霊王…いえ、マジカル★デスウィッチなら何か分かるかもしれないけど、

 あいつは今は北の方に巡業に出てるから連絡が取れないのよ」


この手の専門家である頼みの綱も現在は不在。

今なお苦しそうに呻く3人を前に一行に絶望的な空気が漂う。


「ひとつだけ今の状況を打開できる可能性があります。

 ですが、その為に過去の事例をどうしても知りたいのですが…」


女編集がおずおずと手を上げる。


「過去? それっていつの話?」

「邪神戦争の時のです」

「…それは500年位前の話よ、文献も殆ど残ってないわ」


女編集の言葉を魔女が申し訳なさそうに首を横に振る。


「あっ!」


そんな中、勇者が思い出したように手を叩いた。


「一人だけいるじゃん、その時代の当事者!」


そう言われて魔女達は一瞬呆けるが、ほぼ同時にを思い浮かべる。

一方、その人物を知らない女編集だけは一人だけきょとんとしていた。




「え、何です何です? 皆さん急に揃って押しかけてきて?

 もしかして遂に私への信心に目覚めちゃいました?」


その時代の文字通りの生き証人である女神は水夫相手に賭けポーカーをしている所に勇者達に押しかけられて全力で勘違いしているのだった。


「取り敢えず、今の光景は見なかった事にしておくわ生臭女神。

 それよりも聞きたい事があるんだけど、貴女、邪神戦争の時の事は覚えてる?」


一応は女神が一般人相手に何やってんだよと額を押さえつつ尋ねる魔族娘。


「うわっ、思い出したくもない話が出ましたね…まぁ、覚えてますけど。

 あれ、本当に大変でしたから」


当時の事を思い出したのか、手札を卓に放り投げてげんなりした顔をする女神。

ちなみに手札は完全にブタだし、賭けていた分のチップをこっそり手元に戻しているのを勇者は見逃してはいない。 機嫌損ねないように見ないふりをするけれど。


「当時、色々とイっちゃった召喚士が偶然波長が合っちゃったんでしょうね。

 異界の邪神の意思と繋がっちゃいまして、

 独自の手法でこっちに呼び出しちゃったんですよ」

「それって、今は禁術指定されたものですよね?」

「詳しいですね眼鏡ちゃん、貴女誰ですか?

 そうそう、その禁術の所為で邪神召喚の際には無関係の人達まで

 頭をやられちゃいまして、マジで最悪ですよアレは。

 感受性の高い人なんかは特に影響受けますから、芸術家とか」


その女神の言葉に女編集が予想している最悪の事態に勇者達も思い至る。


「まぁ、あの召喚法は同時に送還法でもあるので当時の私が念入りに封印を施して、

 最悪の事態に備えて絶対に人目に付かない所に封印しましたから問題ないですよ。

 普通に考えて、だ~れもあんな海の底なんて調べませんから」


カラカラと笑う女神に一同がほぼ同時に「ん?」と首を傾げる。


「あ、そういえばこの辺だったかもしれないですね、封印場所。

 まぁ、あとコスパ最悪ですし、よっぽどデカい魔力源でもない限り意味ないない」


周囲の空気の変化に気づかずに一人だけ上機嫌に語る女神。


「って、あれ? 皆さんどうしましたそんな怖い顔をして?

 私、また何かやっちゃいました?」


女神がやっと自分を取り巻く状況の変化に気づいた時、

勇者が笑顔で拳を鳴らしながら。


「取り敢えず、そこに正座しようか女神様?」


女神に死刑宣告を告げた。


勇者歴16年(冬):勇者一行、邪神再臨の兆しに気づく。

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