88話―最後の牙、降臨

「……終わったな。見ろよ、ゼルガトーレの顔。ひでぇ表情だ、よっぽど悔しかったんだろうな。アタシらにやられたのがよ」


「でしょうね。こいつにはさらなる切り札がありましたが、それを使わせる前に潰してやれたので……まあ、上々としておきますかね」


 シャスティとディアナは、絶命したゼルガトーレの顔を覗き込みながらそんな会話を行う。復讐は、果たされた。三百年分の恨みを込めた一撃で。


 微笑みを浮かべるディアナの瞳にはもう、悲哀と狂気の光は宿っていなかった。かつての誓いを完遂した彼女は、あの世にいる家族へ小さな声で呟く。


「お父さん、お母さん。ハリル、メアリ。みんなの仇は……討ちました、よ」


「お、おい!? 大丈夫か!?」


 気が緩んだのか、はたまた二人分の霊体レイス化に魔力を注ぎ込んだからか、ディアナはふらつき座り込んでしまう。心配そうにシャスティが駆け寄った直後、部屋の外から足音が響く。


「ゼルガトーレ、覚悟! ……ってあれ? もしかして、もう終わってる……?」


「どうやらそのようだな。二人は……無事のようだ」


「よかったですわ……いえ、間に合わなかったのはよくないですわね……」


「ま、いいだろ。勝ったんなら別にさ」


 別々に神殿に突入していたアゼルとリリン、アンジェリカとカイルが聖刻の間に到着したのだ。道中、ガルファランの牙の構成員と戦いながら進んでいたため、遅れてしまったらしい。


