67話―スケルトン、鎧袖一触

「私を消す? 面白い、やってみろ。貴様のような軟弱なガキごときが、やれるというのであればな!」


「こいつ、またアンデッドを!」


 歯を剥き出しにし、リグロウはアゼルへの敵愾心てきがいしんを燃やしながら増援として屍の僧兵を呼び出す。それを見たシャスティたちが動こうとするのを、アゼルが手で制した。


「大丈夫ですよ、シャスティお姉ちゃん。見ていてください。ネクロマンサーの誇りにかけて、ぼくがあいつを倒しますから」


「アゼルさま、ですが……」


「分かった。そこまで言うならアタシはここで見守らせてもらうぜ。流れ弾には対処するから、遠慮せず暴れな!」


 心配そうにするアンジェリカとは対照的に、シャスティはアゼルに応援の言葉をかける。エルフリーデも無言で頷き、アゼルの言葉を肯定した。


「行きますよ、スケルトン。ぼくたちの力を、見せてやりましょう! 操骨魔術……ボーン・チェンジ! モード、スケルトンモンク!」


「僧兵の真似事か、下らんな。血も通わぬ骨ごときに、何が出来る? 僧兵たちよ、自慢のメイスで粉々にしてやれ!」


「スケルトンモンク、防御体勢!」


 リグロウの声に合わせ、計六体の僧兵たちはメイスを振りかざしてスケルトンモンクへ襲いかかる。アゼルはあえてスケルトンを動かさず、防御姿勢を取らせるだけに留めた。


 それを見たリグロウは、勝利を確信しほくそ笑んだが……。


「な、なんだと!? 僧兵どもの攻撃を……」


「ぜ、全部受け止めてしまいましたわ!」


 なんと、スケルトンモンクは一斉に振り下ろされた六つのメイスによる打撃に耐えきったのだ。これにはリグロウのみならず、味方も驚きを隠せないらしい。


「残念でしたね。骨というものは、意外と強度があるんですよ」


 骨というものは、脆いものの代表としてイメージされることも多々ある。しかし、それは骨の密度が低下し、強度が下がっているものに限れば、の話だ。


 密度が高く健康な骨であれば、その強度は非常に高い。そこにアゼルの魔力が加わっているのだから、金属の棒をフルスイングされた程度で折れることはないのだ。


「反撃です! 戦技、タイフーンブロウ!」


「チィッ、避けろ僧兵ども!」


 スケルトンモンクは両腕を広げ、僧兵たちを弾き飛ばす。敵が体勢を立て直すよりも早く、嵐のような乱打を叩き込みまたしても魔石を抜き取り無力化してみせた。


「おお、これはすごい! 私も立場上、ネクロマンサーと接する機会はそこそこありますが……ここまで華麗にスケルトンを操る者は見たことがない!」


「ったりめーだろ、ゼヴァーのおっさん。なんたって、アゼルなんだからよ」


 僧兵たちを圧倒するアゼルの骨捌きを見て、ゼヴァーは歓声をあげる。そんななか、アゼルは幼少の頃に父、イゴールから教わったことを思い出していた。


『いいか、アゼル。我々操骨派にとって骨は友であり、己の半身でもある。骨を愛することを忘れてはいけないよ。意思はなくとも、スケルトンは必ず愛に報いてくれるんだから』


(……あの頃はよく理解出来なかったけど、今なら分かる。ぼくがスケルトンを信じれば、必ずそれに応えてくれる。さっきも、攻撃を耐えきれると信じたから、いなすことが出来た。だから……)


「おのれぇぇぇ!! 忌々しい骨めが! ならば、数の暴力で攻め立てるのみ! 出でよ、僧兵どもぉぉぉぉぉ!!」


 苛立ちを隠そうともせず、リグロウはさらに十体以上の僧兵を呼び出した。今度は武器もバラバラであり、メイスのみならず槍や大鎌、弓矢で武装している。


「いけ! あのスケルトンを破壊しろ!」


「そうはさせません! 戦技、モルフォ・ステップ!」


 質よりも量だと言わんばかりに、総攻撃が行われる。それに対し、アゼルは一歩も退くことなく真っ向からアンデッドの軍団を迎え撃つ。


 ひらりひらりと不規則に舞う蝶のような体捌きをしながら、スケルトンモンクは紙一重で攻撃を避ける。狙いは、敵の同士討ちフレンドリーファイアだ。


『アゼル、操骨派のネクロマンサーは量を重視出来ない。死体に魔石を埋め込むだけでいい屍肉派や、そもそもことわりの外にいる霊体派とは違って、スケルトンを創り操るのに膨大な魔力を使うからな』


