202話―殲滅のジカン
「痛い目に合う? 面白い、なら合わせてみろ。もっとも、我がスピードについてくることが出来るならの話だがな!」
人頭馬のケモノは、斬られた脚を再生させた後猛スピードで走り出す。ゾダンの周囲を円形に駆け回り、少しずつ距離を詰める。
相手が狙いを定められずに混乱しているところへ、岩をも砕く強烈な蹴りを叩き込むつもりだ。実際、かなり強力な戦法であった。
――ゾダンが相手でなければ、だが。
「ハッ、くだらねぇな。こんな小細工でオレを仕留めようたぁ舐められたもんだ。ムダなことだ、オレの斬撃からは……そんな速度じゃ逃げ切れねえ」
「貴様、何を言って……!?」
ケモノの動きをを目で追うことすらせず、ゾダンは両手に持った大鉈とトマホークを無造作に振るう。相手の言動を訝しむケモノを、痛みが襲った。
ゾダンの背後に回った瞬間、突如として全身を切り裂かれる鋭い痛みと裂傷が襲ってくる。本能で危機を察し、ケモノは遥か後方へ飛び退く。
「何をした、貴様!」
「知りてえか? 教えてやってもいいぜぇ? 地面に這いつくばってオレの靴の裏を舐めながら懇願したらな!」
「ふざけたことを……抜かすな! 下賎な大地の民風情が! ケンタウロス・スタンプ!」
中指を立てながら挑発するゾダンに苛立ち、人頭馬のケモノは脚に力を込め飛び上がる。硬いヒヅメを使い、勢い任せに押し潰すつもりだ。
「頭上からであれば、我が攻撃は防げまい! 今度こそ貴様を叩き潰してくれるわ!」
「おーおー、こわいこわい。でも、いいのかなぁ? 上から飛びかかるってぇーことはだ……着地するまで、オレの斬撃から逃れられないってことなんだぜ!」
「くだらぬ、先ほどは突然の痛みに驚いただけだ! あの程度の痛みなど、どうということはない!」
両の前脚を突き出し、人頭馬のケモノはゾダンに襲いかかる。ゾダンは頭上で得物を交差させ、相手の攻撃を受け止める構えを取った。
それを見たケモノは、ニヤリと笑う。自身の体重はゆうに五百キロを越えている。このまま押し潰すのには容易いことであった。
「バカめ、逃げればよいものを! ならば一息で踏み砕いてくれるわ!」
この一撃で決着がつく。ケモノは内心そう考えほくそ笑んでいたが、そうは問屋が卸さない。
「バァーカ。何の策も無しにオレが突っ立ってるとでも思うか? そろそろ味わわせてやるよ。お前にも……不可視の斬撃の恐怖をな!」
「何を言って……んなっ!? わ、我が脚が!?」
ケモノの脚がゾダンの武器に触れようとしたその直後、目を疑う光景が広がる。ミキサーにかけられたかのように、脚が削られ消滅していく。
よく見てみると、ゾダンが持つ武器それぞれに風の刃が纏わりつき、かなりの速度で回転していた。脚を削る攻撃の正体は、これだ。
「くっ……チィッ!」
「お、器用なことするなぁ。後ろ脚伸ばして無理やり着地するなんてよ。お前、サーカスに入れるぜ」
「おのれ、どこまでも私をバカにしおって! 不可視の斬撃さえなければ、今頃頭を蹴り砕いてやれていたものを……!」
このままでは全身を削られてしまうと焦ったケモノは、後ろ脚を伸ばして地面を蹴り無理やり進む方向を変えた。
ゾダンから離れて前脚を再生させながら、忌々しそうに呟きを漏らす。相手の力量を計り違えたことを戒めつつ、次の手を考える。
「ゆっくりでいいぜ、脚の再生はよ。
ヘラヘラしながらそう口にするゾダンに、ケモノはさらに苛立ちを募らせる。戦いが始まる前に会った少年も、自分のように目の前の男に苛立っていたのだろう。
その気持ちを、人頭馬のケモノはよく理解出来た。
「貴様はよくもまあ、ペラペラと喋るものだ。そんな調子では、さぞかし仲間にも嫌われるだろうな」
「ハッ、冗談はよせよ。あいつらは仲間じゃねえ。利害が一致してるから、しぶじぶ手を組んでるだけだ。じゃなきゃ、とっくにぶっ殺してるっつの」
「……なるほど、一枚岩ではないというわけだ」
不平不満をぶちまけるゾダンを見て、ケモノはひらめく。あの少年の正式な仲間ではないのなら、味方に引き込めるかもしれないと。
