80話―骸の贈り物

 しばらくして、泣き止んだディアナはそれまでの狂気が嘘のように引っ込み、元の冷静な性格に戻っていた。一致団結し、教会への逆襲が始まる。


 ディアナが教会の情報を集めてくれたおかげで、侵攻計画は容易く立てられるだろう。


「さて、そうと決まればワタシも動く準備をしよう。愛無き者たちに鉄槌を下すとあらば、協力を拒む理由はない」


「ありがとうございます、バルジャットさん。全員で力を合わせれば、必ず勝てますよ!」


「教国から脱出する際、鉄血聖女隊の者たちも連れてきました。皆、法王配下の特務部隊に勝るとも劣らぬ精鋭揃い。すぐに召集し、いつでも出撃出来るようにしてあります」


 バルジャットとアストレアの頼もしい言葉に、アゼルは笑みを浮かべる。今すぐに、とはいかないが、数日もあれば教会の本拠地……神聖アルトメリク教国に進軍出来るだろう。


「んじゃ、アタシらも準備しとかねぇとな。問題は、特務部隊だな……一つは潰したが、まだ七つ残ってやがるし」


「ああ、それなら問題はねえよ。オレとディアナで、もう六つ潰したから」


「え? 兄さん、そうなんですか?」


 教会の戦力について懸念するシャスティに、カイルはあっけらかんとそう言い放つ。驚いたアゼルが尋ねると、カイルは頷く。


「ああ。実を言うと、バラザットの地下墓地に行く前にも一つ潰してきたんだよ。どうせ教会とり合うんなら、戦力は少しでも削っといた方が得だろ?」


「それもまあ、そうですわね。あのゾダンという闇霊ダークレイスも、アゼル様が何とかしたのでしょう? なら、ほぼ問題はありませんわね」


「そうですね……ただ、あまり楽観視するのもよくありません。教会と闇霊ダークレイス側の戦力は削げましたが、まだガルファランの牙が残っていますから」


 アゼルの言葉に、その場にいた全員が頷く。これまで襲ってきた敵は、皆教会や霊体派のネクロマンサーたちばかりだった。不気味なまでに、牙は沈黙している。


 教会だけでアゼルを狩れると思って高みの見物をしているか、それともヴァシュゴルやセルトチュラの時のように裏で何かを画策しているのか。


「ま、襲ってきたらきたで返り討ちにしてやりゃいいさ。そうだろ? アゼル」


「そうですね、シャスティお姉ちゃん。ここで一気に、ガルファランの牙を殲滅してしまいたいところです。どんな卑劣な策を講じてきたとしても……全て叩き潰すのみ、です」


「ええ。阻む者はみな……殺す。そのために、私はここにいるのですから」


 憎しみに満ちた声で、ディアナはそう呟いた。



◇――――――――――――――――――◇



「ふー。砂漠の夜は涼しくて気持ちいいですね。たまには夜のお散歩も悪くないです」


 その日の夜。アゼルはふと思い立ち、夜の宮殿内部をあちこち見て回っていた。三階にあるバルコニーに出ると、満点の星空が少年を出迎える。


 宝石のような煌めきを放つ星々を見上げ、アゼルは目を輝かせる。美しい景色を一人占めしているという事実に、気持ちが昂っていた、が……。


「こちらに居られましたか、アゼル様。部屋にいなかったので、探しましたよ」


「わっ!? び、びっくりした……。床から生えてくるのは心臓に悪いですよ、ディアナさん」


「申し訳ありません、ついいたずらしてみたくなってしまいまして」


 アゼルの足元から、にょっきりとディアナが生えてきたのだ。床をすり抜けてふわふわと浮かび上がり、ディアナは少年の前に立つ。


「アゼル様。実は、ジェリド様から貴方への贈り物を預かってきているのです。昼間は色々あって渡す暇がありませんでしたので、今のうちに渡しておこうと思い探していたのですよ」


「ジェリド様からの……贈り物?」


「はい。こちらになります」


 ディアナはそう言うと、パチンと指を鳴らす。すると、どこからともなく服のようなものが現れた。アゼルは宙に浮かぶソレを掴み、広げてみる。


 それは、真っ黒な全身タイツだった。


「これは……」


「それはかつて、炎の聖戦にてジェリド様が纏っていた戦装束……『覇骸装ガルガゾルテ』。アゼル様の背丈に合わせて、造り直されたモノです」


「ジェリド様が着ていた装束……にしては、なんというか、こう……」


「まあ、無理もありません。身に付けていない状態では、ただの全身タイツですからね。その覇骸装は、ジェリド様の血を引く者が装着した時、真の姿を現すのですよ」


 しげしげとタイツを眺めるアゼルに、ディアナはそう語りかける。ずっと眺めていても特に変化がなかったので、アゼルは彼女の言う通り着てみることにした。


「じゃあ、着てみますね」


「はい。僭越せんえつながら、私もお手伝いさせていただきます」


 ローブを脱ぎ、下着姿になったアゼルはタイツを身に付け、その上にズボンを履く。足先から首もとまで、ぴったりと身体にフィットしていた。着心地の良さを堪能していた、その時。


