45話―理事長の帰還

「では、参る! 我が剣技受けてみよ!」


「なら、こっちは……サモン・ボーンソードマン!」


 腰から下げたロングソードを鞘から引き抜き、ソルディオは、勢いよく走り出す。それに対し、アゼルはシミターを装備した骨の剣士を創り出し迎撃する。


 ロングソードとシミターがぶつかり合い、甲高い金属音と共に火花が飛び散る。ファーストコンタクトは全くの互角であり、両者共に一歩も退かない。


「ほう、スケルトンでありながらなんという重い一撃! まるで相手しているかのような威力だ、実に素晴らしい!」


「お褒めの言葉、ありがとうございます。でも、あまり余裕の態度でいると、足元を掬われますよ? 戦技、アンダースウィッパー!」


「むっ、なんの! とうっ!」


 アゼルはボーンソードマンを操り、空いた左手で肋骨を引き抜き脚を狙って不意打ちを仕掛ける。ソルディオは即座に後ろへ跳び、攻撃から逃れた。


「なかなかいい攻撃であったぞ! では、お返しさせてもらおうか! 戦技、サンシャインストライク!」


「! ボーンソードマン、受けずに下がって!」


 素早くボーンソードマンに走り寄り、ソルディオは目にも止まらぬ速さで突きを繰り出す。一目見て威力の高さを察したアゼルは、回避を選択した。


 その判断は正しく、ボーンソードマンが立っていた場所に攻撃が直撃し、大きく床が抉れてしまう。それを見て、リリンは感心したように呟く。


「虚を突いた一撃をああもあっさりかわしただけでなく、体勢を整えずにあの威力の技を出せるとは。あのソルディオという男、ふざけた性格をしているが……なるほど、実力はあるようだ」


「すげーなー、床がえぐれたぞー」


「直すのが大変そうだなー」


 キキルとロロムも興味を示し、壇の上で寝転がって観戦モードに入る。その間にも、ソルディオの猛攻がボーンソードマンを追いたてていく。


「まだまだ終わらん! 戦技、ソルライトコンビネーション!」


「速い……! ボーンソードマン、ある程度の被弾は仕方ありません、全力で防御を!」


 斬る、突く、薙ぐ、打つ……おおよそ剣を使って行える攻撃のバリエーションの全てを駆使した連撃。それらが息つく間もなく、襲い掛かってくる。


 アゼルは完全に回避することは不可能だと判断し、多少骨が損傷するのを覚悟の上で防御を行う。重い攻撃が叩き込まれ、ボーンソードマンの全身にヒビが広がる。


「あっ、やべえぞ! スケルトンが砕けちまいそうだ!」


「アゼルせんせーはこっからどうすんだろうなー。キキル、どっちが勝つか晩飯のおかず賭けようぜ!」


「んじゃ、おれアゼルせんせーが勝つ方に賭ける!」


「じゃおいらはあっちのバケツ頭!」


 激闘を眺めながら、キキルとロロムは呑気に賭け事を始めた。そんな二人を呆れた目で見つつ、リリンはアゼルがどう反撃に出るのか考える。


(さて、アゼルはどう出るか……新しくスケルトンを呼び出すか、形勢逆転の策があるのか……。アゼルのことだから、恐らくは後者だろうな)


 その考え通り、アゼルには秘策があった。回避を捨てて防御を固めたのも、逆転の策を実行するための前準備に過ぎない。


「いい具合にヒビが入りましたね……。これなら、前から試そうと思っていた技が出せそうです。後はタイミングを見計らって……」


「はっはっはっはっ! 隙アリだ! この勝負、もらったぁ!」


 アゼルがブツブツ呟いていると、ソルディオがボーンソードマンにトドメの一撃を放つ。アゼルは何故か攻撃を防がせず、脳天に向かって振り下ろされた剣を受けた。


 ボーンソードマンの全身が衝撃で砕け、これにて勝負あったと思われた。が……。


「なっ、なにいいぃ!?」


「おお!? なんだありゃ!?」


「すげー! スケルトンの中に……」


「もう一体、小さいのが入っているだと!?」


 ソルディオだけでなく、キキルやロロム、リリンも目を見開き仰天する。砕け散ったボーンソードマンの中から、なんともう一体のスケルトンが飛び出してきたのだ。


 となっていたモノよりも骨格が小さい上に細いが、通常のスケルトンよりも黒く頑健そうな見た目をしている。アゼルは最初から、二重のスケルトンを創り出していたのだ。


「やった、成功です! これぞぼくの新しい技……ボーン・マトリョーシカです! ミニボーンソードマン、トドメを!」


「はっ! し、しま……おぐふうっ!」


 まさかスケルトンの中に別のスケルトンが入っているなどとは夢にも思っていなかったソルディオは、大きな隙を晒してしまった。そこを突き、小さなスケルトンはトドメの一撃を放つ。


