59話―悪食の竜ガズィーゴ

 戦いが始まってから、一時間近くが経過した。塔の外、湖上に浮かぶ魔法陣での戦いは、シャスティたちの勝利で終わる。


「はー、やっと終わったぜ。翔ぶわ跳ねるわ爪がヤバいわ……面倒な相手だった」


「危なかったですわね、ソルディオさんがいなかったら手が足りずに負けるところでしたわ」


「ぐっ……まさか、この我が敗れるとは……」


 ボルドールとの戦いを制したシャスティたちは、魔法陣の上に座り込み体力を回復させていた。体力が戻った後、すぐにアゼルたちの救援に向かうつもりでいた、が……。


「!? なんだ、今の気配……塔の中から発せられたぞ……」


 突如として、塔の中から禍々しい気配が漂ってくる。それと同時に、黒いもやのようなものが現れて結界を形成し、外界とミルバレッジを遮断してしまった。


「くそっ、硬いなこの結界! アタシらの攻撃じゃビクともしねえぞ!」


「まずいな、中で良くないことが起きているのは確実……急いで中に入らねば、アゼル殿が敗れてしまうやもしれぬ!」


「アゼルさま……わたくしたちが着くまで、どうかご無事でいてくださいませ!」


 結界を破壊すべく攻撃を繰り返しながら、シャスティたちはアゼルの無事を祈る。しかし……塔の中では、彼女らの想像を越える戦いが行われていた。



◇―――――――――――――――――――――◇



「さあ、どこまで逃げられますかね? せいぜい、足掻いてくださいね。私とガズィーゴ様が満足するまで!」


「そうはいきません! スケルトンガーディアン、ディフェンスフォーメーション!」


 セルトチュラはアゼルとファティマから受けた傷を癒し、彼らが足場にしている魔法陣に向かって、連続で消化液の砲弾を叩き込む。


 魔法陣を破壊して動ける範囲を減らし、最終的に身動きが取れなくなったところを狙い打ちにするつもりなのだ。アゼルは大盾を持った骨の守護者を八体呼び出し、壁にする。


「ムダ、だ。その骨、特性理解した。我、の吐く消化液、その骨を溶かす」


「!? あの竜、しゃべ……!? ああっ、スケルトンガーディアンたちが!」


 しかし、そんなアゼルに向かってガズィーゴが不穏な言葉を投げ掛ける。その言葉通り、消化液の直撃を受けたスケルトンガーディアンたちは、鎧や盾ごと溶けてしまう。


「お前の魔力、覚えた。故に、骨、溶かせる。もう何をしてもムダだ」


「まずいですね。ならば、ここはわたくしが。アゼルさんはお下がりください! ウォッシングプログラム、サンフレア!」


「……グくくク。お前の能力、覚えたぞ。その熱線、我、効かぬ。セルトチュラ、スケイル・シールド貼れ」


「承知致しました、ガズィーゴ様」


 ガズィーゴの指示を受け、セルトチュラは身体の前で両腕をクロスさせる。そして、腕を変化させて真っ黒な鱗の塊を作り出し熱線を受け止めた。


 直前にガズィーゴが言った通り、熱線は鱗の表面を多少焦がしただけでダメージを与えることが出来なくなってしまっていた。


「くっ……なんという学習能力。流石大魔公の子孫、ただのカトンボではありませんね」


「ファティマさん、どうしましょう? このまま学習され続けたら、打つ手がなくなってしまいます」


 まだまだアゼルたちには攻撃手段がある。しかし、その一つ一つはセルトチュラとガズィーゴを一撃で葬れるような威力を有してはない。


 仕留め損なえば攻撃の特徴を学習され、無力化されてしまう。そのサイクルが何度も続けば、もうアゼルたちは何も出来ずなぶり殺しにされてしまうだろう。


「……一つだけ、奴を一撃で屠れる可能性のある技があります。しかし、その技を発動するには長いチャージ時間が必要です。アゼルさん、時間稼ぎをお願い出来ますか?」


「分かりました。ぼくの打てる手全てを……あっ、あれは!」


