123話―女神との邂逅

「さあ、そろそろ神殿に到着しますよ。どうです? とても美しいでしょう?」


「ほー、確かに綺麗だなぁ」


 街を抜け、真っ直ぐに伸びる水路を進んでいくと、唐突に陸地が消え、水路が途切れた。少し離れたところに、浮遊する島とその上に建つ白亜の神殿が見える。


 水路が終わってもなお、水は一本の道となって島へと続いている。アゼルたちを乗せたゴンドラは、天空を渡り神々が待つ場所へと進んでいく。


「わあ、空飛ぶゴンドラって凄いですね。ほら、見てくださいアンジェリカさん。景色が綺麗ですよ」


「そ、そうですわね……。と、とても心が洗われますわ」


「そのわりにはずっと上ばかり見ているな。ははん、さてはお前高いところが苦手だな?」


 アゼルは落っこちない程度にゴンドラから身を乗り出し、眼下を埋め尽くす雲海を眺めながらアンジェリカに声をかける。が、アンジェリカの様子が何やらおかしい。


「ち、違いますわ! このわたくしが、高所恐怖症など」


「あー、かぜだー」


「ゆれるなー」


「ぴぎゃあああ!? ち、ちょっと! シャスティ先輩にリリン先輩、わざとゴンドラを揺らさないでくださいませぇぇぇ!!」


 素人でも容易に分かるレベルの棒読みをしつつ、リリンとシャスティはゴンドラを揺らしてアンジェリカをからかう。本当は高いところが怖いようで、アンジェリカは涙目になった。


「アゼルさまぁぁぁ、先輩たちがいじめますわぁぁぁ!! 助けてくださいましぃぃぃ!!」


「もう、二人ともあんまりいじわるしちゃメ! ですよ。あんまり酷いと、デコピンしますからね?」


「ウェルカム」


「同じく」


「……全く、この人たちは。まあ、わたくしもウェルカムですけれど」


 特に反省はしていないが、とりあえず二人ともゴンドラを揺らすのはやめた。四人のそんなやり取りを聞き、フィアロは頭を押さえる。


 リリンたちの吹っ飛んだ思考に、ついていけていないようだ。


「……大地の民は、みなこのような思考をしているのですかね……」


「そんなことは……ないと思います、たぶん」


「あたしは好きだよー? そーいうの」


 そんなこんなで、ゴンドラは島の外れにある船着き場に到着した。桟橋に降り、切り立った崖に作られた階段を登っていく。頂上に着くと、いい匂いが漂ってくる。


「んー、美味そうな匂いだな。向こうの方で飯でも作ってんだろうなぁ、へへ、楽しみだ」


「神々の食事、か。ふむ、私たちと同じようなものを食べているのか、それとも未知の食材が使われているのか……興味あるな」


「みな、庭園で待っています。さあ、行きましょうか」


 石畳の道を歩き、神殿へと向かう。道に沿って立てられた柱が色とりどりの垂れ幕で飾られ、アゼルたちを歓迎している。しばらくして、アゼルたちは庭園にたどり着いた。


 宴の会場は立食形式になっているようで、庭のあちこちに設置された縦長テーブルの上には様々な料理が並んでいる。談笑していた神々は、アゼルたちに気付き一斉に視線を向けてきた。


