44話―太陽になりたい男
「えっと、どちら様でしょうか? 今、授業をしている最中なのですが……」
「おお、それは失礼した! いや、校長先生殿から貴公が体育館の方に歩いていったのを見たと聞いてな! こうして会いに来たわけだ! はっはっはっはっ!」
授業の途中、突如として現れた変質者にアゼルはそう問いかける。ソルディオと名乗った男は、やたら高いテンションでそう答えた。
アゼルの問いに答えているようで、微妙に答えきれていないソルディオの前に立ち、リリンは右手に電撃を纏わせながら低い声で再び問う。
「で? 貴様はアゼルにナニをするために会いに来たのだ? 事と次第によっては、このまま消し炭になってもらうことになるのだが?」
「わー、待て待て待て! 俺がアゼル殿に会いに来た理由はだな、力試しをしたいからだ! 力試し!」
「なに? 何故そのようなことをするのだ」
流石に身の危険を感じたソルディオは、慌ててそう答えた。電撃を納め、リリンは純粋に疑問を投げ掛ける。わざわざそんなことをしに来る必要性が分からなかったのだ。
「フッ、よくぞ聞いてくれた。俺は偉大なるギャリオン王のような熱く! 大きく! 暖かな太陽になりたい! そのためには実力をつけねばならん!」
「なるほど、それでぼくと戦ってどれだけ強くなったか確かめたい、と」
「おお、飲み込みが早くて助かる! そういうことだ、はっはっはっはっ! とはいえ、今は無理だろう。ということで! 俺はここで授業を見学する!」
朗らかに笑った後ソルディオは、体育館の隅っこに移動して体育座りをする。バケツヘルムの覗き穴から、妙にキラキラした目でアゼルを見つめながら。
突然の出来事に、生徒たちは皆困惑してしまっていた。変質者もとい、ソルディオがいる前で授業に集中することは、流石に出来ないようだ。
「アゼル、どうする? 生徒たちもかなりやりにくそうにしているぞ」
「本当は体育館の外で待ってたほしいんですけど……なんだか、声をかけづらいですね……」
アゼルの手並みを見たいのか、ソルディオは一目見て分かるほどわくわくしながらジッと座っていた。とはいえ、無関係の第三者がいる状態では非常にやりにくい。
どうするべきか二人が悩んでいると、またしても体育館に近付いてくる複数の足音が聞こえてくる。ソルディオの侵入にきづいた警備員たちがやって来たのだ。
「いたぞ! 目撃情報通りのオレンジ鎧の不審者だ!」
「とっ捕まえてつまみ出せ! オラッ、抵抗するんじゃねえぞ!」
「な、何をする! 俺は正式な客……ああ待て、そんなに引っ張ったら腕がちぎれ……うぐおおおおお!!」
八人掛かりで取り囲まれ、ソルディオはどこかへ連行されていった。乱入者がいなくなり、ようやくアゼルは授業を再開することが出来た。
「えー、それじゃあ今からまた戦ってもらいますね。第二戦、いきますよ!」
「はーい!」
ソルディオに関する記憶を秒で脳内から追いやり、アゼルたちは再びスケルトンを用いて戦う。が、結局授業終了までにアゼルのスケルトンを倒せた生徒は誰もいなかった。
◇――――――――――――――――――◇
「……へぇ? マクスウェルモバールヴァルディも、ついでにビルギットもやられたと。なるほど、やってくれるね。アゼルとやらは」
「申し訳ありません、セルトチュラ様。ですが、学院内に封印されていた
「そうか、ならいい。勝つか負けるか五分五分だったからね、そっちだけでも達成出来たなら問題はないよ」
ヴェールハイム学院から遠く離れた山の中にあるガルファランの牙の拠点にて、敗走したラドゥーレが牙の三神官の一人セルトチュラに報告を行っていた。
敗北自体は想定の範囲内だったようで、セルトチュラは特にラドゥーレを咎めることはなかった。しかし……。
「じゃあ、君にご褒美をあげないとね。ガズィーゴ様のご飯になるという褒美を」
「なっ……!? そ、それは……」
「メシ、メシメシメシメシメシ……」
玉座に座るセルトチュラの後ろから、腹まで口が裂けた小さな異形の竜が現れる。毒々しい色の涎を垂らしながら、ゆっくりとラドゥーレに近付いていく。
「じ、冗談ではない! こんなところで死ぬわけにいかない!」
「おやおや、霊体派のネクロマンサーも命は惜しいようだね。まあ、ムダさ。ガズィーゴ様には何者も勝てないんだよ」
脱兎のごとく姿を消したラドゥーレを食らわんとするガズィーゴは、獲物を逃がすまいと走り出す。
「ふっ、あんな小さなドラゴンでは私に追い付くことなど……」
「メシ、メシメシメシメシメシ……」
「!? ば、バカな!? 複雑に張り巡らせた迷宮をこんな早く抜けて来るなど……」
