101話―嵐の前の……

 ベルルゾルクへのリベンジ戦から四日後。アゼル一行はリオたちと別れ、自分たちの住む大地……ギール=セレンドラクへと帰還していた。


 冒険者ギルド本部、もはや自宅と言って差し支えない来客用の部屋にてアゼルたちはくつろいでいた。


「ふえぇ……いろいろありすぎて、もうへとへとです……」


「お疲れ様だ、アゼル。まあ、あのリオという者の実験のおかげで分かったこともあったし、悪いことばかりでもなかったな」


 戦いの後、アゼルはリオの実験にとことんまで付き合わされることとなった。そのおかげで、パワーアップしたスケルトンの能力を把握出来たものの、疲労もかなり溜まったようだ。


「まあ、そうですね。今までのスケルトンも普通に使える、ってことが分かっただけでも大きな収穫でした。例の黒い方はせいぜい五体呼ぶのが限界ですし、使い分ける必要がありますね」


「にしても、凄かったなぁ。あんだけ流暢にぺらぺら喋るスケルトン、見せ物にしたらかなり金稼げ……いてっ!」


「阿呆。そんなくだらんことにアゼルの労力を割かせるな。金など腐るほどあるだろうが」


 よからぬことを企むシャスティの脳天に拳骨を落としつつ、リリンは窓から帝都の街並みを眺める。久しぶりに帰ってきた帝都に、アゼルは和む。


「あら? そういえば、アゼルさま足の具合はもうよろしいですの? 向こうの大地に行ってから、普通に歩いておりましたが」


「あ、言われてみれば……。いつの間にか完治しちゃってたみたいです。これも、魔神の血の効果なのでしょうか?」


 リハビリの途中だった足の怪我が、いつの間にかすっかり完治していることに今さらながら気付き、アゼルは首を傾げる。その時、部屋の扉がノックされた。


 扉を開けると、一人の騎士が立っていた。話を聞くと、どうやら皇帝エルフリーデから伝言を預かっているとのことらしい。


「陛下からの伝言、ですか」


「はい。ノルの異変について、詳しい話を聞きたいと。明日、宮殿にお越しいただくことは出来ますかね?」


「大丈夫ですよ。ぼくとしても、情報の共有をしたかったところですし」


「分かりました、では明日……十三時の鐘が鳴る頃にお越しください。お待ちしていますね」


 そんなやり取りをした後、騎士は帰っていった。先の戦いで、伴神を一人倒すことは出来た。しかし、それで終わるほど甘くはない。


 リオたち魔神からもたらされた情報によれば、まだ伴神は五人残っており……さらに、暗域に住まう闇の眷属の介入があるという疑惑もある。


「いろいろと、一筋縄ではいかないですね。凍骨の大斧もまだ直ってませんし……」


「魔神どもが代わりに修理してくれてんだろ? また敵が攻めてくる前によ、斧が戻ってくるのを祈るしかねえな」


「そうですね、シャスティお姉ちゃん」


 まだまだ不安の種が尽きない状況の中にあって、一つだけ希望があった。リオたちが、ベルルゾルクに破壊された凍骨の大斧の修理を請け負ってくれたのだ。


 神を屠る者が持つに相応しい、大業物に作り替える。その言葉が早く現実になるのを待つのが、今現在のアゼルの楽しみであった。


「ま、あまり不安がっても仕方あるまい。もうしばらく時間が経てば、アゼルだけでなく私たちにも神殺しの力が宿るのだ。そうなってしまえば、もう問題はないだろうさ」


「だといいのですけれど……。いつになれば宿るのか、分からないことにはどうにもなりませんわね」


「……まあ、大丈夫ですよきっと。今までだって、ぼくたちが力を合わせればどんな敵も倒せました。ヴァシュゴルも、セルトチュラも、ガルファランも。だから、今度もきっと大丈夫です」


