122話―神界地グラン=ファルダ

 フィアロとの出会いから三日後。話し合いの末、アゼルたちは神々の好意を受けることにした。とはいえ、全員で行ってしまうと守りが薄くなるので、カイルは留守番だが。


 彼とアシュロン、ジークガルムの三人を主軸に、帝国騎士団が帝都を含めた要所の守りを固める。中級程度の闇の眷属ならば、問題なく対処出来るだろう。


「ごめんなさい、兄さん。留守番を任せてしまって」


「なに、気にすんな。こっちもこっちでやることは山ほどあるからよ。お前はここ最近、頑張り過ぎてるからな。たくさん遊んで羽根伸ばしてこい」


「分かりました。ありがとう、兄さん」


 そんなやり取りの後、アゼルとリリン、シャスティにアンジェリカのいつもの四人と、メレェーナは帝都を出発した。何故メレェーナが一緒なのか、それは……。


「うー、やっぱり召集されたぁ……。あぁー、今すぐ大地の果てまで逃げたいよぉ……」


「諦めろ。むしろ、ちゃんと裁判してもらえるだけ有情ではないのか? ま、有罪にはなるだろうが即殺よりはマシだろう」


 神々からの手紙に、招待に応じてくれる場合は必ずメレェーナを連れてきてほしいと書かれていたのだ。創世六神からすれば、メレェーナもまた断罪すべき裏切り者に変わりない。


 メレェーナ本人もその自覚はあるようで、口では逃げたい逃げたいと言いつつなんだかんだでアゼルたちにくっついてきた。……単純に諦めているだけかもしれないが。


「でも、メレェーナさんはほとんど悪事はしてませんし、ジルウェイドとの戦いでぼくを助けてくれましたから。罪が軽くなるように、ぼくからも口添えしますよ」


「あーん、アゼルくんは優しいなー。どっかの雷オババとちが……あぴぃ!?」


「だ・れ・が! 雷オババだ! 次にそのワードを口にしたら、ガローにしたようにお前の尻を穿つぞ!」


 どこまでも他人事なリリンに嫌味を言った瞬間、メレェーナのしっぽに電撃が叩き込まれた。流石に、オババ呼ばわりされるのは我慢ならないらしい。


 ついでに、口元を押さえてバレないようこっそり笑っていたアンジェリカにも雷が落とされる。まあ、自業自得なのでアゼルも何も言わなかった。


「うー、しっぽはビンカンなんだからね! 電撃なんてダメなんだからね!? 分かった!?」


「分からんし分かるつもりもないな、ふん」


「まあまあ、二人とも落ち着いて……あ、着きましたね。ここに迎えの人が来るはず……」


 自分を挟んでぴーぴー言い争いをするメレェーナとリリンを宥めつつ、アゼルは目的地……霊獣の森の外れに到着した。指定された時間までは、まだ少し余裕がある。


「しっかしまあ、神サマからの招待ねぇ。もしアルトメリク様に会えるってんなら、アストレア様が大喜びするだろうなぁ」


「どうなんでしょう、神様も代替わりはするみたいですし。とうの昔に、別の神様に入れ替わってたりするかもしれませんね」


「ふーん……ま、誰がどの神サマだろうが、アタシにゃ関係ねえこった。んで、アンジェリカ。お前いい加減起きろ! いつまでも気絶してんじゃねえ! 重いんだよお前!」


 いまだに言い争いをしているリリンたちを放置し、シャスティとアゼルはのんびり話をする。その途中、シャスティは背中に担いでいるアンジェリカを揺さぶり起こす。


 雷を食らい、気絶したアンジェリカをシャスティがおぶって歩いてきていたのだ。


「うう……はっ。ちょっと、聞き捨てなりませんわよ。わたくしが重い!? レディに対して失礼ですわよ、シャスティ先輩!」


「うっせーな、ホントのことなんだから別にいーだろ。それに、女ってのは肉付きがいい方がモテんだよ」


「そういう問題ではありませんわよ! よりによってアゼルさまの前でそんなことを……」


 こっちもこっちで、ギャーギャーワーワー言い争いをはじめてしまった。姦しい仲間たちに囲まれ、アゼルはやれやれと苦笑いする。


「あはは……これは、しばらく収まりそうにありませ……あ、この気配……」


 その時、アゼルたちの目の前に白い光の柱が降り注ぐ。突然のことに、リリンたちはその場で固まってしまう。少しして、柱が消えフィアロが姿を現した。


「時間ちょうど、ですね。ご足労くださり、ありがとうございます。メレェーナも……ちゃんといますね」


「ひ、ひゃい……」


 ジッと見つめられ、メレェーナは思わずアゼルの背中に隠れてしまう。……彼女の方が背が高いので、全く隠れられていなかったが。


「はじめまして、僕はフィアロ。カルーゾの後任として、審判神の座に着きました。貴女のことは、バリアス様から聞いていますよ、いろいろとね」


「あうう……」


「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。今ここでどうこうするつもりはありませんから。さて、まずは返事を聞かせてもらいましょうか。アゼルさん、我々の招待……受けてくれますか?」