「な、何!? なんだか、力が沸き上がってくるような……うわっ!?」


 不意に、アゼルの全身に強大な魔力がみなぎっていく。溢れ出る魔力が、タイツの手足や胴体に集まっていき、銀色のプロテクターを形成する。


 胴体には分厚い胸当てと膝まで伸びる円形の腰だれ、四肢には頑強な籠手と具足が装着されていた。よく見てみると、その全てが骨で出来ているようだ。


「これは……」


「その姿が、覇骸装ガルガゾルテの基本形態。そこからさらに、状況に応じて三つのモードに切り替えることが出来ます」


「三つの姿、ですか?」


「はい。一つ目は、機動力を重視した剣骸装ブレイダーモード。二つ目は、防御力を強化する重骸装フォートレスモード。三つ目は、遠距離からの狙撃に特化した射骸装アーチモード。以上の三つです」


 何やら、アゼルの想像を越える力がこの全身タイツには宿っているらしい。その効果を確かめるべく、早速アゼルはモードチェンジをしてみることにした。


「じゃあ、まずは……チェンジ、剣骸装ブレイダーモード!」


 アゼルが叫ぶと、タイツを包む骨の鎧が変形していく。円形の腰だれは身体の前後のみを覆う形になり、籠手や具足も薄く軽くなった。


 さらに、籠手の手の甲側の腕部に、鋭く伸びたブレードが新たに追加されている。あまりにも重量を感じない軽やかさに、アゼルは目を丸くして驚く。


「わっ、軽い……。これなら、どんなに走り回っても疲れなさそうです」


「ええ。かつてのジェリド様も、スケルトンだけでは対処し切れない状況に陥った時には覇骸装の力を用い、自ら敵を屠って回ったとおっしゃっていました」


「やっぱり、ご先祖様は凄いですね……。これからの戦いに向けて、ぼくも見習わないと」


 ひゅんひゅんと腕を振り回しながら、アゼルはそう口にする。存分に剣骸装剣骸装モードを堪能した後、今度は重骸装フォートレスモードに切り替えてみた。


「じゃあ、次は……チェンジ、重骸装フォートレスモード!」


 アゼルが叫ぶと今度は骨の鎧が面積を増していき、頭部も含め全身を覆う分厚く重厚な姿へと変わっていった。通常形態や剣骸装ブレイダーモードでは露出していた腹回りも、骨で覆われている。


 籠手のブレードは消え、変わりに右腕全体を覆う巨大なカイトシールドが装着されていた。かなりの重量があるだろうと思っていたアゼルだったが、驚くことにさほど重さはなかった。


「あれ、意外と軽い? これなら、慣れれば問題なく戦えそうですね」


「攻撃特化の剣骸装ブレイダーモードとは違い、その形態の防御力は堅牢そのもの。物理的な攻撃のみならず、魔法による攻撃も並大抵のものでは傷一つつきません」


「ふえー、これを着て戦うジェリド様、見てみたかったですね。それじゃあ最後に……チェンジ、射骸装アーチモード!」


 アゼルが叫ぶと、全身鎧が解け基本形態の姿に戻る。違いとして、両腕には大きな弦を持つクロスボウ、額にはスコープを備えたゴーグルが追加されている。


「その姿は、遠距離からの狙撃を行うことに特化しています。大量のスケルトンをけしかけ、攻撃を受けて守りが崩れた相手を狙い打つ。恐らく、現状のアゼル様の戦闘スタイルには一番マッチしてているでしょう」


「確かにそうですね。近付くのが危険な相手との戦いで、特に役立ちそうです……あれ? 何でぼくの戦闘スタイルを知っているんですか?」


「ええ、簡単ですよ。教会の監視と平行して、ずっと活躍を見守っていましたから」


「そ、そうですか……。とにかく、ありがとうございます、ディアナさん。これがあれば、教会やガルファランの牙との戦いも優位に進められると思います」


 あっけらかんと言い放つディアナに若干呆れつつ、アゼルはお礼の言葉を述べる。基本形態に戻した後、脱ぎ捨てたローブをマントのように羽織る。


 父母の肩身と先祖から受け継いだ戦装束。二つが合わさり、無限の勇気がアゼルの中に沸き出してくる。


「よーし! この力で、ぼくは……いや、ぼくたちは絶対に勝ちます! ガルファランの牙を、創命教会を倒して……平和を、取り戻してみせましょう!」


 拳を突き上げ、アゼルは高らかに叫ぶ。そんな少年を見ながら、ディアナは頷く。最後の戦いの時が、刻一刻と近付いてきていた。

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