 消化液の砲弾を避けつつ、アゼルたちは打開策を話し合う。話が纏まり始めたその時、ドカドカと無数の足音が彼らの元に近寄ってくる。


「イスタリア王国軍推参! ここからは我々も共に戦うぞ!」


「あらあら、雑魚の群れが来ましたね。これは食いでがありますよ、ガズィーゴ様」


「歯ごたえがありそうだ……」


 博物館に立て籠り、窓から戦いを見ていた職員の要請を受け、ミルバレッジ上層部にいるイスタリア王国軍がアゼルたちの加勢にやって来たのだ。


「やった……! ファティマさん、援軍が来ましたよ!」


「ええ、これで時間が稼げるでしょう。では、魔法陣を拡張しましょうか!」


 ファティマは王国軍の兵士たちが床に空いた口に呑み込まれてしまわないよう、追加で魔法陣を作り出し足場を増やす。そこに乗り込み、兵士たちはセルトチュラに襲い掛かる。


「ガルファランの牙の手先よ、ここで成敗してやる! 総員、魔法を放て!」


「グくくク。愚かな。たかが大地の民ごときの魔法で、我が傷付くわけあるまいに。全員死ぬがいい! グリーターブレス!」


「まずい! 間に合え……サモン・スカルタイタン!」


 大きく息を吸い込み、瘴気のブレスを放とうとするガズィーゴを見たアゼルは、骨の巨人を創り出して走らせ、割り込ませて攻撃を肩代わりさせる。


 ギリギリで間に合い、身代わりになったスカルタイタンはそのまま朽ち果ててしまった。難を逃れた兵士たちは、そのまま攻撃を行う。


「少年、感謝する! お前たち、やれ! ファイアーボール!」


「ムダだというのに。あなたたちもガズィーゴ様の食事にして差し上げましょう!」


「来るぞ! 迎撃せよ!」


 そう叫ぶと、セルトチュラは兵士たちに向かって走り出し、両手を鋭い爪へ変化させて攻撃を繰り出す。手に手に武器を取り、兵士たちは相手を迎え撃つ。


「ぼくも加勢してきます! ファティマさん、チャージが終わったら教えてください!」


「かしこまりました。ですが、無茶はなさらないでください。命を落としては、元も子もありませんから」


 ファティマの言葉に頷き、アゼルは兵士たちの元へ向かう。魔法陣の上に飛び乗り大立ち回りを演じるセルトチュラを、兵士たちが取り囲むが……。


「覚悟ー!」


「ムダですよ。邪戦技、スパイラルテイル!」


「ぐあっ!」


「こ、このしっぽ、口が……うぎゃあっ!」


 セルトチュラは無数の口を備えた尾を腰から生やし、兵士たちに叩き付ける。尻の表面にある口に食いちぎられ、兵士たちに大きな被害が出てしまう。


「まずい。人間にエルフ、オーガ……どれもまずくて食えたものではない。やはり、あのスケルトン……あのスケルトンこそが、我の馳走だ」


「そんなに食べたいなら、好きなだけ食べさせてあげますよ! サモン・スカルタイタン!」


 多くの獲物を喰らい、ガズィーゴの知能がぐんぐんと上昇していく。もはや最初の頃の面影はなく、流暢に言葉を話すことが出来るように進化していた。


 これ以上進化が進めば、手が付けられないことになる。そう考え、アゼルは守護霊の指輪に込められた魔力を引き出しつつ、再度骨の巨人を創り出す。


「あらあら、ムダだというのが分かっていないようですね? あなたの魔力はもう、ガズィーゴ様のおやつでしかないんですよ。懲りませんね、まった……なにっ!?」


「ええ、そうでしょうね。だから、このスカルタイタンは……の魔力で作ってあるんですよ!」


 アゼルを嘲笑いながら、セルトチュラはスカルタイタンに向かって消化液を吐き出す。が、表面が溶けただけで、一撃で溶解させることは出来なかった。


 アゼルの行った対策は単純だ。自分の魔力が餌でしかないのなら、他人の魔力を使ってスケルトンを作ればいい。幸い、守護霊の指輪にはリリンやシャスティ、ムルたちの魔力が込められている。


