138話―従者の選ぶ道

 エリダルの核を担わされていた二人の子どもを無事助け出したアゼルたちは、オメガレジエートに急ぎ帰還する。すでにルバ率いる艦隊は壊滅しており、空に敵影はない。


 艦内にいるリオと合流し、手早く一部始終を話した後、蘇生の炎が尽きてしまう前にと子どもたちをグラン=ファルダへ連れていくことになった。


「ここからは僕たちに任せておいて。疲れてるだろうし、アゼルくんは休んでていいよ」


「ありがとうございます、ではそうします。魔獣の体液でべとべとになっちゃいましたし、お風呂借りますね」


 一目見てアゼルが疲労困憊なのが見て取れたため、気を利かせたリオが後のことを引き受けた。アゼルは感謝の言葉を述べ、疲れた身体をおして艦内にある風呂場に向かう。


「うう……身体が重い。この体液のせい、なのかな……」


 子どもたちはエリダルの体液にまみれており、抱き抱えてきたアゼルも当然体液まみれになっていた。何か良くない作用でもあるのか、アゼルは強い疲労感を感じていた。


 艦内の案内表示を頼りに何とか風呂場までたどり着き、覇骸装を脱ごうとする。が、突如強い目眩に襲われ、アゼルはその場に倒れ込んでしまう。


「く、あ……。から、だ、が……」


 視界が定まらぬなか、ゆっくりとアゼルの意識は闇の中に落ちていった。この事が、とんでもない事態の始まりになるとは……まだ誰も、知らずにいた。



◇―――――――――――――――――――――◇



「エリダルまでもが敗れたか。これで、魔獣の素材に出来るのは一人だけになってしまったな。ま、いい。またグラン=ファルダうえから拐ってくればいいからな」


「なっ……!?」


 その頃、カルーゾは帰還したドゥノンから敗戦報告を受けていた。しかし、ルバたち協力者の全滅や、エリダルの敗北にはあまり興味を持っていないようだ。


 むしろ、カルーゾの関心は今後の実験にしか向いていないらしい。しかも、またファルダ神族の子どもを拐い、非道な実験の素体に使おうとしている。


「お待ちください、カルーゾ様。実験に用いるのは、あの四人だけだとおっしゃっていたはず。それに、今グラン=ファルダに人を送っても、すぐに見つかるかと」


「フン、問題などないさ。そこらの雑魚眷属を行かせればいいだけだ。事前に自爆用の魔法石を埋め込んでおけば、見つかってもすぐ処分出来る。そうだろう? ドゥノン」


「カルーゾ様……あなたは、変わりましたね。以前のあなたなら、ここまで命を粗末には扱わなかった」


 ジルヴェイドの肉体を奪ってから、カルーゾの性格は変わり果ててしまっていた。かつてのような、潔癖ながらも聡明だった人格は面影もなく、冷徹非道な存在に堕ちた。


「変わった? そうだな、確かに……そうだ。だが、そのおかげで私は一つ確信を得たことがある」


「それは、一体?」


 悪びれることもなく、カルーゾは己の変貌について開き直ってみせた。そして、ドゥノンに対しとんでもないことを言い出したのだ。


「まだ堕天するよりも前、私は一つの疑問を抱いていた。我ら神と、闇の眷属。二つはコインの裏表のような存在だ。相反する光と闇……その二つが融合すれば、どうなるのかと」


「それは……」


 カルーゾの言葉に、ドゥノンは戸惑う。そのようなことなど、生まれてこのかた考えたこともなかったのだ。そんな彼に、カルーゾは告げる。


「その答えを得るために、私はジルヴェイドの肉体を奪った。そうしたら、なんと素晴らしいことだろう。光と闇が合わさり、我が力は何倍にも膨れ上がった。まだ完全に制御出来ていないから、直接打って出ることは出来ぬがな」


 そう言うカルーゾの身体から、強烈な光と闇のオーラがほとばしる。オーラを浴びたドゥノンは、本能で悟った。己の主は、あまりにも危険な力を得たのだと。


「この力があれば、私は頂点に立てる! 天上のグズどもを、地の底を這うウジ虫どもを根絶し! 唯一絶対の覇者として!」


「カルーゾ様、あなたは……あなたの目的は、神々にとって危険分子となり得る大地の粛清だったはず! 追って来る神は退けても、こちらからは手を出さぬと誓ったではありませんか!」


 とんでもないことを言い出すカルーゾに、ドゥノンは思わずそう叫ぶ。実際、カルーゾ一味が自分たちから攻撃を仕掛けたのはアゼルたちだけだ。


 追討部隊への攻撃はただの反撃であり、グラン=ファルダに魔獣を差し向けたのはそこにアゼルたちがいたから。道を違えたとしても、同胞には手を出さない。


 その誓いがあったからこそ、伴神たちはカルーゾに従い地に降りた。だが……。


「ハッ、そんな誓いなどもはや意味はない。もはや我らの敵は例の大地の民どもだけではないのだ、ドゥノン。創世六神も、闇の眷属も! この手で、根絶する。そして……新たな世界を、我が手で築くのだ!」


 ドゥノンの言葉を、カルーゾは一蹴した。彼は、今ある世界全てを破壊するつもりなのだ。全てを無へと還し、新たな世界を作り王となる。


 それは、今を生きる全ての命への反逆だ。ドゥノンとしては、受け入れられることではなかった。


「それにしても、今日はやけに突っかかってくるではないか、ドゥノン。何時もは、私の言葉にすぐ従っているというのに」


「私は……私、は」


 試すような口調でそう語りかけてくるカルーゾを前に、ドゥノンの脳裏にアゼルの言葉がよみがえる。


――忠誠? 違いますよ、あなたのソレはただの思考停止だ。本当に主のためを思える従者なら……主が間違ったことをした時、それを止めるのが役目のはず!――


(私は、このままでいいのか? このまま、カルーゾ様の邪心に従い続けていいのか? また……罪も無き子どもたちが苦しむのを、黙って見ているのか?)


