187話―命を喰らう鎖

「決まったぁ~! ロデア選手、戦闘続行不能! 準決勝第一試合を制したのは、新進気鋭のダークホースアゼル選手だー!」


 激闘に終止符ぎ打たれたのと同時に、ミーナの声と観客たちの歓声が割れんばかりに響き渡る。アゼルは倒れたロデアに駆け寄り、手を差し伸べた。


「ロデアさん、大丈夫ですか?」


「ああ、問題ない。最後の一撃、手加減してくれただろう? おかげで、かすり傷で済んだ」


「よかった。いくらルール無用とはいえ、余計な怪我をさせてしまうのは気が引けましたから。軽傷で済んでホッとしました」


 トドメの一撃を放つ時、アゼルは力を抜いていた。確実に相手を戦闘不能にしつつ、されど余分なダメージを与えないよう絶妙に。


 その甲斐あって、ロデアはピンピンしていた。安堵の微笑みを浮かべるアゼルを見つめていたロデアは、ニッと笑う。そして……。


「私を倒せるネクロマンサーは、そう多くない。君には、御褒美をあげないとね」


「へ? ごほ……!?」


 次の瞬間、ロデアはアゼルの手を取り自分の元に引き寄せる。そして、深い口づけを交わした。まさかの行動に、観客たちの時が止まる。


「あら、あらあらあらあら!?!?!!?! あの女狐、アゼルさまに何をしますの!? わたくしだってまだちゅーの一つもしていませんのに!」


 ……一人を除いて。怒り狂ったアンジェリカは、勢いよく跳躍し闘技場に乱入する。その顔には、修羅が宿っていた。


「ん、ぷは。おや、誰だい君は。この子の知り合いかな」


「知り合いなどという、浅い付き合いではありませんわ! 先ほどの貴女の愚行、決して許せませんことよ! 全身の骨を粉微塵にして差し上げますわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「おーっと、これは予想外の展開ですよ! 果たしてこの大会、どうなってしまうのでしょうか!?」