 それらを混ぜ合わせることで、スケルトンの魔力を学習されてしまうことを防いだのだ。


「そんな、バカな!」


「いくら学習能力が高くても、今回はそう簡単には魔力を覚えられませんよ! スカルタイタン、セルトチュラを捕まえて!」


 驚きのあまり、セルトチュラは一瞬動きを止めてしまう。その隙を突き、スカルタイタンは素早く手を伸ばし相手を捕まえた。


「このっ、離しなさい! たかが骨の分際で、私に触れるんじゃありません!」


「皆さん、今のうちに回復を!」


「済まない、感謝する! お前たち、今のうちに死傷者を運び出せ! まだ戦える者は攻撃を続行せよ!」


「ハッ!」


 イスタリア王国軍の兵士たちは、スカルタイタンごとセルトチュラに攻撃を加える。アゼルは魔力を流し込み、都度骨の巨人を再生させてセルトチュラが逃げるのを防ぐ。


「いいぞ、もう少しで奴を倒せ……」


「もうよい、セルトチュラ。こうなった以上、お前ではもうどうにもならん。ここからは我がやる。今までご苦労だったな」


「ガズィーゴ様、何を……!? うっ、ぐ、あああああ!! 身体が、いた……あああああ!!」


「あいつ、まさか!? スカルタイタン、トドメを!」


 このまま一気にセルトチュラを撃破しようとした、その時。見切りをつけたガズィーゴが、セルトチュラを喰らい、取り込み始めた。


 それを見たアゼルは、慌ててスカルタイタンを操りガズィーゴを握り潰そうとする。が……。


「遅い。我の進化は……成ったのだ!」


「うわあああ!!」


「ぐあああっ!」


 セルトチュラを喰らい尽くし、胸まで大きく口が裂けた異形の黒竜となったガズィーゴは、身体から漆黒の波動を放ちアゼルたちを吹き飛ばす。


 そして、裂けた口から槍のように尖った舌を伸ばし、目障りな存在であるアゼルを食らわんと放つ。


「我が糧となりて死ぬがよい! 忌まわしき王の末裔よ!」


「少年、逃げろ!」


「ダメだ、逃げ切れ……」


 吹き飛ばされた衝撃で身動きの出来ないアゼルに、舌が襲い掛かる。兵士たちやスカルタイタンの救助も間に合わず、万事休すと思われたその時。


「そうは……させません。わたくしのことを、忘れてもらっては困ります」


「ファティマさん!? どうして!」


 舌がアゼルを貫こうとした瞬間、間にファティマが割り込み身代わりとなった。胴体を貫かれながらも、ファティマは魔力のチャージを続行する。


「どうして? そう聞かれたら、答え合わせは一つしかありませんね。貴方を死なせたくない。それだけのこと」


「お前から死にたいか。まあよい、なら貴様から……」


「死ぬ? いいえ、わたくしは死にませんよ。アゼルさん、わたくしの身体にありったけの魔力を! この状況なら、相手は逃げられません!」


「分かりました! それえっ!」


 己の身も省みず、舌が抜けないようにしがみつくファティマ。彼女を見たアゼルは、その覚悟をムダにすまいと残る魔力の全てを注ぎ込む。


「これで、チャージは完了ですね……。アゼルさん、感謝します。あなたのおかげで、全ての準備が整いましたから」


「ムダな足掻きを! 舌ごとき、引きちぎれば脱出は容易いわ!」


「させません! スカルタイタン、最後の力を振り絞れー!」


 攻撃から逃れようとするガズィーゴを、アゼルは絶対に逃がすまいと執念を燃やす。魔力の供給が途絶え、塵になりゆく骨の巨人を使い、全力でガズィーゴを羽交い締めにする。


「我々も手を貸すぞ! お前たち、拘束魔法を使え! 例え死んでも奴を逃がすな!」


「おおーっ!!」


「ぬううっ、離せ、離さぬか!」


 その場にいる全員が、ガズィーゴを仕留めるために全身全霊の力を振るう。骨の巨人と魔法の鎖によって封じられた悪食の竜に、トドメの一撃が放たれる。


「これで、終わりです。デモンプログラム……ギガノマジカキャノン!」


「ぐぬううううおおおおああああぁ!!」


 ファティマの口が大きく開かれ、青色の光を放つ極太のレーザーが発射される。全てを込めた一撃が、今……悪を貫く。

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