126話―両雄、並び立つ時

 空の高みから、アゼルとリオは地上を見下ろす。対する魔物の方は、次の攻め手をどうするか考えているようで、ピクリとも動かない。


「さあて、どうやってあの魔物をやっつけるかな」


「あの、リオさん。一ついいでしょうか」


「ん? いいよ、どうしたの?」


 両腕に盾を装着し、やる気満々な様子のリオにアゼルが遠慮がちに声をかける。リオはにこやかな笑みを浮かべたまま、アゼルの言葉を待つ。


「あの魔物、頭の中に女の子が埋め込まれていました……生きた状態で。出来れば、ぼくは助けたいんです。その子を、苦痛から」


「なるほどね。要するに、その女の子を魔物の中から引きずり出して保護すればいいんだね?」


「それは、難しいと思います。チラッと見えただけですけど、女の子は肩から下が魔物と融合していました。多分、外に出したら死んでしまうかもしれませ……わっ!」


 どうやって女の子を助け出すか話していると、魔物が攻撃を再開した。触手と大砲が融合し、横に砲身が二つくっついた二連装式にパワーアップしている。


 左右の砲身から交互に酸の砲弾を発射し、二人纏めて葬り去ろうと考えたようだ。これまでよりも激しさを増す弾幕を掻い潜りつつ、アゼルたちは話を続ける。


「じゃあ、僕たちの出来ることは一つだね。あの魔物を無力化させて、神殿に連れて帰る。そうすれば、バリアス様たちに女の子を安全に救出してもらえるから」


「分かりました。では、それでいきましょう。これ以上、あの子を苦しませるわけにはいきません!」


「そうだね。よし、そうと決まれば手早く無力化しちゃおう! それっ、シールドブーメラン!」


 戦いの方針を定め、まずはリオが攻撃を仕掛ける。左腕に装着した飛刃の盾を投げつけ、魔物の背中にある大砲の破壊を狙ったのだ。


「クファ……ウウァアァ!」


「三発、か。流石の飛刃の盾も、三回も酸の砲弾を浴びちゃ溶けちゃうみたいだね。ふむふむ」


 しかし、酸弾の集中砲火を受け途中で溶かされてしまう。が、それによってリオは何かを学んだようだ。ニッと笑みを浮かべ、右腕に装着した盾を消す。


「さてっと。それじゃ、久しぶりに使おっかな。僕の切り札……ジャスティス・ガントレットを」


「ジャスティス・ガントレット……?」


 アゼルが首を傾げるなか、リオは右腕に魔力を込める。腕に装着された青色の籠手が消え、黄金の輝きを放つ籠手が転送され装備された。


 籠手の手の甲の部分には、赤、灰、緑、黄、水色、紫の六つの小さな宝玉が円形に嵌め込まれ、円の中央には大きめの青い宝玉が鎮座している。


「そうだよ。むかーしむかし、始祖の魔神ベルドールが審判神……あ、カルーゾじゃなくて前任の方ね。その神様から送られた神器なんだ」


「神器!? そんな凄いものがあるんですね」


「うん。さ、見てて。まずはあの大砲を……破壊する! ハイドロウ・スピアー!」


 リオが右手を握ると、灰色と水色の宝玉が輝き始める。直後、二人の目の前に、突風を纏う巨大な水の槍が現れた。


「わっ!? す、凄い……」


「いけー、ハイドロウ・スピアー!」


「ウゥ……アァア!!」


 水の槍はリオの号令の元、勢いよく魔物目掛けて飛んでいく。魔物は酸の砲弾を発射し、槍を叩き落とそうとする……が、突風に弾かれて失敗に終わった。


 破壊は不可能を見た魔物は逃げ出そうとするも、今度はアゼルが動く。ヘイルブリンガーを頭上に掲げ、魔力を込めてルーンマジックを発動する。


「逃がしません! バインドルーン……キャプチャーハンド!」


「ウァッ……グァァァ!」


「よし、直撃! ありがとう、アゼルくん」


「いえ、それほどでも。リオさんのお役に立ててよかったです」


 ヘイルブリンガーから出現した緑の手に捕まり、魔物は身動きが取れなくなる。そこへ槍が直撃し、背中の大砲を木っ端微塵に破壊した。


 二人の連携により、攻撃手段を失った魔物は痛みに呻き、苦悶の声を漏らす。後はこのまま、戦闘不能に追い込むだけ……と思われた、その時。


『全く、腹立たしいイレギュラーだな。例のガキのみならず、魔神までもが立ちはだかるとは』


「!? その声は……カルーゾ!」


 突如、魔物の胴体からカルーゾの声が聞こえてきたのだ。それと同時に、魔物の呻き声がピタッと止まった。少しして、身体が震え始める。


 恐怖しているのだ。己の内より響いてくる、忌まわしき者の声に。


「やはり、お前だったのですね。カルーゾ、その魔物はなんなんです? 中にいる女の子に、何をしたのですか!」


『知りたいか? なら教えてやろう。私はグラン=ファルダを出ていく際、四人の子どもを連れ去った。ある実験を行うために、な』


「……実験?」


『そうだ。闇の眷属と神を融合させ、強大な力を持った魔獣を作り出す……神魔合身の理論を完成させるための実験だ』


 カルーゾの言葉に、アゼルとリオは全身を怖気が走るのを感じた。二人は、理解してしまったのだ。カルーゾが、誘拐した子どもたちに何をしたのか。