「ふっ、青春じゃのう」


 突如勃発したアンジェリカVSロデアの番外乱闘に、観客たちは別の意味で盛り上がる。だが、この時彼らは知らなかった。


 祭の会場に、恐怖のケモノたちが足を踏み入れようとしていることを。



◇――――――――――――――――――◇



「あーあ、早く交代の時間にならないかなぁ。俺も祭を楽しみたいよ」


「まあまあ、もう少しの辛抱よ。あと少ししたら、私たちも遊びに行けるし」


 フリグラの里の入り口を、二人のネクロマンサーが警護していた。祭には、操骨派の重要人物が集まっている。彼らを守るのも、里に住む者の使命。


 敵対派閥である屍肉派や霊体派の者たちが襲撃してきても迎撃出来るよう、見張りをしていたその時。里へ続く山道を、何かが登ってくるのが見えた。


「ん? こっちになんか来るな。おい、ボーンバットを飛ばすぞ」


「おっけ、サモン・ボーンバット!」


 何かの接近に気付いた二人は、骨のコウモリを呼び出し偵察に向かわせる。感覚をリンクさせ、迫り来る者の正体を確かめようとするが……。


「どれどれ、一体誰が……!? な、なんだぁこいつらは!?」


「なんておぞましい……。なんなの? こいつらは。全身が鎖で出来た……魔法生物、かしら」


 駆け登ってきたのは、全身が鎖で出来た奇妙なケモノたち。獅子のような造形をした総勢二十頭のケモノが、里を目指している。


 そのうちの一頭、先頭を走っていた個体が上空にいるボーンバットに気が付いた。頭をもたげ、空を見上げる。口の代わりとなる鎖が動き、ケモノは笑う。


「おい、ヤバいぞ。他の警備隊の連中に知らせ……ぐあっ!」


「ボーンバットが、食べられ……あああっ!」


 ケモノの身体から伸びた鎖がボーンバットを貫き、地へ落とす。そこに他の個体が群がり、貪り食らう。感覚のリンクを切る間もなく、二人を痛みが襲う。


「ぐ、あ……早く、リンクを……」


「切ら、なきゃ……! はあ、はあ……あ、危なかったわ。やっと切れた……」


「よし、早く里に戻ろう。このことを知らせ……!?」


 激痛のなか、見張り番たちは何とかリンクを切ることが出来た。仲間に報告するため、里に戻ろうとした見張りの片割れの身体を、鎖が貫いた。


「いやああああ!! ロブ! ロブ!」


「こい、つ……いつの、間に……うぐっ!? があああああ!!」


「命、命、命、喰ウ。我、仲間、増ヤス」


 真っ先にボーンバットに気付いた個体が、一足早く里の入り口に到達したのだ。ケモノの尾に貫かれた男は、みるみる干からびていく。


 皮膚や肉が溶けて消え、あっという間に骨だけの姿にされてしまう。その直後、骨が鎖へと代わり……新たなケモノへと変貌を遂げた。


「ロブ……嘘、そんな……」


「オ前、喰ウ。我、腹、減ッタ」


「いや、来ないで……こな……いやあああああ!!」


 元見張り番のケモノがかつての相棒に襲いかかり、抵抗も許さずズタズタに身体を引き裂く。その間、先頭を走っていた個体は遠吠えで仲間を呼び寄せる。


「行ケ。狩リノ時間ダ。命ガ、タクサンアルゾ」


 リーダーの言葉に、ケモノたちは邪悪な笑みを浮かべる。鎖のケモノたちの狩りが、始まった。



◇――――――――――――――――――◇



 緊急事態が発生していることなど露知らず、アンジェリカとロデアの乱闘はまだ続いていた。鉄拳が唸りをあげ、コンボドライブが空を切る。


「いい加減くたばりあそばせ! わたくしの怒りをその身で味わいなさいませぇぇぇぇぇ!!」


「そうはいかないな。私は簡単に……ん? この鐘の音は……」


 その時、異常事態の発生を知らせる鐘の音が里じゅうに響き渡る。メリムルは立ち上がり、その場にいた者たちに向かって声を張り上げる。


「お前たち! どうやら、わしらの里に分を弁えぬ不届き者が足を踏み入れたようじゃ。歓迎してやれ、たっぷりとな!」


「ハッ!」


 観客たちも席を立ち、会場の外へ出ていく。大会が中断となり、ベクターは残念そうにかぶりを振る。


「やれやれ。僕もあの少年と戦ってみたかったが……また今度になりそうだ」


 そう呟くと、会場の外に出ようとする。そこへ、上空から何かが闘技場に落ちてきた。アンジェリカたちは異質な気配を察知し、即座に戦いをやめアゼルを連れ端へ逃げる。


「一体なんですの? また闇霊ダークレイスたちが……!?」


「違うね、あれは……なんだ? ゴーレムの一種……か?」


 現れたのは、鎖のケモノ。ズタズタに引き裂かれた見張り番の生首を咥え、返り血に染まった異様な姿を見たネクロマンサーたちは、一様に恐怖する。


「お、おい。あいつが咥えてるのは……レシャの生首……なのか?」


「な、なんなんだよあれ。まさか、屍肉派の奴らの新しいリビングデッドってんじゃないだろうな!?」


「タクサン、イル。喰ラウタメノ命、タクサン。全テ喰ラウ。我ガ、喰ラウ!」


「いかん、逃げるのじゃお前たち!」


 メリムルが叫んだ直後、ケモノは生首を捨て跳躍する。観戦席に突撃に、残っていたネクロマンサーたちに襲いかかった。


「うわっ、き……ぎゃあっ!」


「スケルトンを出せ! こいつをたお……ぐああっ!」


「足リナイ。モット、喰ウ。喰ッテ喰ッテ、腹、満タス」


 ケモノは全身から鎖を伸ばし、ネクロマンサーたちを貫き屠っていく。彼らの悲鳴が、ロデアの行動でポケーッとしていたアゼルを正気に戻した。


「……ハッ! アンジェリカさん、今の悲鳴は!?」


「アゼルさま、あれを! あの鎖の化け物が、皆を……」


「む、あれは……! どこの誰が放ったのかは知りませんが、これ以上の暴挙は許しません! サモン・スケルトンナイツ! あの化け物を成敗しなさい!」


「お任せを、マスター」


 アゼルはブラック隊長を含む八体のスケルトンを呼び出し、観戦席に向かわせた。ネクロマンサーたちを襲っていたケモノを引き剥がし、闘技場に押し戻すことに成功する。


「邪魔者メ。オ前タチカラ喰ッテヤル」


「ふん、やれるものならやってみなさい。ぼくたちが相手だ!」


 忌まわしき鎖のケモノとの戦いが、始まる。

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