「はい。ありがたく受けさせていただきます」


 アゼルの返答を聞き、フィアロは相好を崩す。嬉しそうに笑いながら、魔力を練り始める。


「そうですか、それはよかった。この千年、宴をしていませんでしたが……今回、皆さんを歓待するということでみな張り切っていますよ。特別ゲストも来ていますしね」


「ゲスト、ですか?」


「ええ。誰なのかは、実際に会ってのお楽しみですけれど。さ、行きましょうか。神々の世界……グラン=ファルダに!」


 フィアロはそう叫ぶと、鎧の中にしまっていたオーブを取り出し頭上に掲げる。すると、先ほどよりも太い光の柱が降り注ぎ、アゼルたちを包み込む。


 少しずつアゼルたちの身体が透明になっていき、やがて光と一体化し消えた。光の柱が消え去ると、そこにはもう誰もいない。神の世界へと、旅立ったのだ。


「……天上への移動を確認。カルーゾ様にご報告せねばな」


 どこからともなく声が聞こえてくるも、それを聞く者は誰もいなかった。



◇――――――――――――――――――◇



「着きましたよ。ようこそ、神の世界へ」


「わあ……ここが、神様たちの暮らしている場所ですか……」


 フィアロに導かれ、アゼルたちが降り立ったのは見渡す限り続く花畑の中だった。咲き誇る色とりどりの花々に出迎えられ、アゼルたちは大喜びする。


「ほう、なかなかにいい景色だ。こんなのどかな場所でピクニックでも出来たら、最高に楽しめるだろうな」


「ひえー、創命教会の本部にも庭園はあるけど……それ以上に広いな。どこまで続いてんだろうな、この花畑」


 リリンとシャスティの言葉に触発され、アゼルとアンジェリカは周囲を見渡す。すると、遥か遠くの方に門のような建造物が見えた。


「あら? 向こうの方にあるものは何かしら? 大きな門のようにも見えますけれど」


「あれはグラン=ファルダと外を繋ぐ結界の門です。常に閉ざされていますが、千年前に一度だけ開いたことがあるそうですよ。……さあ、都へ案内しましょう。こちらへ」


 アンジェリカの疑問に答えた後、フィアロは先頭に立ちアゼルたちを案内する。花畑を抜け、一本道を進んでいくと小さな船着き場に到着した。


 ゴンドラが一艘、桟橋に繋がれている。どうやら、これに乗って川の対岸に向かうようだ。向こう岸には、神々が暮らしているのだろう街が見えた。


「さ、ゴンドラに乗ってください。街の水路を抜けて、神殿に行きます。あ、落ちないように気を付けてくださいね。この川は底がなくて、別の大地に通じていますから」


「つまり、落ちたらここには戻ってこれないと。それは落ちるわけにはいかんな。アゼル、気を付けるのだぞ」


「分かりました、リリンお姉ちゃん」


 うっかり落ちないよう、一行は慎重にゴンドラに乗り込む。全員が乗った後、ゴンドラはひとりでに動き出して川を渡りはじめた。


 しばらくして、ゴンドラは対岸に到着し、そのまま街の中へと続く水路へ入る。街じゅうに張り巡らされた水路を、ゴンドラはすいすい進んでいく。


「誰もいねえなぁ。ホントに住んでるやついんのか? ここ」


「千年ぶりの宴なので、みな神殿に集まっているのですよ。今ごろ、夢中になって準備している頃でしょう」


「ふーん……。ん? あの掲示板……」


 景色を見ていたシャスティは、街の広場にある掲示板の存在に気が付いた。掲示板には四人の子どもの顔写真が貼られ、その下に『目撃情報求む』と記されている。


「へー、神サマの子どもも、迷子になるんだなぁ」


「……ええ、そう……ですね」


 シャスティの言葉に、何故かフィアロはつらそうな表情を浮かべ答える。この時、アゼルたちはまだ知らなかった。何故フィアロが、そんな表情をしているのかを。


 行方知れずになった子どもたちが、どんな状況に置かれているのか。それをアゼルたちが知るのは……もう少し先の、話だ。

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