未完成な勇者~弱くてニューゲーム~

@slinky

第1話



「これで……終わったんだな……」

地面に刺した剣に体を預けながら俺は安堵していた。

鎧はあちこちに爪で裂かれた傷が付き、剣は所々が欠けている。


雄叫びを上げながら消えゆく邪神の最後のひとかけらを見失うと同時に俺は大地に体を大の字にして転がった。

さっきまでは月明かりの無い夜の様に暗かった空は晴れ、太陽が世界を照らし始めた。


「おーい、終わったぞー。早くベッドで寝かせてくれーい。あと腹一杯の飯ー!」

天を仰いで精一杯の力で上げた声に相手は応えた。


「良くやった勇者よ……じゃが、まだ終わっとらん。」

「はぁ?邪神を倒したら全部解決、平和な世界になるんじゃなかったか?」

「確かに邪神を倒した、それにより世界は元の豊かな大地を取り戻すじゃろう」

「だったらいいんじゃねーか、食いごたえのある肉と新鮮な刺身を用意しといてくれよ」


今話している相手は神と言うか世界の創造主と言うか。俺は前世で死んでこの世界に勇者として邪神を倒すべく転生した。いや、させられた。


やっとの思いでその邪神を倒して解放、こっからは自由気ままな生活を楽しもうとしていたのに、この爺はまだうだうだと喋っている。


「勇者よ、大地が豊かになるには膨大なマナを消費する。じゃが、邪神との戦いでそのマナが足りなくなってしまっているのじゃよ」

「つまり?再生されないってか?」

「いや……勇者の持つマナを解き放てば足りるじゃろうが……」

「そうかい。じゃ、始めっか」


剣を支えとして体を起こし立ち上がるとその声が静止した。


「話は最後まで聞け。相変わらずせっかちな奴じゃ」


最後の仕事だからと気合いを入れたのに……こちとら立ち上がるのもやっとなんだから要領良くズバッと簡単に説明してくれないもんかと顔をしかめて空を睨む。


「お前さんのマナを解き放つと言う事でお前さんは全てを一度リセットする事になる。契約した精霊や身体も失う。つまりは……」


「一回死ねってか?」


「いや、眠りにつく事になるじゃろう。1000年程のな」


「んじゃ1000年経ったら起こしてくれ、御馳走はそん時にたらふく食わせて貰うからな」


「いいのか?全てを失うのじゃぞ?力も功績も」


確認作業もいい加減腹が立ってきた。

そうする以外に方法が無いならそうせざるを得ないし、これまでやって来た事の意味と犠牲を考えると俺がマナを解き放たないとその全ての意味が無くなってしまう。


「邪神を倒したんだ、もう力は要らねえだろ。……ただ……爺に1つだけ頼みがある。」


「何じゃ?叶えられる事なら叶えよう」


「記憶は残しといてくれねーかな。起きた時に褒美が用意されてるって覚えとく為にな。それに……」


世話になった奴らの顔は覚えておきたい。

起きたら礼を言いに行きたい。

それが叶わなくても、ここまで俺を支えてくれた奴らは俺の中に生きていて欲しい。

そんな事を声に出すなんて俺には恥ずかしくて出来ない。

昔から俺は天邪鬼だった。

旅を続ける中で喧嘩もしたし泣かせもした。

邪神との戦いまでに置いて来た奴、死んだ奴が大勢居る。

そいつらならきっと俺が感謝を口にしないなんて解ってくれる。笑い飛ばしてくれる。

そんな俺を助けてくれた奴らを忘れたくない。


「その願い、確かに聞き届けよう。勇者よ……今は深い眠りにつくのじゃ」


「おう、1000年後にまたな」


自分の中にあるマナと魔力の全てを集めて剣に意識を集中すると剣先から一筋の大きな光が天に向かい世界を照らす。


そこで俺の意識は無くなった。

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