21話―霊獣からの贈り物
霊獣の森の奥深くに築かれたガルファランの牙のアジトは、ヴァシュゴルを撃破し勢い付くアゼルたちによって陥落した。牙の幹部撃破、そして拠点の制圧。
そのニュースは瞬く間に帝国全域を駆け巡り、他国にまで広がった。立役者たるアゼルの名声はさらに鳴り響き、今や名を知らぬ者はない有名人となった、が。
「あうう……もう今日は誰とも会いたくないです……」
「よしよし、疲れたなアゼル。私が膝枕してやろう。横になるがよい」
「いやー、今日もすっげぇ行列だったな。ありゃ体力使うわ、マジで」
霊獣の森での戦いが終わってから七日が経った。その間、アークティカ帝国のみならず、他国から大勢の貴族がアゼルと人脈を作ろうと押し掛けてきた。
最初は一人ひとり丁寧に対応していたアゼルだったが、元々他者と接するのが得意ではないことに加え、貴族たちの中に礼節をわきまえない者たちがいた結果。
アゼルが精神的にダウンしてしまい、貴族たちにしばらく接触禁止令が言い渡された。
「それにしても、一昨日は酷かったよなぁ。アゼルが子どもだって舐めてかかってよ、自分の従者にして無理矢理連れてこうとしたバカが出てさ」
「フン、思い出したくもない。ま、我ら二人で制裁を加えてやったらしっぽを巻いて逃げていったのは滑稽だったが」
ギルドの応接室での面会にはリリンとシャスティも同席しており、アゼルに狼藉を働いたり危害を加えようとした者には、例え大貴族であろうと容赦なく制裁を下した。
結果、『ジェリド王の末裔にはとんでもなく強くて怖い従者がいる』という話が急速に広まり、面会に来る貴族の数がかなり減ったのだ。
「……あ、そうだ。そろそろムルさんのところに行かなきゃ。すっかり忘れてた……」
「ああ、もう七日経っちまったしな。向こうも待ちくたびれてるだろ」
「ふむ。あまり長く待たせるのも失礼だろう。それに、私としてもアゼルを助けてくれた礼を言いに行きたいと思っていたところだ。アゼル、まだ日も高いし今から行くか?」
「はい。それじゃあ、テラスに行きましょう」
貴族たちとの面会に忙殺され、すっかりムルとの約束を忘れていたアゼルは、彼女に会いに行くことを決める。ギルド本部の九階にあるテラスに向かう。
「行きますよ。サモン・ボーンバード! さあ、乗ってください。リリンお姉ちゃん、シャスティさん」
「ほい待った。アゼルよぉ、アタシのこともお姉ちゃんって呼んでくれていいんだぜ? リリンみたいにさ」
テラスの外に呼び出したボーンバードに乗り込もうとした時、シャスティが頬を膨らませながらそう口にする。どうやら、他人行儀な呼ばれ方がお気に召さないらしい。
「えっと、じゃあ……シャスティ、お姉ちゃん……」
「フゥッ、これこれ。可愛いちびっこにお姉ちゃんって呼んでもらうの、すっげぇいい……うおっ!」
「デレデレしとらんで、さっさと乗らんか! この駄牛が!」
「うっせー! このヒョロヒョロがー!」
アゼルにお姉ちゃんと呼ばれ、嬉しさのあまりデレデレするシャスティにイラッときたリリンは、彼女をボーンバードの背中に蹴り落とす。
シャスティは負けじとテラスに舞い戻り、またしてもリリンと取っ組み合いの喧嘩が始まる……と思われたが、アゼルが無言で拳骨スケルトンを呼び出したため不戦で終わった。
「二人とも、喧嘩はメッ! ですよ」
「……まあ、アゼルがそう言うならそうしよう。なあ? シャスティ」
「ああ、そうだな。リリン」
二人はおとなしくボーンバードの背に乗り、最後にアゼルが飛び乗る。帝都の南西、霊獣の森へ向かって一行は空を飛ぶ。
「あっという間に着いたな。流石だぜ、アゼル」
「それほどでも……。さあ、まずはムルさんを探しに行きましょうか」
数十分後、アゼルたちは霊獣の森の入り口へ降り立った。アゼルを先頭に、三人は森の中へ入っていく。前回と違い、森の中は清らかな気配に満ちていた。
「ほう、いい場所だな。森林浴をするのによさそうだ」
「そうですね。ガルファランの牙を追い出したから、森の空気が元に戻ったんでしょうか」
「だろうな。ふふ、こんな森の広場でゆっくり本でも読みたいものだ」
霊獣の森の雰囲気を気に入ったようで、リリンは機嫌よく鼻歌を歌いながら歩いていく。しばらくして、アゼルたちの元に三つの気配が近寄ってくる。