「どうだ、男。あの少年に不満があるのなら……我々の仲間となり、母たる苗床のしもべにならないか? 私とお前が手を組めば、あの少年を倒すのも」
「やだね。そもそもの話、オレとあいつの一致した利害ってのが……てめぇら鎖のケモノを根絶することなんだよ、タコ」
取引を持ちかけられた途端、それまでのヘラヘラしていたゾダンの声が真剣なものに変わる。それと同時に、凄まじい殺気が放出された。
人頭馬のケモノは、ゾダンが醸し出す殺気のあまりの凄まじさに身震いしてしまう。ゆっくりと一歩踏み出しながら、ゾダンは話を続ける。
「おめぇらは危険なんだよ、オレたち
「だが、なんだ?」
「てめぇらは違う。霊体になっていようがいまいが、関係なくオレたちを殺せる。それが不都合なんだよ、なぁ。分かるか? オレの言ってることが」
歩を進めるごとに、殺気がより一層強くなっていく。産まれたばかりの人頭馬のケモノにとって、それは耐え難いものだった。
ゾダンが近付いてくるのに合わせ、一歩、また一歩と後ずさる。兜の奥で、邪悪なる霊はニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。
「根本的に、相容れることが出来ねえのさ。オレたちとおめぇらは。だから、殺し合うしかねえのよ。どちらかがらこの大地から根絶されるまでな!」
「ぐっ……いいだろう、説得出来ぬのなら仕方ない。ここで貴様には死んでもらう!」
「ほーぉ、やってみろよ。そんな脚ガクガクさせてんのに、オレを殺せるのかねぇ?」
「黙れ! 今度こそ貴様を仕留めてくれるわ!」
そう叫ぶと、人頭馬のケモノは再生させた前脚で地面をた叩き砕く。石畳が割れ、大振りな石の欠片がいくつも宙に舞う。
間髪入れず、ケモノは破片を蹴りゾダンの方へ勢いよく飛ばす。破片を盾にして不可視の斬撃をかわし、懐に飛び込み仕留める。
それが、ケモノの考え出した作戦だ。
「おお、ちったぁ考えるもんだな。えらいえらい」
「舐めた口を! だがらこれだけの数と速度の破片を全て切り刻むことなど出来はしまい! これで終わりだ!」
「ああ、終わりだ。おめぇがな! 死霊術、ブラッドコントロール!」
ゾダンはそう叫ぶと、己の鎧をドス黒い血に染め上げる。直後、鎧の表面が波打ちいくつもの触手が生えてきた。
触手を操って飛んでくる破片を叩き落とし、障害を排除していく。それを見たケモノは、さらに地面を砕き破片を再度飛ばす。
「おのれ、猪口才な!」
「おーおー、バカの一つ覚えってやつだな。ムダだっつの、そんなことしてもな! 邪戦技、ブラッディドリルランチャー!」
「な……ぐおあああ!!」
全ての触手が切り離され、趣向返しとばかりにドリルとなってケモノへ飛んでいく。石畳の破片を容易く粉砕し、ケモノの身体を穿つ。
「ぐ、お……」
「さて、そろそろ終わらせるとするか。いい加減、飽きてきたんでな! 邪戦技、スライサートルネード!」
「な……」
致命傷を追ったケモノにトドメを刺すべく、ゾダンは走り出した。ある程度距離を詰めた後、踊るように身体を回転させる。
不可視の斬撃がいくつも放たれ、人頭馬のケモノを切り刻む。腕や脚を構成する鎖が千切れ吹き飛び、さらに細切れにされ塵となる。
「ぐ、お、あああああ!! バカな、この私が……こんな、敗れ……」
「あばよ、一足先にあの世に行ってろ。後からお仲間を大勢送ってやるからよ!」
「おの、れ……タダでは、死なぬ。我が同胞たちよ、現れよ! この者に……死、を……」
死の間際、人頭馬のケモノは雄叫びをあげ仲間を呼び寄せる。メリトヘリヴンじゅうに散らばっていたケモノたちが、一斉に移動を開始した。
仲間の仇たるゾダンの元へと。
「へっ、最後の最後でまあムダに足掻いてくれやがったな。ま、都合がいい。ケモノどもを一体残らず……根絶してやるとするかねえ!」
金属の残骸に成り果てた人頭馬のケモノを見下ろしながら、ゾダンは笑う。殺戮の宴は、まだ終わりそうもない。
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