125話―天と地の死闘

「アアアアァァァ!!」


「考えてる暇はない、か。まずは……あの粘膜弾を封じる!」


 大空に響き渡る咆哮を聞きながら、アゼルは迷いを断ち切る。今すへきことは、ただ一つ。目の前にいる魔物を無力化し、脅威を排除することだ。


「ゴプ……エヴァアアァ!!」


「遅い! そこです、てやあっ!」


 再び放たれた粘膜の塊を避けつつ、アゼルはボーンバードを加速させる。急接近し、すれ違い様に魔物の脇腹をヘイルブリンガーで切りつけるが……。


「ギィッ……ヤメ、テ……」


「! また、この声……うわっ!」


 またしても、アゼルの耳に悲痛な声が届く。魔物は身をよじらせ、長いしっぽでボーンバードごとアゼルを叩き落とそうと攻撃を行う。


 辛うじて攻撃を避けたアゼルは、一旦距離を取り体勢を立て直す。が、その隙を突いて魔物は逃走を始めた。雲海の中へ消え、姿を隠してしまった。


「雲に紛れて神殿に戻るつもりですね? そうはさせません! いきますよ、ボーンバード!」


 このまま取り逃がせば、どんな惨事が起こるか分からない。ボーンバードを駆り、アゼルは魔物を追って雲海の中に突入する。


 魔物が発する気配を追い、分厚い雲の海をどんどん潜っていくアゼルたち。しばらくして、雲海を抜けた先にあったのは……。


「これは……森? 雲海の下にも、島があるんですね……」


 雲海の下には、密林を擁する小島が浮かんでいた。よく見てみると、近くにも似たような島がいくつか浮遊している。アゼルは気配を頼りに、そのうちの一つに降りた。


「この島に降りたはず。早く見つけ出さないと。サモン・スケルトンサーチャー!」


 アゼルは森の側の崖に降りると、ボーンバードを消す。探索用のスケルトンたちを八体呼び出し、森の中へと送り込む。未開の地に不用意に入るのは、得策ではない。


 しばらく待っていると、スケルトンたちが戻ってきた。特に破損等はしていなかったため、問題なしと判断したアゼルは、魔物を探し出すため森の中へと進む。


「鬱蒼とした森ですね……。下手をすると、迷ってしまいそうですが……まあ、スケルトンがいるので問題はないですね」


 何かあった時に崖まで戻れるよう、数メートルごとにスケルトンを待機させ道しるべの役割をさせる。先へ進むごとに、気配が濃くなっていき……やがて、見つけた。


 森の奥、血溜まりの中に横たわる、魔物――が、脱皮した後の皮を。見たところ、脱皮したばかりではある……のだが、皮は酷く腐敗しており嫌な匂いを放っていた。


「うぷっ……! く、臭い……。あの魔物、どこに行ったんでしょうか。早く見つけ……! そこっ!」


「ギィッ!」


 その時、アゼルは頭上で何かが動くのを察した。咄嗟に後ろへ下がりつつヘイルブリンガーを投げると、魔物の呻き声が響くと共に血が落ちてくる。


 戻ってきたヘイルブリンガーをキャッチしつつ、アゼルは新たに八体のスケルトンを呼び周りを固める。木々に紛れて、いつどこから魔物が攻めてくるか分からないからだ。


(今の一撃、致命傷ではないにせよ手応えはありました。逃げられる前に、今度こそ仕留めて……)


