89話―戦士たちの二重螺旋
覇骸装を展開し、凍骨の大斧を構えたアゼルはガルファラン目掛けて走り出す。石像と化したカイルが天井に引き上げられていくなか、両者は激突する。
「はあっ!」
「ぬううん!」
斧と剣が交差し、互いにぶつかり合う。激しい剣戟を交わしながらも、アゼルとガルファランは共に一歩も退くことはない。それぞれの誇りと信念を胸に、戦う。
「絶対に、負けない……! お前、なんかには!」
「勝つことは出来ぬ。仲間もろとも、ここで忌まわしき血脈を絶やすがいい!」
そんなやり取りをしながら、二人はしのぎを削る。そこから十分以上にも渡って繰り広げられた激しい攻防を制したのは、アゼルだった。
剣の一撃を盾で受け止め、押し返した瞬間に生まれた隙を突きアゼルは大斧をひるがえす。そして、下から掬い上げるようにガルファランの顔へ切りつけた。
「今だ! 戦技、アックスドライブ!」
「ぐっ……ぬうう!」
あと少しのところで届かず、顔を覆う垂れ布を剥ぎ取るだけで終わってしまった、が……。
「!? お前、その顔は……」
「……見られてしまったか。我の素顔を」
垂れ布の下に隠されていたガルファランの顔には、巨大な単眼があった。鼻はなく、のっぺりとした顔面のほぼ全てを覆うように、ギラつく真っ赤な目玉が一つ。
あまりにも禍々しい容姿に、アゼルは言葉を失ってしまう。そんな宿敵を見て、ガルファランはくぐもった声を響かせながら笑い声をあげる。
「驚きで声も出ぬようだな。ま、それも無理はない。この単眼こそが、偉大なるラ・グーの分身たる証。数百年もの昔、我はこの大地を奪還するために生み出された」
「……ラ・グーの手で?」
「その通り。王どもに敗れ、大地の支配権を失い、深い傷を負ったラ・グーは闇の世界に戻った。敗北の責を問われ、魔の貴族の資格を剥奪されてなお……諦めはしなかった。得られるはずだった栄光を!」
そう叫びながら、ガルファランは再びアゼルに襲いかかる。真っ直ぐ心臓を狙って突き出された剣を盾で反らしつつ、アゼルは反論する。
「栄光? そんなもの、ぼくたちにとっては大きな災いでしかありません。まだラ・グーが諦めていないと言うのなら、王の末裔として……今度こそ引導を渡すのみ! です!」
「ムダだ。大地の民が暗域に踏み入ることは出来ぬ。貴様らは永遠に後手に回るのだ。滅び去るその日まで……我らの侵略を、受け続けることしか出来ぬのだよ! 邪戦技、ウィップネスブレイド!」
次の瞬間、今度はガルファランの左腕が蛇腹状の刀身を備えた剣に変化する。遠近共に攻撃出来るようになり、ただでさえ少ない隙がさらに減ってしまう。
それでも、アゼルは焦らない。一人で対応出来ないならば、力を借りればよいのだ。自身の半身とも言える、スケルトンたちの力を。
「ぼくたちは滅びない! 大地の民の力を舐めるな、ガルファラン! サモン・スケルトンオーダー!」
「フン、骸の軍勢か。変わらぬ……かつての帝と、何一つとして。実に憎らしい……!」
「じゃあ、その憎らしいスケルトンの群れで、あなたを圧殺してあげますよ。チェンジ、
数十体の骨の騎士団を呼び出したアゼルは、彼らの後ろへ下がる。凍骨の大斧を消し、覇骸装を変え敵の射程外から狙撃して攻撃する戦法に切り替えた。
「スケルトン、ゴー!」
「若造め……! そうは……させぬわァァァ!! 邪戦技……デミダイトストーム!」
ガルファランは左腕を振るい、蛇腹剣でスケルトンたちを薙ぎ払う。その隙を突き、アゼルはボウガンに
矢は吸い込まれるように、ガルファランの目へと向かう。が、あと少しというところで右腕の剣に弾き落とされてしまった。
「クハハハ!! ムダなことを! その程度の一撃、我が弾けぬわけが……!? いない、小僧はどこだ!?」
「ぼくならここだ、ガルファラン! 戦技、スカルエッジブレイド!」
「クッ……ぐうっ!」
飛来する矢にガルファランの注意が向いている間に、アゼルはスケルトンたちに紛れて相手に接近していたのだ。素早く骸装を
鋭い斬撃はガルファランの法衣を切り裂き、脇腹を抉った。ガルファランは苦痛に顔を歪めつつも、右腕の剣を振り抜き反撃に転じようとする。
「よくも……! 邪戦技、スパイラル……」
「させない! スケルトンたち、かかれー!」
