66話―シシスの薬箱

「エルプトラ……ですか?」


「はい。かの国は、ワケあって創命教会の信者がほとんどおりません。それでいて、よそ者にも寛容な国柄。アストレア様が身を隠すのにはちょうどよいのです」


 首を傾げるアゼルに対し、ゼヴァーがそう答える。彼の言葉を聞いたシャスティは、納得したように首を縦に振った。


「なるほど、確かにエルプトラは亡命先にゃピッタリだな。教会の本拠地、神聖アルトメリク教国とは相互不可侵条約を結んでるから、法王も迂闊に手ぇ出せねえし」


「左様。エルプトラ首長国の元首、バルメッド・アルバザリムは余とも親しい仲だ。この書状といくつかの土産を持って顔を出せば、快くアゼル殿も匿ってくれるだろう」


 皇帝エルフリーデはそう言うと、胸の谷間に手を突っ込み一枚の封筒を取り出す。それを差し出し、アゼルに受け取らせる。思わぬところから出てきた手紙に、アゼルは顔を赤くしてしまう。


「あ、ありがとうございます」


「気にするな。それより、書状の温もりはどうだ? ん?」


「陛下、お戯れはほどほどになさいませ。一刻を争う事態なのです、急いでアゼル殿を逃がさねば……」


「その必要は、もうないなぁ」


 アシュロンがエルフリーデを諌めた次の瞬間。謁見の間の外から騎士たちの絶叫が響き、続いて扉が蹴破られる。アゼルたちが身構えるなか、四人の男が入ってきた。


「不敬な。ここを我が居城と知っての狼藉か?」


「ええ、承知していますとも。ですが生憎、我ら第八創命特務部隊……『シシスの薬箱』にとって、敬意を表するのは法王猊下のみ。それ以外は、ただのゴミに過ぎませぬ」


 鎖帷子の上から紫色のサーコートを纏い、大きなメイスを持った男が一歩進み出ながらそう口にする。慇懃無礼な態度を隠そうともせず、ニヤニヤと意地の悪い笑みをたたえながら。


「シシスの薬箱か。噂には聞いたことがある。教会の敵対者を拉致し、凄惨な拷問を行う者らがいると。眉唾モノの話だと思っていたが、実在するとは」


「ああ、その通り。我らは猊下の忠実なしもべとして、教会に従わぬ異教徒や反逆者を始末するのが仕事だ。今日もまた、一つ仕事がある」


 男はそう言うと、アゼルの方を見ながらゆっくりとメイスに指を這わせる。数多の人々の頭をカチ割り、血を吸ってきたのだろうメイスはドス黒い色に染まっていた。


 アシュロンやシャスティ、アンジェリカはアゼルを守るように立ちはだかり、侵入者たちを睨み付ける。たった四人なれど、相当な手練れであることがすぐに見てとれた。


「さあ、王の末裔よ。我々と共にアルトメリク教国に来てもらおうか。貴様を宗教裁判にかけねばならぬ。もっとも、磔刑か火炙りかを選ぶ権利しかないがな!」


「お断りです。ぼくは何の罪も犯していない。それなのに、あなたたちの都合だけで処刑されるなんてまっぴらごめんです」


「貴様の意見など聞いてはいない! お前たち、やれ!」


「騎士たちよ、奴らを取り押さえろ!」


 隊長の指示の元、特務部隊のメンバー三人がアゼルを捕らえるため攻撃を仕掛ける。対して、アシュロンの叫びに従い、謁見の間にいた近衛騎士たちが迎撃を行う。


「この先には一歩も進ません!」


「……」


「その首、もらっ……なにっ!? ぐあっ!」


 騎士たちは三人一組になり、特務部隊の僧兵を取り囲む。そのまま攻撃を仕掛け、あっさりと首を切り落とすことに成功したのだが……。


 なんと、首を切り落とされた僧兵は何事もなかったかのように動き続けているのだ。仰天する騎士の顔面に、メイスをおもいっきり叩き付け粉砕してしまった。


「ハハハハハ! バカめ、この私リグロウが率いるシシスの薬箱は不滅! 例え首を落とされようが心臓を貫かれようが、倒れることなどないのだ!」


「くっ、諦めるな! 攻撃を続けろ!」


 部下たちにそう指示を下し、アシュロンは自ら突撃してきたリグロウを迎え撃つ。アゼルやエルフリーデたちは謁見の間の奥に下がり、巻き添えを食わないようにする。


(あの僧兵たち……とても嫌な匂いがします。あのリグロウという男……もしかして)