 心の中で自問自答するドゥノン。彼は思い出していた。カルーゾに連れ去られ、非道な実験を受ける子どもたちの姿を。生きたまま身体を解体され、無限の苦痛を与えられる様を。


『いやだ、いやだよぉ! おうちにかえしてぇ!』


『それは出来ないな。安心しろ、痛みも苦しみも、感じるのは初めのうちだけだ。じきに何も感じなくなる。心も身体も、壊れるのだから』


『やだああぁ! おとうさん、おかあさん、たすけてぇ!』


『助けなど来ない。ここにいるのは、お前の敵だけだ。さあ、まずは頭蓋骨に穴を開けるとするか……クックックックッ!』


『いやあああああ!!』


 凄惨な実験の一部始終が、ドゥノンの脳裏に何度もフラッシュバックする。ドゥノンは宙をさ迷っていた視線を、今一度カルーゾへ向ける。


 そこにいたのは、かつて絶対の忠誠を誓ったカルーゾではなく……正真正銘の悪へと堕ちた、ジルヴェイドの顔をした『ナニカ』であった。


「明日、最後の一人の改造を行う。バラバラに解体するまで、大人しくさせておけ。よいな? ドゥノン」


「……それは出来ません、カルーゾ様。私は……私は、もうあなたには従えない。変わり果ててしまった、あなたには」


「……何だと?」


 ドゥノンは、心を決めた。アゼルの言葉で、彼は変わった。カルーゾのイエスマンから、本当の忠臣へ。


「私が仕えてきたのは、偉大なる神としてのあなただ。だが、今のあなたはもう違う。あなたのためを思うからこそ……私は、命に代えてでもあなたを止める!」


「貴様……ぐっ!」


 直後、ドゥノンは光の剣を作り出し目映い閃光を発生させる。カルーゾの目が焼け、怯んでいるうちに研究所の奥へとテレポートした。


 牢獄の中に囚われている、まだ改造されていない最後の子どもを助け出すために。カルーゾの目が回復した頃には、牢は破られドゥノンたちは姿を消していた。


「おのれ……ドゥノンめ! 最後の最後で私を裏切るか! 許さぬ……どこへ逃げようと、必ず捕まえてやる。死よりも惨き苦しみを与えてくれるわ!」


 警報が鳴り響くなか、怒りに震えるカルーゾは力の限り叫ぶ。忠臣の裏切りに、はらわたが煮え繰り返っていた。両の眼に憎悪の光を宿らせ……邪神は天を睨んだ。



◇――――――――――――――――――◇



「ふいー、終わった終わった。ちったぁ修行の成果も出てたんじゃねえか? アタシら」


「そうだといいのだがな……む? そういえば、アゼルの姿が見えぬな。ダンスレイルと言ったな、アゼルの居場所を知らぬか?」


「ああ、さっき風呂に入ると言って出ていったが……なかなか戻らないね」


 暗域での一幕の間、オメガレジエートにリリンたちが戻ってきた。司令室で休んでいたが、アゼルの姿が見えないことに気付きダンスレイルに問う。


「ちなみに、それはどのくらい前だ?」


「三十分くらい前かな。だいぶ疲れていたようだったし、湯船に浸かりながら寝ているのかもしれないね」


「おいおい、下手したら溺れるぞそれ。一回、様子見てきた方がいいんじゃねえのか?」


「なら、オレが行ってくる。というか、オレしか行けねえよ」


 心配そうにするシャスティに、ダンテがそう答える。リオはカレンと一緒にグラン=ファルダに行っており、男湯に入れるのは彼しかいないのだ。


「では頼んだ。だが、変なことをすれば……」


「しねえよ! オレにゃそんな趣味はないっつの! んじゃ、様子見てくるわ」


 リリンに睨まれつつ、ダンテは風呂場に向かう。……が、十分もしないうちに慌てた様子で戻ってきた。小脇に、を抱えて。


「お、おい! たたた、大変だ!」


「なーにー、ダンテうるさーい」


「大変なんだよ! アゼルの様子を見に行ったら……ほら、これ! 風呂場にこいつがいたんだよ!」


 レケレスに文句を言われながらも、ダンテは小脇に抱えていたものを見せる。玉のような、可愛らしい赤ちゃんがこんにちはしていた。


「あぶ、ばぶ……」


「あら、可愛らしい赤ちゃん……って、それではアゼルさまはどこに……ん? お待ちくださいまし。この赤ちゃん、左目が……ま、まさか!?」


 赤ちゃんの顔をまじまじと見ていたアンジェリカは、ふと気付いた。赤ん坊の左目に、アゼルと同じドクロの紋様が刻まれているのを。


「おい、冗談だろ? まさか、その赤ん坊が……アゼルだっつうのかぁ!?」


「あぶー」


 シャスティが叫ぶと、赤ん坊はにぱーと笑う。アゼルは、赤ん坊になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る