「ぬうっ!? 骸どもめ、我の邪魔をするな!!」
そこへすかさず指示を下し、アゼルはスケルトンたちに攻撃を妨害させる。身体に纏わりつく骸たちを振りほどこうとするガルファランに、アゼルは必殺の一撃を叩き込んだ。
「食らえ! 戦技……クロスボーン・スラッシャー!!」
「ぐっ……ガアアァァ!!」
アゼルのは放った一撃が、ガルファランの右腕を根元から両断した。激痛に顔を歪め、ガルファランは上空へ飛び上がりスケルトンたちを弾き飛ばす。
眼下にいるアゼルと骸の群れを睨み付けながら、ガルファランは憎悪に満ちた視線を叩き付ける。そして、大きく目を見開き、血走った瞳に魔力を宿した。
「よくもやってくれたな……! こうなれば、ラ・グーより授けられし切り札を使う他あるまい……我を怒らせたこと、その死を以て後悔するがよい! 暗黒魔法……
「これは……! スケルトン、逃げ……」
嫌な予感を覚えたアゼルがスケルトンたちを退避させようとした直後、ガルファランの目が紅に染まる。すると、スケルトンたちの身体に謎の紋様が浮かび上がってきた。
それと同時に、キーンという甲高い不快な耳鳴りが響く。次の瞬間、スケルトンたちが宙に浮かび上がり、粉々に砕け地ってしまった。
「これは!?」
「クハハハハハハ!! 見たか、これがラ・グーの力! 何人たりとも、この呪縛より逃れることは出来ぬ。一度に捕まれば、もう動くことは叶わぬのだ。さあ、次は貴様の番だ。
「うわっ!」
アゼルが咄嗟に飛び退くと、元々立っていた場所に禍々しい紋様の痕が残る。ガルファランは何度も何度も呪縛を放ち、執拗にアゼルを狙う。
「どこまで逃げられるかな? 足掻いて足掻いて足掻き続けるがいい。疲れ果てた貴様をねじ切ってくれよう!」
「そうは……くっ、いかない!」
アゼルは広間を逃げ回るも、反撃の糸口を掴めずにいた。このままでは、いずれ体力が尽きる。そうなれば、単眼の呪縛により倒されてしまうだろう。
(どうしよう、ボーンバードを呼ぶ暇はないし、ぼくは自力で飛べない……ガルファランに近付かなきゃ、倒すことも……ん? そうだ、いいこと思い付いた。危険な賭けだけど……やる価値はある)
反撃の案を閃いたアゼルは、逃げ回るのをやめその場で立ち止まる。両腕のブレードを籠手に収納し、全身に神の力を張り巡らせていく。
「どうした、逃げるのはやめたのか? 案外、早く諦めたのだなァ」
「ぼくはあなたと違って、こそこそするのは嫌いなので。真正面から迎え撃ってあげますよ、あなたの呪縛を!」
「面白い。ならば……身動きを封じられ、恐怖の中で砕け散るがよい!
ガルファランの目が輝き、アゼルの身体に紋様が浮かぶ。身体が浮かび上がり、ガルファランの元へ飛来する。目と鼻の先にいるアゼルを見ながら、教祖は笑う。
「さあ、砕け散れ! 血飛沫をあげ、滅び去るがよい! これで終わ……なに!? 貴様、動け……」
「待ってましたよ、この時を。この距離なら外さない! 出でよ、凍骨の大斧! 戦技……スカルグロウ・ディバスター!!」
「ぐっ……がああああ!!」
アゼルは全身に張り巡らせた神の力で呪縛の紋様を打ち消し、最後の一撃を叩き込んだ。ガルファランは断末魔の叫びをあげ、地へ落ちていく。
アゼルも後を追い、床に降り立った。倒れ込んだガルファランの胸元には、深い裂傷が刻まれている。もう、助かりはしないだろう。
「バカ、な……この我が、大地の、民に……二度も、敗れるだと……」
「これで終わりです、ガルファラン。己の悪行を、あの世で償いなさい」
「くふ、ははは……見事なものだ、王の……末裔。ならば、一つ……最後に、言葉を授けよう。脅威が現れるのが、地の底にうごめく闇からだけだと思うな。いずれ、来る……天上より……我を越える、脅威、が……お前、は、勝てる、かな……」
そう言い残し、ガルファランは息絶えた。アゼルは宿敵の骸を見下ろした後、天高く大斧を掲げる。己の勝利を、誇示するように。
「……これで、終わった。後は帰るだけ。みんなで、帰るべき場所に」
天を見上げると、石化が解け始めているリリンたちが見えた。アゼルはそう呟くと、微笑みを浮かべる。長い戦いが、ようやく……幕を、下ろした。
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