第92話 水上都市の異変
約束の日は1週間後、その日に精霊姫は対決なり降伏なりの判断をすると勇者と誓約を交わした。
その話を聞いた魔族娘は呆れたが、同時に聖女相手にすら問答無用だった勇者が精霊姫にだけには有り得ない程に甘い判断を下した事に驚いてもいた。
だからこそ、
「まぁ、まーちゃんが私を心配なのは分かるよ?
でも、本番で手は抜かないから安心して!」
「エェ、その時は私も叩き潰して差し上げます」
喫茶店の一角。
そこで勇者、魔法使い、魔族娘と女編集が一緒に卓を囲みながらお茶を楽しみつつ、
物騒な応酬をお互いに笑顔で繰り広げている。
他の客から見れば何かの競技の好敵手同士の会話にも見えるが、
実際には
「ていうか、あんたよあんた! 何で普通に居るのよ!
敵でしょうが、私達!」
魔族娘は女編集を指差しながら捲し立てる。
「人を指さすだけじゃなく、あまつさえ唾を飛ばして喚き散らすのは品位の程が知れますよ?」
それに対して全く動じる事なく優雅に紅茶を飲みつつ、
皮肉も交えてくる余裕を見せる女編集。
「ま、まぁまぁ、落ち着いてくださいまし。
約束の日まではお互いに手は出さないと誓っていますし」
興奮冷めやらぬ魔族娘の背中を摩りつつ、何とか落ち着かせようと奮闘する魔法使い。
「もぅ! 分かった分かりました!
私だけ怒ってても馬鹿みたいじゃない。
あと、私から仕掛けたりしたら勇者ちゃんにどんなお仕置きされるか分からないし…」
肩の力を抜いて卓にへたり込む魔族娘。
実際、何されるか分からないので凄く怖い。
「アッハッハ! 人聞きが悪いなぁまーちゃんは。
そんな酷い事を友達にはしないって!」
勇者は笑顔で否定するが、目は笑ってないし、
剣士の尊厳破壊した前科を聞き及んでいるので、
間違いなくやると思うと確信めいたものを肌で感じる魔族娘。
「それに誘ったのは私だし」
「丁度、休憩時間でしたのでご好意に甘えました」
「「ねー?」」
「仲良しか」
お互いに顔を見合わせて笑い合う二人に呆れ果てる魔族娘。
そんなやり取りをしていると、不意に水上都市全体が大きくぐらついた。
「うわっ、地震?」
勇者達は慌ててカップやお茶菓子が載った皿を支えて事なきを得るが、
他の卓では割れた食器が床に散乱している所もある。
「びっくりした! 海の上でも地震って起きるんだね!」
「えぇ、油断してましたわ」
そんな風に話つつ、卓に食器を戻す勇者達だが女編集だけは納得がいかない様子が見て取れた。
「いえ、地震はあり得ません。
水上都市は機関部の魔術結晶からの魔力供給で浮いていますので大陸側の地震の影響は受けませんから」
3人より長くこの街に住み、それどころかこの都市を攻略しようとしている為に都市の事情に詳しい女編集は地震をキッパリ否定する。
「じゃあ何? その機関部が動作不良でも起こしたって事?」
そんな魔族娘の言葉にも難しい顔をする。
「機関部は警備も厳重で、点検も毎日行われている筈ですが…」
何か嫌な見落としがある気がして、胸騒ぎを覚える。
しかし、今の時点ではそれが何なのか推察出来ない為、
夜に拠点に戻った際に調べ直してみようと決める。
「まぁこの騒ぎだし、お会計して先生達の様子見に行こっか?」
勇者は残っていたお茶を一気に飲み干して、お茶菓子を口に掻き込んだ。
一抹の不安を抱えつつ、勇者達と女編集が3人組のアトリエを訪問し、玄関をノックするも中からの反応がない。
「ハァ…ここに来てまた禁断症状でも出たんでしょうか?
あれ、鍵は開いてますね?」
初めはまたバックれたのかと疑ったが、玄関には鍵がかかっていない。
不思議に思いつつ、玄関から中を覗いてみると、
「先生ッ!」
3人組は全員がアトリエの床に倒れ伏していた。
勇者歴16年(冬):水上都市の異変の始まり。
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