 何故少女が肩から下の身体を失い、魔物の内部に繋がれているのかを。


「カルーゾ……お前は、自分が何をしたのか分かっているのですか! 何の罪もない子どもに、お前はどけだけの苦痛を与えたのです!」


『知ったことではない。全ては、貴様という脅威を排除するためのものよ。貴様が大人しく、伴神どもに殺されていれば、こうする必要もなかったのだがなぁ……ククク』


「……へぇ。さっきから聞いてれば、まあ随分と……非道な行いをするんだね、お前は」


 その時。それまで沈黙を保っていたリオが口を開き、ゾッとするほど冷たい口調で話し出した。あまりの冷たさに、カルーゾのみならずアゼルも背筋が凍り付く。


「許せないな、こんなこと。……今回の件、僕は全面的に関わるつもりはなかった。アゼルくんに血をあげるだけのつもりだったけど、考えが変わったよ」


 そう言うと、リオはニヤリと笑う。それは、これまでに見せた愛嬌のある朗らかなものでなく……獲物を見定めた、獣のそれだった。


「ベルドールの七魔神が頭領、リオ・アイギストスの名において宣言する。カルーゾ、暗域のどこに潜もうとも必ずお前を見つけ出し……最大限の苦しみを与えて、殺す」


『くっ……い、言うではないか。だが、そう簡単にはいかない。この幼魔獣……腐敗のティナを倒してみるがよい!』


「言われなくても、無力化するさ。それが僕たちの目的だからね。さ、いこうかアゼルくん。……ここからは、本気だよ」


「ええ、やりましょう。カルーゾの行い、決して許せません!」


『吠えるなよ、ガキどもが! ティナの真の力、見せてやる!』


 カルーゾが叫ぶと、魔物――ティナに異変が起こる。胴体を覆う鱗が次々と剥がれ落ちていき、腐敗しかけの筋繊維が露出する。


 痛みにティナが呻くなか、筋繊維の表面がうごめき……先端にブレードが付いた触手が、何百本と生えてきた。


「アアアアァァァ!! イタ、イ……タス、ケテ」


『さあ、貴様らをバラバラに切り刻んでやろう! 肉を刻み、骨を溶かし……絶望の死を与えてやる!』


「死なないよ、僕たちは。だって、これから本気を出すもの」


 そう言うと、リオは魔力を増幅させていく。そして、創世六神が持つものと酷似した、青色のオーブを造り出した。オーブの中には、リオのシンボルである盾が納められている。


「ビーストソウル、リリース!」


「これは……! とんでもない力が、溢れてる……」


 リオの全身を包む鎧が、よりシャープな形状へと変化する。さらに、両腕には三本の爪を備えた六角計の盾が装着される。リオは、己の中に眠る獣の力を宿したのだ。


「行こうか、アゼルくん。力を合わせて……終わらせよう」


「ええ、やりますよ! チェンジ、剣骸装ブレイダーモード!」


『ムダなことを。やれ、ティナ!』


 カルーゾの合図を受け、ティナは触手を一斉に動かしアゼルたちに襲いかからせる。四方八方から襲来する触手に死角はなく、一本でも打ち漏らせば二人とも死ぬ。


 そんな状況の中、アゼルとリオは互いに背中を預けて触手を迎撃する。鋭い爪が宙を舞い、ヘイルブリンガーが煌めきながら軽やかに躍る。


「戦技、アイシクル・ノック・ラッシュ!」


「アイスシールド・スラッシャー!」


 二人はそれぞれの奥義を放ち、前から、左右から、上下から襲い来る触手を切り刻み、打ち落としていく。大量にあった触手は、瞬きする間に数を減らす。


『バカな、こんなことが……!? たった二人だというのに、かすり傷一つ与えられぬだと!?』


「一撃だって食らいませんよ、カルーゾ。ぼくたちは今、とても怒っているのですよ。お前のした行いに」


「だから、こんなところでやられるわけにはいかないのさ。お前を八つ裂きにするためにね!」


『くっ……ならば、切り札を食らわせてやる! ギガント・テンタクル・ブレード!』


 追い詰められたカルーゾが叫ぶと、残っていた十数本の触手が束ねられ、巨大なブレードへ変化した。アゼルたちへ向けて振り下ろされる……が、二人は止まらない。


「ムダだね。そんなもので、僕たちは倒せない。アゼルくん、見せてあげようよ。僕たちの力をさ」


「見せてやりましょう。二人の力を合わせた、必殺の一撃を! 合体奥義……」


「アブソリュートゼロ・ブラスター!」


 アゼルとリオは氷の盾とヘイルブリンガーを重ね、ティナへ向ける。二人が持つ冷気の力が交ざり合い、全てを凍らせる氷の波動が放たれた。


『バカな、凍る……我が魔獣が、凍って……い、く……』


 抵抗する暇も、逃げる間もなく……魔物の全身が凍結した。カルーゾの声も途絶え、戦いは終わった。


「これで……」


「ミッションコンプリート、ですね」


 当初の目的を達成し、二人は顔を見合せ……互いに笑顔を浮かべた。

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