風を切る音と共に、銀色の毛をなびかせながら霊獣ムルとその子ども、ムーとルーが現れた。
『よく来てくれたな、アゼルとその仲間たちよ。首を長くして待っていたぞ』
「こんにちは、ムルさん。ムーとルーも久しぶ……ひゃあっ!」
「くうん、きゅうん」
再開早々、アゼルはムーとルーにじゃれつかれる羽目になってしまった。全身を揉みくちゃにされ、ペロペロ舐められる。しばらくして、満足した二頭が離れた。
「うう、またべとべと……」
「大丈夫か? アゼルよ。ほれ、クリーンの魔法をかけて綺麗にしてやろう」
『済まないな。ムーとルーも悪気はないのだ、少し過激なスキンシップと思って許してやってくれ』
「ええ、大丈夫ですよ。二回目ともなると、馴れてきますし」
べとべとになったローブをリリンの魔法で綺麗にしてもらった後、しばしアゼルたちは雑談を行う。牙の拠点を滅ぼしてから、森が元に戻り、ムルは喜んでいるようだ。
『本当に、アゼルには感謝している。そなたのおかけで……見よ、森に聖なる空気が戻ってきた。そこで、だ。アゼルに礼の品を持ってきた。受け取ってほしい……ハッ!』
「あん? こりゃ……指輪か? しっかし、でっけえ金剛石が付いてんなぁ」
ムルが地面を前足で叩くと、拳ほどの大きさがある木の芽がにょっきり生えてきた。つぼみが開くと、中には
『これは守護霊の指輪と言われる魔法のアイテムでな、金剛石に魔力を込めることが出来るのだ。そして、魔力を込めた者の分身を、必要な時に呼び出す力を持っているのだよ』
「凄い……! でも、そんな強力な力がある指輪を、ぼくが貰ってもいいんでしょうか?」
『なに、遠慮することはない。この指輪は、我の母の友だった男の形見だが……使えもせぬ我が持つより、そなたに役立ててほしいのだ。その方が、母もきっと喜ぶだろう』
「とのことだ。アゼルよ、どうする?」
リリンに問われ、しばしの間迷った後でアゼルは指輪を手に取った。せっかくのムルの好意を無下にすることは、アゼルには出来なかったのだ。
「ありがとうございます、ムルさん。この指輪、大切に使いますね」
『すでにその指輪には我の魔力を込めてある。必要な時は遠慮なく我の分身を呼ぶがよい。必ずや、力になってみせよう』
「ほーん、じゃあアタシも魔力込めとこ。万が一の時の備えになるしな」
「たまにはいいことを言うな、シャスティ。では、私も……」
アゼルが右手の人差し指に指輪を嵌めると、ムルにならいリリンとシャスティも魔力を込める。守護霊の指輪に嵌め込まれた金剛石が白い光を放ち、二人の魔力を記憶した。
「これで大丈夫、かな? ムルさん、重ね重ね本当にありがとうございます」
『気にするな。またいつでも遊びに来るといい。森の幸を用意して待っているぞ』
そう言い残し、ムルは我が子を連れ森の奥へ姿を消した。アゼルたちは森を出て、帝都へ帰っていく。
「いい貰い物をしたなぁ、アゼル。守護霊の指輪なんて、ここ最近めったに手に入らないレア物だぜ。盗られないようにしとかないとな」
「そうですね、常に身に付けておくようにします」
そんな会話をしながら、三人はボーンバードの背に乗り優雅な空の旅を楽しむのだった。
◇――――――――――――――――――◇
「……なあ、聞いたか? 我らが宿敵、操骨派のガキがあのジェリド王の末裔だって話」
「はぁん? 知らねー。そんなことどうでもいいわー。……と言いたいとこだけど、そんな面白い奴、殺さねー理由がないわねー。霊体派のネクロマンサーとして、見過ごせなーい」
人気のない洞窟の中で、二人の男女が会話をしていた。二人の周囲には、バラバラに切り刻まれ、ぐちゃぐちゃにねじ切られた死体が散乱している。
そんな状況で、二人は平然と……楽しそうに会話を続ける。
「欲しいならお前にやってもいいぜ、ビアトリク。まあ、お前がしくじって死んだら俺が貰うけど」
「あらー、珍しい。ゾダンが獲物を譲ってくれるなんて。それじゃー、気が変わらないうちに……末裔クンをねじ切ってきましょ。うふふー、どんな声で啼いてくれるのか楽しみだわー」
不穏な言葉を残し、ビアトリクと呼ばれた女は姿を消した。残った相方の男は、喉を鳴らし笑う。
「さぁて、お手並み拝見といこうかねぇ。
アゼルの元に、新たな敵が姿を現そうとしていた。
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