 陰鬱な空気を振り払うように、アゼルはにっこり笑いながらそう口にする。これまで、彼らは多くの強敵たちと戦ってきた。その度に、己の知恵と仲間の絆で打ち勝ってきた。


 だから、今回も大丈夫。絆がある限り、必ず勝てる。その言葉に、リリンたちはふっと笑みを漏らす。


「そうだな。これまでも、なんだかんだで勝ちを収めてきたのだからな。今回もなんとかなるだろう。勝利への道筋は見えているしな」


「だな! っし、んじゃーよ、景気づけに飲みに行こうぜ! いいトコ見つけたんだよ、この前」


「わっ!?」


 シャスティはアゼルを抱え上げ、意気揚々と扉を指し示す。部屋でうじうじ悩んでいるよりはいいだろうと、リリンとアンジェリカも立ち上がる。


「まあ、羽目を外し過ぎなければよいだろう。明日は皇帝との謁見があるからな」


「二日酔いで謁見するなど、末代までの恥さらしですわよ。そうならないように、自制はしてくださいましね、シャスティ先輩」


「そうですよ。なので、ぼくがちゃーんと横で監視してますからね」


 ……勿論、三人揃ってシャスティに釘を刺すのは忘れていない。


「手厳しいモンだな……。ま、いいや。ほら、行こうぜ! 美味いメシと酒が、アタシらを待ってるんだからよ!」


 ビシッと決めポーズを取りつつ、シャスティは先頭に立って部屋を出ていった。



◇――――――――――――――――――◇



「こんにちはー。ぐーさん、いるー?」


「おう、リオ坊か。待ってたぞ、さあさあ、早いとこ例の斧を見せてくれ」


「はーい。ちょっと待っててね……よいしょっと」


 その頃、リオは二人の付き人を伴い暗域へ足を運んでいた。一人は、フクロウの化身にして斧を司る魔神ダンスレイル。もう一人は、かつてアゼルを助けた大魔公……。


 光の紳士ヴェルダンディーだ。


「おうおう、こいつぁひでえもんだな。だいぶズタボロじゃねえかよ。ま、その分腕が鳴るってもんだ」


「ありがとうございます、グラキシオスさん。暗域一の名匠の手腕……期待してますね!」


「任せておきな! このグラキシオス、一度頼まれた仕事は完璧に果たす。楽しみに待っていやがれ!」


 リオたちが暗域を訪れた理由は一つ。破壊された凍骨の大斧を修理してもらうためだ。暗域を統べる十三人の王の一角にして、希代の名匠……グラキシオスの手で。


「はっはっはっ! リオよ、これは大変名誉なことですぞ? 何しろ、グラキシオス様は魔戒王の中でも特に気難しい方ですからな。依頼を突き返すこともしょっちゅう……おっと!」


「うっせーぞ、ランタン頭! 気ィ散るから引っ込ンでな! 今から大仕事するんだ、仕損じるわけにゃいかねえからよ」


「並々ならぬ気迫だね。これは頼もしいね、ホント」


 柄だけになった凍骨の大斧を持ち、長いアゴヒゲを生やした老人は奥の鍛治場に向かった。数日をかけて、生まれ変わらせるのだ。


 凍骨の大斧を、二度と砕けることのない大業物へと。


「さて、私の仕事は終わったし……そろそろ帰ろうか、リオくん。ヴェル、ここまで案内ご苦労様。そっちも忙しいだろう、もう帰ってもいいよ?」


「では、お言葉に甘えるとしますかな。我輩も、例の堕天神について色々調べておきましょう。どうも、ここ最近きな臭い動きをラ・グーが見せていましてな。繋がりがあるやもしれませぬ」


「ラ・グーかぁ。暗域に来る度に、ロクな話を聞かないなぁ。拉致、脅迫、拷問、賄賂……玉座の末席に座るために、汚いこといっぱいやってるんでしょ?」


「ええ。王の座に着くには、相応の実績が必要。今回の堕天神の一件……ラ・グー陣営からすれば、功を上げるのに都合のいい出来事。動かぬはずがない」


 カルーゾたちの背後に、悪しき目論見を抱く者がいる。そう考えたリオたちは、アゼルたちとは別方向で事件に立ち向かうことを決めていた。


「アゼルに与えられた神殺しの力が仲間に伝播し、覚醒するまであと一日はかかる。それまでに、敵が動かなければいいんだけどね。何せ、次に動くだろう伴神たちは……」


「全滅させちゃったんでしょ? たった二人で、創世六神が組織した追討部隊を」


「そうだよ、リオくん。だから、危ない目に合わないように君を私が包み込んで守ってあげるからねぇ。ほら、もふもふ」


「わあ、あったかーい!」


 ダンスレイルは翼を広げ、リオを包み込む。イチャイチャする二人を見て、ヴェルダンディーはやれやれとかぶりを振る。


「ま、とにかく。こちらもそちらも、慎重に動くが吉かと。千年前の『魔王戦役』以降、王の玉座は一つ空白のまま。情勢が安定しておりませんからな」


「うん。こっちも監視を強めないとね。堕天神たちが動いたら、すぐにアゼルくんに知らせてあげないと」


 もふもふの翼に包まれながら、リオはそう口にする。一つの嵐は去り、また……次なる嵐が、アゼルたちの元に到達しようとしていた。


 その時が『いつ』来るのかは……誰にも、まだ分からない。

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