ひとりあそび置き場

吉岡梅

猫が首輪を外す場所

 またルアーさんが首輪を無くして帰ってきた。もう何度目だろうか。ルアーさんというのは元ノラ猫のうちの猫だ。2年ほど前に吉緒よしおが拾ってきた。吉緒による正式名称はルチアーノ三世だそうだが、俺はルアーさんと呼んでいる。


 ルアーさんはうちの駐車場でぐったりしている所を吉緒に発見され、そのまま保護された。ご近所の縄張り争いにでも負けたのか、後ろ足と、額の毛が剥げて血が滲むほどの怪我をしていた。半泣きで猫を抱えて飛び込んできた吉緒の勢いに気おされて稲盛いなもりどうぶつクリニックへと運び込んだのだが、幸い見た目ほど怪我は酷くなく、1週間程度で治るとの事だった。そして、1週間うちの駐車場に設置された段ボール製の簡易ベッド(2食・バスタオル付)で養生した後、正式に我が家の一員となった。


 元ノラ猫だけに、すぐにふらりとどこかへ行ってしまうのではと思っていたのだが、姿が見えなくなってもご飯時にはちゃっかりと家へ帰ってきた。そんなここんなで過ごしているうちに、半年前に吉緒の方が先に家を出て行き、我が家は俺とルアーさんの2人暮らしとなった。いや、ひょっとしたらルアーさんの方は通い同棲や、タダ飯の食える宿くらいにしか考えていないかもしれないが。


 ルアーさんは完全に室内飼いしているわけではなく、自由に家と外を出入りするタイプの同居人だ。いちおうノミ取りの薬は付けさせていただき、去勢も済ませているものの、勝手気ままに暮らしていただいている。ただ、野良猫と間違えられるのは困るので、首輪はするようにしている。


 が、ルアーさんはその首輪をよく無くしてくる。窮屈なのか、それとも、かつてのノラ者の矜持きょうじなのかはしらないが、気が付くと首元のシルエットが妙にふっさりしており、触ると首輪が無い。ルアーさん、どこで首輪外してきたの、と聞いても、そ知らぬ顔でご飯を要求してくるだけだ。


 その度に俺は新しい首輪をルアーさんに付ける。最初の頃は首輪を無くす度に慌ててカインズホームにいったり、ダイソーにいったりして首輪を買ってきたが、今ではもう慣れっこになってしまっていて、常にストックが置いてある。


 感覚としては、だいたいトイレットペーパーと一緒のノリで「あ、そろそろストックしといた方がいいな」くらいの感覚で買っておく感じだ。


 それにしても、ルアーさんはいったいどこで首輪を外してくるのだろうか。どんな風に外しているのだろうか。


 ルアーさんに付けている首輪は、ベルト穴でしっかり固定するタイプではなく、パチンと嵌めるバンド式のものだ。金網などでひっかかっても、ぐいっと引っ張れば外れる仕組みになっており、猫にとっては安全だが、俺のお財布にとっては危険なしろものだった。


 何度か家の周りの怪しそうな場所を巡って、首輪が落ちていないかどうかを探してみたが、結局見つからずじまいだった。恐らくは俺の知らない「首輪を外す場所」があるのだろう。そこには歴代の首輪が累々と並んでいるのに違いない。後の人が見たら「猫の墓場」と勘違いされるほどに。


 そんな想像をしているうちに、その場所を見つけたくなってきた。そこで、ルアーさんの後をつけてみることにした。とはいえ、相手は猫だ。こっそりついて行っているつもりでも、すぐにこちらの気配に気づく。振り返って目を細め、ちょこんと座ってじっとこちらを見つめて動こうとしなくなる。君、無駄だよ、とでも言われているようだ。なかなかに手強い。


 それでも俺は日を置いて何回かチャレンジし、少しずつ、少しずつ尾行する距離を伸ばしていった。そしてある日、ルアーさんが竹林の隙間へと、すっと入っていくのを目撃した。


 この隙間か。俺は近づいて確認した。確かに、猫が通れるほどの隙間ではあるが、首輪が引っ掛かる程狭いというわけではない。体を横にすれば、俺でもギリギリ通れそうなくらいだ。俺が首輪をしていたら、ひっかかっていたかもしれない。そんな事を考えながら、俺はぎゅうぎゅうと隙間へと体を押し込んだ。と、その時――。


 ぶわっと目の前が白い光に包まれる。眩しさのあまり手をかざし目を瞑ったが、その光は瞼を無視して入り込んでくる。俺は思わずしゃがみこんで頭を抱えた。


 やがて光の眩しさは薄れ、俺はおそるおそる目を開いた。目の前には、見たことの無い風景が広がっていた。


「なんだこれ……」


 だたっぴろい平原のはるか向こうには、石造りと思われる城が建っている。まるでファンタジー映画の世界にでも入り込んだかのようだ。状況が良く呑み込めずに戸惑っている俺の背後から、突然唸り声が聞こえた。


「は?」


 振り返るとそこには、異形のモンスターが棍棒を振りかぶって叫び声をあげている。咄嗟に地面に転がって身をかわすと、先ほどまで俺がいた場所に棍棒がめり込んだ。ヤバい。なんだかよくわからないが、ヤバい。逃げなくては。しかし、俺の意志に反して足が動かない。余りの事態に、体の方がすっかり怖がってしまっている。焦る俺の眼前で、再び棍棒が頭上高く振り上げられ、そして、次の瞬間――。


 モンスターは轟音と共に四散していた。なんなんだこれは。ただただ唖然としてへたり込んでいる俺の元に、ひとりの少女が駆け寄ってきた。


「大丈夫!?」


 革製の鎧レザーアーマーに身を包んだ少女は、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。エメラルドのような緑の瞳に、真っ黒なまつ毛。顔立ちは整っているが、どことなく幼さが感じられるのは、頭の上にぴょこんと突き出したネコミミのせいだろうか。俺が声も出せずに黙り込んでいると、少女はあたふたと俺の身体のいろいろな場所に手を当てては傷が無いかを確かめているようだった。そのお尻からは、にょろんと1本の尻尾が生えていた。


 そして、その足元では、1匹の猫がこちらを見つめていた。


「ルアーさん……」

「えっ? あ、喋れるんですか。よかった。えっと……」


 少女が猫耳をピコピコさせて喜んでいるが、俺はそれを無視してルアーさんの元へとにじり寄って、そして、首元を触った。そこには、さっきまで付けていた首輪が無かった。


「ルアーさん、いつもここで首輪を?」


 俺がそう聞いても、ルアーさんは欠伸をひとつするだけだった。そしてふっと目を合わせたかと思うと、いつものようにアーオと鳴いてご飯を要求してきた。



---


猫と冒険するファンタジーの冒頭のようなイメージで。でした。

ネコミミ少女は不要で俺とルアーさんのまったり異世界探検でもいいかもしれません。

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