「わっ、みんな凄い見てますね……」


「ええ、グラン=ファルダに大地の民が来るのは三回目ですからね。まだまだ、みな物珍しいのですよ」


「まあ、言われてみればそういうものか。ん? おい、あそこにいるのって、まさか……」


 キョロキョロと庭園を見渡していたシャスティは、一人の女性を見つけ目を見開く。その女性はシャスティに見られていることに気付くと、にこやかに笑いながら近付いてくる。


「ようこそ、ギール=セレンドラクに住まう我が子たちよ。私は創命神アルトメリク。こうして会える日を、心待ちにしていました」


「ま、ま、ま、マジか! あのアルトメリク様が……目の前にいるなんて。いや、本物……だよな? うおお、こりゃすげえ!」


「ぼくも、ビックリしちゃいました……。あなたが、あの……」


 木の芽を抱く胎児の模様が納められた、緑色のオーブを持った女神……創命神アルトメリクは、愛情に満ちた微笑みをアゼルたちに向ける。


 遥か昔、聖戦の四王に生命の炎を授けた女神が今、目の前にいる。アゼルたちは思わず片膝を着き、ひれ伏しそうになる……が、アルトメリク自身に止められた。


「ふふ、いいのですよ。さあ、楽にしてくださいな」


「いえ、でも、そういうわけには! ほら、アタシらは貴女を信仰してるわけで……」


「いーのいーの。そーいうの気にしなくてもさー。今日は無礼講なんだからー、もっとだらーっとおちゃらけていんだよー」


 しどろもどろになりつつシャスティが答えていると、今度は頭上から軽い調子の声が聞こえてくる。上を見ると、一人の少女が浮かんでいた。


 バレーボールほどの大きさがある、ドクロが納められた紫色のオーブに寝そべった少女――闇寧神ムーテューラは、少しずつ降下しながらあくびをする。


「らっしゃっせー。よーこそ、グラン=ファルダへー。あーしはムーテューラ。ま、よろしこー」


「……この方も、神なんですの? 何と言うか、だいぶフランクですわね……」


「あーし、かたっ苦しいの嫌いだもーん。ほら、みんなリラックスリラックスー」


 アルトメリクとは別の意味で軽い調子のムーテューラに、アゼルたちは戸惑いを隠せない。一方、フィアロはいつものことだとばかりに受け流し、メレェーナは嬉しそうにしている。


「わー、久しぶりだねームーちゃん。元気してたー?」


「おー、メレメレちゃんじゃないの。縛り首にされる準備はしてきたー?」


「ぴっ!? や、やっぱり許されないんだぁ……」


「あー、うそうそ、じょーだんじょーだん。そんな酷いことにはなんないかなー。それよりさー、そこの。ちょーっち付き合ってよー」


 物騒な冗談を口にしてメレェーナをおちょくった後、ムーテューラはアゼルに声をかける。アルトメリクがやって来た時以上に緊張しつつ、アゼルは答える。


「え? ぼ、ぼく……ですか?」


「そそ。積もる話もいっぱいあるしー、すぺしゃるなゲストも待ってるしさー。ほら、おいでー。あ、他の娘はバっさんの演説が始まるまでは自由にしてていいからー」


「は? ちょ……こら、勝手にアゼルを……もう消えてしまった。大丈夫なのか……?」


 むくっと起き上がったムーテューラはアゼルの手を掴み、ひょいと引き上げ自分の膝に乗せる。そのまま転送魔法を発動し、どこかへ消えてしまった。


 リリンは心配そうに呟いた後、シャスティたちを連れパーティーに加わる。しかし、この時誰も気付いてはいなかった。カルーゾの魔手が、すぐそこまで迫っていることを。



◇――――――――――――――――――◇



「さー、着いたよ。一名さま、ごあんなーい」


「あの、ムーテューラさま。ここは一体……」


 ムーテューラに拉致されたアゼルは、凄まじくファンシーな家具と無数のぬいぐるみで埋め尽くされた部屋に連れてこられた。ここはどこかと尋ねると……。


「ここ? ここね、あーしの部屋。どーお? 可愛いっしょ。ほら、このマッスルテンタクルのぬいぐるみ、センスあるとおまーない?」


「そ、そうですね……ぼくはいいと思いますよ?」


 やたらムキムキなイカのぬいぐるみを広いあげ、ムーテューラは上機嫌で尋ねる。それに対し、アゼルは優しさ多めにそう答えた。


「ま、マッスルテンタクルこれはいーや。おーい、はいっといでー。アゼルくんきたよー」


「はーい。おじゃましまーす」


 ぽいっとぬいぐるみを投げ捨て、ムーテューラは部屋の外にいる人物に声をかける。どうやら、スペシャルゲストなる人物を呼んでいるようだ。


 部屋の扉が開き、中に入ってきたのは……。


「えっ!? あなたは……リオさん!?」


「やっほ。久しぶりだね、元気そうで何よりだよ」


 少し前に、神殺しの力を授けてくれた少年、リオだった。青いオーバーオールにタンクトップという、これまたフランクな格好をしている。


「ダンディさんから話は聞いたよ。堕天神退治、ご苦労様。僕も嬉しいよ」


「ありがとうございます。でも、どうしてここに?」


「あーしが呼んだのさー。リオくんとも、千年の付き合いあるしー。ほら、親睦を深めるのにぴったりっしょ? こんなお祭りはさー」


 驚くアゼルに、ムーテューラはけらけら笑いながら答える。落ち着きを取り戻したアゼルは、言われてみればと考える。以前に会った時は、ロクに話も出来ずに別れることとなった。


 ベルルゾルクの件に対する、お礼すら満足に出来ずに。いい機会だと思い直したアゼルは、ムーテューラの厚意をありがたく受け取ることを決めた。


「確かに、そうですね。ありがとうございます、ムーテューラさま」


「いーのいーの。あーしも、チミと話したいこといっぱいあるしねー。早速だけどさー、死者蘇生の力、どおよ? ちゃんと使えてるー?」


「ええ、有効に活用させていただいています。今まで、何度助けられたことか……」


「あ、僕聞きたいな。アゼルくんの物語。どこでどんな冒険をしてきたのか、聞かせてよ。代わりに、僕の話も聞かせてあげるからさ」


「ええ、いいですよ。ぼくも、興味があるんです。リオさんたち魔神の、英雄譚に」


 こうして、和やかなムードでアゼルたちの交流会が始まった。

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