「ぐっ、ぎゃああ!」


「くそっ、手足を切り落としてるのにまだ向かって……ぐあっ!」


 僧兵たちを見て、アゼルは思考を巡らせた結果、一つの可能性に思い至る。が、その間にも騎士たちは不死身の僧兵たちによって返り討ちにされていく。


 首や手足を切り落としても、何事もなかったかのように切断面をくっつけて活動を再開してしまうのだ。これでは、いくら攻撃してもキリがない。


「アークティカの騎士たちは勇猛な強者揃いと聞いていたが、とんど肩透かしだったようだな! そろそろ、貴様も部下どもの元に送ってやろう!」


「舐めるなよ、この命に代えてでも貴様は倒す!」


「アシュロンさん、その人から離れてください! 操骨魔術……ネクロスロウリィ!」


「このガキ、何を……ぐ、身体が!」


 何かに気付いたアゼルは、自身の仮説が正しいか確かめるべくリグロウたちに向かって魔法を放つ。すると、リグロウと僧兵たちの動きが鈍る。


「アゼルさま、今何を……」


「やっぱり、そうでしたか。リグロウさん、あなた……屍肉派のネクロマンサーですね? 今の魔法は、対屍肉派用の妨害魔術。これが効いたということが、何よりの証です」


「フン、気付かれたか。ああ、そうだとも。この僧兵どもは皆、私の屍操術で操っている死体だ。綺麗だろう? 生前の姿を、そのまま留めているのだからな」


「気持ちの悪い奴だ。死者を辱しめるなど……恥知らずめ!」


 動きが鈍ってもなお、アシュロンを楽々退ける力を有しているらしく、リグロウは戦いながら得意気にそう口にする。それに対し、エルフリーデは嫌悪感をあらわにする。


「貴様らのような屍狂いの愚か者を雇い入れるとは、創命教会はかなり腐っているようだな。腐っているモノ同士、仲がよろしいことだ」


「黙れ! 部外者の分際で舐めた口を聞くな! 我ら屍肉派こそが真のネクロマンサーなのだ! 死体など我らに使役されるための道具に過ぎん!」


「……そんなだから忌み嫌われるというのが、何故分からないのですか。確かに、遥か昔、まだネクロマンサーの派閥が生まれる前はそうでした。でも……今は違う」


 エルフリーデに反論するリグロウに、アゼルは静かにそう答える。一体のスケルトンを創り出し、ゆっくりと前進していく。


「あぶねぇぞ! 戻れアゼル!」


「大丈夫ですよ、シャスティお姉ちゃん。同じネクロマンサーとして、ぼくが相手をします」


「同じネクロマンサー、だと? 違うな。貴様ら操骨派は大衆に迎合し、ネクロマンサーの誇りを捨てた軟弱者だ。我々崇高なる屍肉派と同じではない!」


「ぐうっ!」


 アゼルの言葉に激昂し、リグロウはアシュロンにメイスを叩き込み壁の方に吹き飛ばす。僧兵たちを総動員し、アゼル目掛けてけしかける。


「やれ、我が屍どもよ! 神に歯向かい、我らを侮辱する不届きなガキに神罰を与えるのだ!」


「それは無理ですよ。あなたは……本気を出した操骨派の力を知らない。ぼくに勝つことは出来ません」


「何を……!?」


 次の瞬間、スケルトンがゆらりと動き出す。そして、目にも止まらぬ速さで僧兵たちに襲いかかり、何かを抉り取る。すると、何をされても平然としていた屍が崩れ落ちた。


「バカな! 貴様、一体何をした!?」


「たいしたことはしていませんよ。屍を動かすための魔石を、抉り取っただけですから。これでもう、この僧兵たちは動きませんよ。二度と、ね」


「有り得ぬ! そんなこと、熟練の屍肉派ですらそうそう出来ることではない! それを、派閥の違う貴様ごときが……」


 動揺するリグロウに、アゼルはスケルトンの右手を見せる。スケルトンの指の間には、小指の爪ほどの大きさの石が挟まれていた。


 僅かな時間の中で、アゼルは魔石が埋まっている場所を探り当て、的確にくりぬいたのだ。それを見たリグロウは、唖然としてしまう。


「ぼくはアゼル・カルカロフ。偉大なるネクロマンサー、イゴールとメリッサの子。この程度のこと、目をつぶっていたって出来ますよ。それだけの修練を、ずっとしてきましたから」


「バカな、バカな、バカな! こんな……こんなことが、あっていいはずが……」


「ぼくたちはここに留まっている時間はありません。ぼくを待っている人がいますから。なので……あなたには、ここで消えてもらいます。覚悟してください」


 そう口にするアゼルの右の瞳には、冷徹な光が宿っていた。そして、シャスティたちは目に焼き付けることとなる。


 アゼルが持つ、ネクロマンサーとしての恐るべき力を。

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