『そうなの? じゃあ、ぼくたちはほかのねくろまんさーにはかてないの?』


『いいや、そんなことはないさ。量で勝てないなら、質で勝てばいい。たった一体で千の敵を葬れるように、スケルトンを鍛え上げる。もちろん、それは簡単なことじゃない。でもね……』


『でも?』


『アゼル、お前なら無双の魔術師になれると思っている。なんてったって、お前は父さんと母さんの子なんだから!』


 かつての父とのやり取りが、ふとアゼルの脳裏をよぎる。次々と僧兵たちを返り討ちにしていくスケルトンモンクを見ながら、アゼルは微笑む。


(お父さん。ぼくは……いや、ぼくとスケルトンたちは……強くなりましたよ!)


「バカな、バカな……。あり得ない、こんなことが……。我が僧兵たちが、『シシスの薬箱』が……全滅、だと……」


 ものの数分もしないうちに、大勢は決した。同士討ちを利用して、アゼルはたった一体のスケルトンだけで十倍以上の戦力を覆してみせたのだ。


 もう呼び出せる僧兵は残っていないらしく、リグロウは呆然とその場に立ち尽くすことしか出来ないようだった。不死身の特務部隊の、敗北の瞬間である。


「もうおしまいのようですね。降伏すれば、危害は加えませんがどうします? もちろん、教会の情報を話してはもらいますが」


「降伏? するものか。屍肉派のプライドにかけて、そんなことは絶対にせん! 操骨派などに屈するならば、最後まで足掻いてくれるわ! 屍操術……デッドリー・ディーブス!」


「なんだ? あやつ、何を……」


 法王に忠誠を誓う身として、何より屍肉派のネクロマンサーとして……リグロウに降伏という選択肢はない。追い詰められた彼は、最後の切り札を発動する。


「この魔術……まさか!?」


「そうだ。この魔術は、ネクロマンサー自身をアンデッドへと変える禁断の魔法。だが……身体能力は劇的に上昇する! これで最後だ! 断罪の一撃で、貴様を地獄に送ってやるわ!」


「望むところです! スケルトンモンク、全力で迎え撃ちなさい! 戦技……ギガドリル・ナックル!」


 禁断の魔法を用いたことで、リグロウの身体は黒ずみ大きく膨れ上がっていく。アンデッドへと墜ちてなお、アゼルを葬ろうと執念を燃やしているのだ。


 スケルトンモンクとリグロウ、両者の腕が交差し互いの身体を拳が撃ち抜く。その末に勝ったのは……アゼルが操る、スケルトンモンクの方だった。


「胸を、抉り……心臓を、破壊した、か。口惜しい、ものだ。操骨派のネクロマンサーなどに、敗れるなど……」


「……」


「何故だ? 何故私が負ける? 誇りを捨て、源流たる死者を操る道から目を背けた軟弱者などに……。法王猊下……役目を果たせず散ること、お許し……くだ、さ……」


 無念を抱え、法王への許しを乞いながらリグロウは息絶えた。禁術を用いた代償か、死体はみるみるしぼんでいき、ミイラのように干からびてしまう。


「……確かに、ぼくたちは原初のネクロマンサーの理念から遠ざかっていきました。でもそれは、ネクロマンサーの未来を考えてのこと。人々に受け入れてもらえない者たちに、未来はないから……」


 リグロウの死体を前に、アゼルはどこか寂しそうにそう呟く。だが、感傷に浸っている暇はない。まだまだ、教会には多くの戦力がある。


 一刻も早く帝国を脱出し、アストレアと合流しなければならないのだ。


「見事な戦いだった、アゼル。そなたの強さ……いつ見ても、惚れ惚れするものよ」


「もったいないお言葉です、陛下。あ……そうだ、今のうち騎士さんたちを生き返らせておかないと。ターン・ライフ!」


 エルフリーデの称賛にそう答えつつ、アゼルは自分や皇帝を守るために戦い、命を落とした近衛騎士たちを生き返らせていく。


 やるべきことが終わったあと、アゼルの元にゼヴァーが近付き大きめの転移石テレポストーンを手渡す。


「これを使えば、エルプトラ北端の町メディネイへと移動出来ます。お気をつけて……あなたに、創命神アルトメリクの加護があることを祈っていますよ」


「ありがとうございます、ゼヴァーさん。シャスティお姉ちゃん、アンジェリカさん、行きましょう」


「ああ!」


「合点承知ですわ!」


 リグロウを退けたアゼルたちの、砂漠を往く旅が始まる。

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