ひとりあそび置き場
吉岡梅
猫が首輪を外す場所
またルアーさんが首輪を無くして帰ってきた。もう何度目だろうか。ルアーさんというのは元ノラ猫のうちの猫だ。2年ほど前に
ルアーさんはうちの駐車場でぐったりしている所を吉緒に発見され、そのまま保護された。ご近所の縄張り争いにでも負けたのか、後ろ足と、額の毛が剥げて血が滲むほどの怪我をしていた。半泣きで猫を抱えて飛び込んできた吉緒の勢いに気おされて
元ノラ猫だけに、すぐにふらりとどこかへ行ってしまうのではと思っていたのだが、姿が見えなくなってもご飯時にはちゃっかりと家へ帰ってきた。そんなここんなで過ごしているうちに、半年前に吉緒の方が先に家を出て行き、我が家は俺とルアーさんの2人暮らしとなった。いや、ひょっとしたらルアーさんの方は通い同棲や、タダ飯の食える宿くらいにしか考えていないかもしれないが。
ルアーさんは完全に室内飼いしているわけではなく、自由に家と外を出入りするタイプの同居人だ。いちおうノミ取りの薬は付けさせていただき、去勢も済ませているものの、勝手気ままに暮らしていただいている。ただ、野良猫と間違えられるのは困るので、首輪はするようにしている。
が、ルアーさんはその首輪をよく無くしてくる。窮屈なのか、それとも、かつてのノラ者の
その度に俺は新しい首輪をルアーさんに付ける。最初の頃は首輪を無くす度に慌ててカインズホームにいったり、ダイソーにいったりして首輪を買ってきたが、今ではもう慣れっこになってしまっていて、常にストックが置いてある。
感覚としては、だいたいトイレットペーパーと一緒のノリで「あ、そろそろストックしといた方がいいな」くらいの感覚で買っておく感じだ。
それにしても、ルアーさんはいったいどこで首輪を外してくるのだろうか。どんな風に外しているのだろうか。
ルアーさんに付けている首輪は、ベルト穴でしっかり固定するタイプではなく、パチンと嵌めるバンド式のものだ。金網などでひっかかっても、ぐいっと引っ張れば外れる仕組みになっており、猫にとっては安全だが、俺のお財布にとっては危険なしろものだった。
何度か家の周りの怪しそうな場所を巡って、首輪が落ちていないかどうかを探してみたが、結局見つからずじまいだった。恐らくは俺の知らない「首輪を外す場所」があるのだろう。そこには歴代の首輪が累々と並んでいるのに違いない。後の人が見たら「猫の墓場」と勘違いされるほどに。
そんな想像をしているうちに、その場所を見つけたくなってきた。そこで、ルアーさんの後をつけてみることにした。とはいえ、相手は猫だ。こっそりついて行っているつもりでも、すぐにこちらの気配に気づく。振り返って目を細め、ちょこんと座ってじっとこちらを見つめて動こうとしなくなる。君、無駄だよ、とでも言われているようだ。なかなかに手強い。
それでも俺は日を置いて何回かチャレンジし、少しずつ、少しずつ尾行する距離を伸ばしていった。そしてある日、ルアーさんが竹林の隙間へと、すっと入っていくのを目撃した。
この隙間か。俺は近づいて確認した。確かに、猫が通れるほどの隙間ではあるが、首輪が引っ掛かる程狭いというわけではない。体を横にすれば、俺でもギリギリ通れそうなくらいだ。俺が首輪をしていたら、ひっかかっていたかもしれない。そんな事を考えながら、俺はぎゅうぎゅうと隙間へと体を押し込んだ。と、その時――。
ぶわっと目の前が白い光に包まれる。眩しさのあまり手をかざし目を瞑ったが、その光は瞼を無視して入り込んでくる。俺は思わずしゃがみこんで頭を抱えた。
やがて光の眩しさは薄れ、俺はおそるおそる目を開いた。目の前には、見たことの無い風景が広がっていた。
「なんだこれ……」
だたっぴろい平原のはるか向こうには、石造りと思われる城が建っている。まるでファンタジー映画の世界にでも入り込んだかのようだ。状況が良く呑み込めずに戸惑っている俺の背後から、突然唸り声が聞こえた。
「は?」
振り返るとそこには、異形のモンスターが棍棒を振りかぶって叫び声をあげている。咄嗟に地面に転がって身をかわすと、先ほどまで俺がいた場所に棍棒がめり込んだ。ヤバい。なんだかよくわからないが、ヤバい。逃げなくては。しかし、俺の意志に反して足が動かない。余りの事態に、体の方がすっかり怖がってしまっている。焦る俺の眼前で、再び棍棒が頭上高く振り上げられ、そして、次の瞬間――。
モンスターは轟音と共に四散していた。なんなんだこれは。ただただ唖然としてへたり込んでいる俺の元に、ひとりの少女が駆け寄ってきた。
「大丈夫!?」
そして、その足元では、1匹の猫がこちらを見つめていた。
「ルアーさん……」
「えっ? あ、喋れるんですか。よかった。えっと……」
少女が猫耳をピコピコさせて喜んでいるが、俺はそれを無視してルアーさんの元へとにじり寄って、そして、首元を触った。そこには、さっきまで付けていた首輪が無かった。
「ルアーさん、いつもここで首輪を?」
俺がそう聞いても、ルアーさんは欠伸をひとつするだけだった。そしてふっと目を合わせたかと思うと、いつものようにアーオと鳴いてご飯を要求してきた。
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猫と冒険するファンタジーの冒頭のようなイメージで。でした。
ネコミミ少女は不要で俺とルアーさんのまったり異世界探検でもいいかもしれません。
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