追い付かれないよう時間を稼ぐため、いつもより複雑な迷宮を作ったが、無駄骨に終わった。ガズィーゴは迷宮の床も壁も天井も、全て『食い尽くして』真っ直ぐ追跡してきたのだ。
「メシ、クウ……マルノミ、スル」
「く、来るな! 来るなぁぁぁ……あ」
走る速度を上げようとしたラドゥーレに、ガズィーゴが飛びかかる。大きく口を開けて、一口で飲み込み……そのまま消化してしまった。
「ハラ、マンゾク。デモ、モットタベタイ」
そう呟いた後、ガズィーゴは少しずつ消えていく迷宮の壁を食べ始める。おぞましき竜の食欲に、底はないらしい。
「ふふ。どんどんお食べ、力をつけるためにね。後少しで、私の計画も完成する。その時こそ、イスタリアは我らの牙の中に落ちる……ふっふふふ、あはははははは!!」
子どものように足をバタバタさせながら、心底愉快そうにセルトチュラは笑う。次。刺客たちをいつ動かすか……そんなことを考えながら。
◇――――――――――――――――――◇
「……で、俺はいつまで縛られていればいいのだろうか。もうそろそろ降ろし……あばばばばばば!!」
「うるせーぞー、ふしんしゃー。次は股間を電撃ビリビリするぞー」
「そうだぞー。ボコボコにされなかっただけマシだと思えー」
「……えっと、この状況は一体……」
授業を終えたアゼルとリリンは、校内放送で旧授業棟の四階にある空き教室に呼ばれた。そこへ向かうと、キキルとロロム、ついでにロープで縛られて天井から吊るされたソルディオがいた。
「不審者への尋問! このビリビリ棒で全身をこう……ビシバシ! してた」
「どうせならケツにでも突っ込んでやればよかったものを。誰も止めるはしまいに」
「いやいやいや! それは勘弁願いたい! というか、そろそろ降ろしてほし……ふぶっ!」
「ほい、降ろしたぞ」
キキルとロロムに散々おもちゃにされたことのだろうソルディオを若干哀れに思いつつ、アゼルは声をかける。
「それで、ぼくとの力試しをしたいという件ですが……」
「おお、そうだったそうだった! 今からで悪いが、早速始めようじゃないか! これまで培ってきた力が偉大な王の末裔にも通用するのか、試したくてうずうずしていたのだ!」
「はあ……分かりました。では、ここだと狭いので体育館に行きましょうか」
散々な扱いにも全くめげることなく高いテンションを崩さず、ソルディオは決めポーズを取りながらそう答える。底抜けの明るさは大物の証か、ただのバカなのか。
どちらにせよ、アゼルたちの心労が増えることに違いはない。ため息をつきながら、アゼルはソルディオたちを連れて体育館へ引き返す。
「おお、そうだ。見たところ大怪我をしているようだが、それでは力試しの意味がない。これを飲むといい」
「なんです、これ?」
「これはな、大陸の果てにある秘境のみに咲く聖なる花のエキスから作った霊薬だ! 飲めばたちどころにどんな傷も治る! ささ、グイッと!」
体育館に着いた後、アゼルが怪我をしていることに今さらながら気付き、ソルディオは懐から小さなビンを取り出す。中に入っているクリーム色の液体を飲むよう、進言してくる。
「怪しいな。毒薬ではないのか、それは」
「そんなことはないぞ、俺が調合したから味は不味いだろうが効能は天下一だ。気になるなら、魔法で調べてみるといい」
「なら、そうさせてもらおう。調査魔法、ポイズチッター!」
薬を不審に思ったリリンはビンをひったくり、毒薬ではないかを魔法で調べる。しばらく検査した結果、特に問題は見付からなかった。
「ふむ、毒薬ではないようだ。だが……これを飲んでアゼルが腹でも壊してみろ、貴様の胃袋を引きちぎるぞ」
「だ、大丈夫だ。腹は壊さんだろう……たぶん」
「なんだか不安ですけど……とりあえず、飲みますね」
ビンをリリンから受け取り、アゼルは恐る恐るクリーム色の液体を飲む。ソルディオの言った通り、味は凄まじく不味かった。ドブ川にヘドロをブチ込んだような酷い味であった。
「ま、不味い……あれ? 肩の痛みが消えてる……本当に、傷が治っちゃった」
「おー、すげー。バケツ野郎、なかなかやるなー」
「やるなー」
あまりの不味さに涙目になるアゼルだったが、少しして本当に傷が完治していることに気付いた。キキルとロロムも驚き、目を丸くする。
「はっはっはっはっ! これでもう万全の状態! さあ、いざ尋常に勝負!」
「分かりました。薬のお礼に、こちらも全力で応えさせてもらいます!」
紆余曲折の末に、アゼルとソルディオの一騎討ちが始まった。
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