 その時。抜かりなく周囲を見渡していたアゼルは、ふと違和感に気が付いた。八体いたはずのスケルトンが、七体に減っているのだ。


「あれ? おかしいな、ちゃんと八体呼び出したはず……」


 次の瞬間、背後で何かが動いたような気配を感じたアゼルは後ろを向く。そこにいたはずのスケルトンが、いなくなっていた。


「スケルトンがいない!? 一体、何が起きて……うわっ!?」


 動揺しているアゼルに向かって、森の中から粘膜弾が三発飛んできた。二体のスケルトンが盾となり、主を守ったあと溶けて消えてしまった。


 粘膜弾が飛んできた方向へアゼルが目を向ける途中、視界の端にスケルトンが映る。が、次の瞬間、そのスケルトンは頭上から降りてきた木の枝のようなモノに呑み込まれた。


「!? 今のは……そうか、なるほど。そういうことだったのですね。スケルトンが消える原因、分かりましたよ! てやっ!」


 そう叫ぶと、アゼルは生き残っている三体のスケルトンを呼び戻す。彼らを足場代わりに、勢いよく木の枝に飛び乗り、そのまま上へ上へと登っていく。


「すっかり見落としていました。脱皮すれば、姿は変わる……虫だってそうなのですから、あの魔物だって姿が変わるはず。なら……新しい能力を得ても、不自然じゃない!」


 緑の葉が生い茂る木の枝の間をすり抜け、アゼルは木々を飛び越え上空へ舞い上がる。己の眼下、木々の上の一角に、ソレはいた。


 猿のような細長い手足と長い首、トカゲのような鱗が生えた身体……そして、木の枝によく似たしっぽを持った姿へと変態した魔物を。


「あのしっぽでスケルトンたちを捕まえていたんですね。でも、それが分かれば対策は易いです。サモン・ボーンバード!」


「ヴヴヴヴ……アアァ……」


 森の中にいたままでは、魔物の攻撃に対して後手に回ってしまう。そうなれば、いずれしっぽに捕らえられて終わりだ。なら、自分が相手の頭上にいれば……翻弄されずに済む。


「さあ、今度こそトドメを……!?」


「ウウウウアアアアァァアアァ!!」


 次の瞬間、魔物は耳をつんざく大音量の雄叫びをあげる。すると、魔物の背中が開き、骨と肉で作られた大砲が姿を現した。そして、上空にいるアゼルへ、強酸の砲弾が放たれる。


 アゼルはボーンバードを操り、なんとか直撃は避けた……が、左の翼に砲弾がかすった。酸の威力は凄まじく、かすっただけだというのに翼が半分溶けてしまう。


「な、なんて恐ろしい……。あんなのをまともに食らったら、流石に耐えられませんよ!」


「グゥ、アグ、イァア……イタ、イ……ア、アアァ!!」


「! あの魔物、また、痛いって……って、こんなこと言ってる場合じゃない!」


 どうやら、酸の砲弾を発射するのは魔物にも激しい苦痛をもたらすようだ。せっかく脱皮したというのに、早くも身体のあちこちが腐敗しはじめる。


 だが、それでも魔物は攻撃をやめようとしない。アゼルを仕留めるべく、強酸の砲弾を乱射する。防戦一方な状況に追い込まれたアゼルだったが、彼の耳にある言葉が届く。


「……タス、ケテ。タスケテ……」


「この声……やっぱり、あの魔物普通じゃない。さっきチラッと見えた、頭の中にいた女の子……まだ、あの子の意識が……」


「ギギギイィ……グガギャアアァア!!」


「また、咆哮を……!?」


 一向にアゼルをしとめられないことに業を煮やしたのか、魔物はさらなる攻撃手段を展開してきた。背中に開いた裂け目から、細い縄のようなものが無数に現れたのだ。


 それらはアゼルとボーンバードを捕らえるべく、一斉に襲いかかる。もし捕まれば、身動きすることも出来ずに強酸の砲弾の餌食となってしまうだろう。


「一旦距離を……! ボーンバード、飛びますよ!」


「ググ、ゴフッ……ニガ、サナイ……!」


 魔物から距離を取り、ジオフリーズで反撃させず倒そうとするアゼルだったが、相手は学習しているようでそう簡単にはやらせてもらえない。


 何十本もの触手が追跡してくるなか、連射される砲弾によって反撃の機会を潰されてしまう。触手はどこまでも伸び、アゼルを包囲し追い詰める。


「まずい、逃げ場が……くっ、しまった!」


「アァ……アハハァ」


 ついに、アゼルは触手に捕まってしまった。ボーンバードごと雁字搦めにされ、指一本動かせない。そんなアゼルを見ながら、魔物はゾッとする笑みを浮かべる。


 恐怖を煽るように、ゆっくりと大砲の照準を合わせ……アゼル目掛けて、強酸の砲弾を発射した。これまでの中で、最強の溶解力を持つ砲弾を。


「やられる……!」


 身動きの取れないアゼルにはもう、蘇生の炎を己に宿しつつ目を閉じることしか出来ない。ぎゅっと目を瞑り、その時に備えるが……しばらく待っても、何もかも起こらない。


「あれ……?」


「やあ、お待たせ。だいぶ遠くまで来たんだねぇ、追い付くの大変だったよ」


 恐る恐る目を開けると、そこには――盾を構え、砲弾を防ぎきったリオがいた。氷で出来た青い鎧を纏い、背中には翼を模した盾が装着されている。


「リオさん!? どうしてここに!?」


「君を助けてあげてって、ムーテューラ様に言われてね。なんとか間に合ったみたいでよかった。さぁてっと……いでよ飛刃の盾! 舞え、シールドブーメラン!」


 ニッコリ微笑んだ後、リオは丸い盾を呼び出し放り投げる。盾は円を描くように飛び、アゼルを捕らえる触手を全て両断した。


「さ、ここからは僕も手を貸すよ。二人で、あの魔物をやっつけよう!」


「はい!」


 アゼルとリオ、二人の『英雄』の戦いが――今、始まる。

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