「お、来たかアゼル。それにみんなも。いやー、すげぇもんだろアタシら。二人でゼルガトーレによ……」


「素晴らしいものだよ。我が配下……牙の三神官を全滅させたその手腕、腹立たしいほどにな」


 ディアナの肩を支え、シャスティがアゼルたちの方へ向かおうとした次の瞬間。六人の頭上から、おぞましい声が響いてきた。全員が上を見ると、そこには……。


 天上に足を着け、天地逆さになった状態で腕を組む大教祖ガルファランがいた。上下が反転しているというのに、顔を覆う垂れ布は顔面に貼り付き微動だにしていない。


「おっと、どうやら親玉のお出ましのようだな、アゼル」


「こいつが……牙の首領」


「その通り。我の名は、大教祖ガルファラン。ラ・グーの牙たる暗黒の神官。そして……貴様たち聖戦の四王に与する輩を滅ぼす者だ!」


 カイルとアゼルのやり取りの後、ガルファランはそう叫びながら指を鳴らす。すると、聖刻の間の床全体に巨大な魔法陣が現れアゼルたちをどこかへ転送し始める。


「これは……!?」


「誘ってやろう。決戦に相応しき舞台へ。我らの真なる拠点……遥か深き地底魔城へと!」


「面白いですわね。受けて立ちましてよ!」


「ええ。今日ここで、全てを終わらせる。大教祖ガルファラン、覚悟しなさい!」


 少しずつ身体が透き通っていくなか、アゼルは勇ましく宣戦布告する。ヴァシュゴル、セルトチュラ、ゼルガトーレ。彼らの裏で暗躍し、数多の悲劇を生み出した元凶。


 大教祖ガルファランとの正真正銘、最後の戦いが今、始まるのだ。


「くはははは!! 我を滅ぼすと? よかろう。なれば我も全力を以て応えてやろうではないか。その身を以て知るがよい。暗域の力をな!」


 その言葉が放たれた直後、聖刻の間が目映い光に包まれた。視界が白く塗り潰される直前まで、アゼルはずっとガルファランを睨み付けていた。



◇――――――――――――――――――◇



「う……ここは……」


「だいぶ広いな。城の広間……なのか? 天井もだいぶ高いな。まあ何にせよ、油断は禁物だな、アゼル」


 目を覚ましたアゼルたちは、創命大神殿とは違う、薄暗い広間のような場所にいた。円形の広間の壁のあちこちには、ドス黒い染みが広がっている。


「うう、見ているだけで気分が悪くなりますわ……もしかして、これは乾いた血……?」


「かもしれねえな。んで、向こうに見える祭壇っぽいモンは……さしずめ、生け贄を捧げるためのもの、ってか?」


 カイルの指差す方向、広間の中心に禍々しい装飾が施された祭壇があった。丸い祭壇の上には、単眼の蛇竜の置物が置かれている。


 十中八九、ガルファランの牙が崇める大魔公ラ・グーを模した像だろう。


「むう、ガルファランの姿が見えぬな。アゼル、円陣を組んでおこう。どこから襲ってくるか分からん、油断は……」


「しようがしまいが、貴様らの結末は変わらぬ。一人残らず、ここで滅びるのだ!」


「! まずい……」


 リリンが提案をした直後、床に差した影の中からガルファランが姿を現した。最初に襲いかかったのは……最も消耗が激しいディアナだった。


 一人だけアゼルたちから離れた場所に転送されており、普通に救助に向かったのでは間に合わない。アゼルはスケルトンを呼び出し、助けようとする。が……。


「させない! サモン・スケルトンナイト……!? で、出ない!? スケルトンが……どうして!?」


「ならば私が! マジックウィップ……!? バカな、私も出せないだと!?」


 スケルトンの召喚が不発してしまい、リリンが代わりに魔法の鞭を出そうとする。しかし、そちらも何故か作り出すことが出来なかった。


 その間に、ディアナはガルファランに捕まってしまう。


「ぐう、あ……」


「ディアナさん! ガルファラン、お前何をした!」


「何をした? ククク、言っただろう? その身で暗域の力を知れと。この地底魔城は、闇の眷属たちの住まう地、暗域と繋がっている。ここにいる限り……貴様らは力を使えぬ」