 素早くシミターを拾い上げ、相手のみぞおちに峰打ちを叩き込む。呻き声を漏らしながらソルディオは崩れ落ち、うつ伏せに倒れ込む。今度こそ、決着がついた。


「ぐうっ……さ、流石だ。まさかあのような奇策を用意していたとは……いや、実に見事だった。偉大なる王の末裔に相応しい、素晴らしき知恵と力だったぞ! はっはっはっはっ!」


「すいません、力を加減出来なくておもいっきり打っちゃいました……大丈夫ですか?」


「なぁに、このソルディオ、あの程度ではビクともせん。辺境のダンジョンで鍛え上げたからな、かすり傷にもならんわい! はっはっはっはっ!」


 申し訳なさそうに謝るアゼルに、ソルディオは陽気にそう答え起き上がる。軽やかに跳び跳ねる姿を見て、相手の頑丈さにアゼルは舌を巻く。


「だいぶ頑丈ですね、ソルディオさん……」


「まあな! 若輩の身ながら、これでもAランクの冒険者だからな。偉大なるギャリオン王のような太陽になるための鍛練の賜物だ!」


 誇らしげに胸を張り、ソルディオはムン、とマッスルポーズをしてみせる。その時、体育館の中にセルベル校長がやって来た。


「ブヒッ、まだここにおられましたか、アゼルさん。実はつい先ほど、他校の視察旅行に行っていた理事長先生が戻られまして。お話をしたいそうです」


「分かりました、すぐ行きますね」


「ああ、それとそこのバケツさん。何をやったかは知りませんが、ちゃんと床は元通りにしてくださいね。生徒たちが困りますので。キキル先生、ロロム先生、手伝ってあげなさい」


 力試しで破損した床の修復及びその監督のため、ソルディオとキキル、ロロムは体育館に残った。アゼルはリリンを連れ、セルベルに案内され理事長室へ向かう。


「ラーブス理事長、アゼル先生をお連れしました」


「うむ、入れ」


 五階建ての教員棟の最上階、理事長室に入るとそこには一人の壮年の男がいた。十字の傷が刻まれた強面の理事長を見て、アゼルは思わず身体がすくんでしまう。


「そう怖がることはない。別に取って食ったりはしないさ。まあ座ってくれたまえ、アゼル殿」


「は、はい……失礼します」


 恐る恐るソファーに座ると、早速ラーブス理事長が話を切り出してきた。先日起こった、学院へのガルファランの牙襲来についての話だ。


「さて、先日の出来事はセルベル校長から聞いている。まずは、礼を述べたい。君のおかげで、大きな被害が出ずに済んだ。本当にありがとう」


「いえ、そんな……。生き返らせることが出来たからよかったものの、生徒会の子たちを死なせてしまいましたし……」


「その話も聞いた。現生徒会長、デューラは我が娘なのだが……あのような愚かなことをするとは、ほとほと呆れている。全員、一月の停学処分としたよ」


 そこまで言うと、ラーブス理事長は茶をすする。しかし、彼の話したいは、生徒会の面々の処分についてではない。


 ヴェールハイム魔法学院の存在を根本から揺るがしかねない、とんでもない問題が発生してしまったのだ。


「……ここから本題に入る。実は、資料棟にて厳重に管理していたがなくなっていることが分かったのだ」


「あるもの?」


「我々がイスタリア王家より任を受け、資料棟の奥深くに封印していたものがある。二つの魂を結びつけ、融合させる力を持つ禁忌の魔道具……ソウルユニゾレイター。それが盗まれていたのだ」


 ソウルユニゾレイター。その名を聞いただけで、アゼルとリリンの背中を摘めたい汗が流れていく。心臓を鷲掴みにされたような、嫌な感覚が全身に広がる。


「そのソウルユニゾレイター……嫌な響きだ。魂を融合させるなど、正気の者がやる行いではない」


「遥か昔、とある霊体派のネクロマンサーが暗黒領域に住まう大魔公より啓示を授かり創り出したと、私はそう聞いている。牙の連中が、何故このような狂気の産物を欲しがるのやら……」


 リリンの言葉に、ラーブス理事長はそう答える。彼の話を聞いたアゼルの脳裏に、ビアトリクたち闇霊ダークレイスの顔が浮かぶ。


 ガルファランの牙と手を組み、何かよくない計画を成し遂げようとしている。アゼルには、そう思えて仕方なかった。


「ソウルユニゾレイターは厳重に封印されていた。アレを持ち出すことが出来るのは、教員の中でも極一部のみ。つまり……この学院の中に、裏切り者がいる」


 その言葉に、アゼルとリリンのみならず、セルベルも固まってしまう。そんな彼らに、ラーブス理事長は静かに告げた。


「君たちの手を借りたい。裏切り者を暴くために」


 ヴェールハイム魔法学院に、嵐が吹き荒れようとしていた。

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