「何だって……!?」


 ディアナの首を掴みながら、ガルファランはそう口にする。カイルたちもそれぞれの得意とする魔法を使おうとするが、全て不発に終わってしまう。


「あり得ねえ、オレの魔弾が全く発動しねえだと……」


「ダメですわ、わたくしも強化魔法が使えません!」


「己の無力を知りながら、死んでゆくがよい。だが、殺すのは最後だ。今は苦しめ。何も出来ぬ歯痒さを味わいながらな……!」


「やめろ! ディアナさんを放せ!」


 暗域から流れ込む強大な闇の力のせいで、アゼルたちは力を使えない。そんな彼らを嘲笑いながら、ガルファランはディアナの身体に魔力を流し込む。


 そして、彼女を生きたまま石像へと変えてしまった。直後、天井から数本の鎖が伸び、石になったディアナに絡み付いて遥か空中へ引き上げる。


「意識はある。見届けさせてやろう。王の末裔が滅びる瞬間を。暗黒魔法……メティオ・レイン」


「来る! みんな避けて!」


 上空に無数の魔法陣が出現し、そこから大量の闇の隕石が雨あられと降り注ぐ。しかし、力を封じられている以上アゼルたちに出来るのは逃げ回ることだけ。


 いくら広間が広大とはいえど、いつまでも無傷で逃げ続けることは出来ない。十分もしないうちに、二人目の犠牲者が出てしまった。


「まずい、囲まれ……きゃああ!!」


「アンジェリカさん! 今助けに……」


「来てはなりません! わたくしに構わずお逃げください! 必ず、希望はあるはずですわ。貴方の勝利を、わたくしは信じ……」


 床に激突した隕石の欠片に退路を塞がれ、アンジェリカは逃げ場を失ってしまう。助けようとするアゼルにそう声をかけ、頭上から落ちてきた隕石の下に消えた。


「アンジェリカさーーん!!」


「くははは、これで二人。また石像が増えた。さあ、そろそろ我も動くとするか。暗黒魔法……ディザスター・ブレイド」


「クソッ、来やがるか!」


 右手をいびつな形状の刃へと変え、ガルファランは隕石の間を縫ってアゼルたちへ襲いかかる。シャスティとリリンはハンマーを構え、迎撃しようとする。


「クソッ、やるぞリリン! どうせ逃げ回っても隕石にやられるんだ。なら……」


「ああ。刺し違えてでもガルファランを倒す!」


「ムダだ。貴様らには何も出来ぬ。貴様らも、石にしてくれようぞ。魔法剣……フラウ・ヴェネス」


 直後。目にも止まらぬ神速の斬撃が放たれ、シャスティとリリンを切り刻む。反撃も出来ぬまま、二人はその場に倒れ込む。


「ぐっ……クソ、が……」


「何も、出来ぬのか……私、たちは……」


「リリンお姉ちゃん! シャスティお姉ちゃん!」


「ククク、これで残るは二人。直接、我が手で仕留めるとしようか」


 悲痛な叫びをあげるアゼルを見ながら、ガルファランは指を鳴らす。魔法陣と隕石が消え、敗れた三人が鎖によって天井へと引き上げられる。


 もはや自身の勝利は揺るがない。そう確信し、余裕たっぷりにゆっくりと歩いてくるガルファランを見ながら、カイルはアゼルの元に歩き寄り声をかけた。


「……アゼル。よく聞け。一つだけ……この状況を打破出来るかもしれない策を思い付いた」


「え……?」


「オレたちの瞳には、闇寧神から授けられた力が宿っている。二人分の力を合わせ、増幅させられれば……もしかしたら、暗域の力を打ち破ることが出来るかもしれない」


「確かに、言われてみれば……!」


 カイルの言葉に、アゼルは希望を見い出だした。カイルは左目に手を当て、己の中に宿る闇寧神の力を集める。そして、集めた力を引き抜くと、手のひらの中に小さな紫色の結晶が現れた。


「アゼル。オレの力をお前に託す。覇骸装と大斧がある分、お前の方が有利に戦えるはずだ。さあ、受け取れ!」


「はい!」


「面白いことをしているな。だが、させぬぞ!」


 アゼルに結晶が手渡された直後、ガルファランは急加速し剣を振りかぶる。一抹の希望も与えない。そう言わんばかりに、剣を振り下ろす。


 が、その剣がアゼルに届くことはなかった。カイルが身を呈して、弟を庇ったからだ。身体を貫かれながらも、カイルはガルファランにしがみつき動きを封じる。


「兄さん!」


「オレに構うな! 安心しろ、死んでもこいつに手は出させねえから。だから……力を!」


「貴様、離せ!」


 ガルファランがカイルを振りほどこうとしている間に、アゼルはバックステップで距離を取りつつ深呼吸する。そして、己の左目に、結晶を押し込んだ。


(……! 力が、流れ込んでくる……。兄さんの中に眠っていた、神の力が……。いける。これなら……暗域の闇を、切り開ける。ぼくは……戦える!)


 直後、アゼルの身体に力が満ちていく。広間に溢れる暗域の闇から解き放たれ、あるべき力を取り戻し……全身を、紫色のオーラが包み込む。


「離れろ!」


「ぐあっ! アゼル……あとは、任せたぞ……」


 全てを託し、カイルも倒れた。アゼルは右手を横に伸ばし、大声で叫ぶ。暗域の闇の呪縛を越え、頼もしき得物がその姿を現した。


「……出でよ、凍骨の大斧! そして……覇骸装、モードチェンジ! 重骸装フォートレスモード!」


「チッ、遊びが過ぎたか。その姿……実に忌々しい。かの凍骨の帝……ジェリドと瓜二つ。実に憎らしい」


「ガルファラン。これ以上はもう、お前の好きにさせない。ここで、お前を倒す!」


 城塞のごとく堅牢な鎧に身を包み、大斧を構えながらアゼルは叫ぶ。最後の戦いが、クライマックスを迎えようとしていた。

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