11話―帝都リクトセイルへ

「おお……すげぇ、ワイバーンにられた奴らが皆生き返ってやがる……」


「初めて生で見たけど、こりゃすげえもんだ……。アゼルの奴、まるで神様みてえだぜ」


「ふう……これで、終わり……です」


 ワイバーンの群れを殲滅した後、アゼルは傷付き倒れ命を落とした冒険者たちを蘇生して回っていた。生き返らせてもらった冒険者たちは、口々にアゼルを讃える。


「すげえなぁ……。正直、今まではグリニオたちのおまけぐらいにしか思ってなかったけど……こりゃあもう、アゼルに足向けて寝られねえな」


「ホントよ。おかげで、お父さんたちを残して死ななくて済んだんだもの。どれだけ感謝してもし足りないわ。これはもう、銅像を立てて祀るべきじゃないかしら」


 彼らの目には、感謝や尊敬を通り越して崇拝の色があった。絶対に覆すことの出来ない『死』を、いとも容易く覆して見せたのだから無理もないことだが。


「よかった……みんな、ちゃんと生き返らせ……あっ……」


「アゼル、無理はするな。ほら、おぶってやろう。少し眠るといい」


「はい……。ありがとう、リリン……おねえちゃ……」


 十名以上の死者を蘇らせたアゼルは、魔力欠乏に陥り倒れそうになってしまう。リリンに背負われ、町に帰ろうとしたその時。


「みんなー! 大丈夫ー!?」


「む、ネネットたちか。問題ない、ワイバーンどもはみな片付けた。主にアゼルがな」


「あら……準備に時間かかっちゃったのがアダになったわね。間に合わなくてごめんなさいね……。とりあえず、ギルドに戻りましょうか」


 ネネットたちギルドの職員が応援に駆け付けるも、全て終わった後であった。一旦ギルドに帰還し、冒険者たちが一部始終の報告を行う。


「んで、ワイバーンどもが普通じゃあり得ねえ連携をしてきやがったんだ。ありゃ絶対、誰かが操ってやがるぜ」


「なるほど……それは厄介ですね。ギルドマスターに報告しておかないと……」


「でな、俺らが全滅しそうになったんだがよ、そこにアゼルが救援に来てくれたんだ」


「それはよか……ん? 『様』?」


「おうよ。文字通り命の恩人だぜ? 様付けしないとバチが当たるってもんだ。なぁみんな」


 代表して報告をしていた冒険者の言葉に、他の者たちが同意し首を縦に振る。そこへ、面白がったリリンが乗っかってきた。


「うむ、そうだ。見るがいい、このあどけない寝顔。こんな可愛いらしい子が、火に焼かれ爪で切り裂かれた無残な骸を生き返らせたのだ。これはもう崇め奉る以外あるまい?」


「そうですかね……いや、そうかもしれないですね……」


「そうよねぇ、こんな可愛い子が普通じゃあり得ないことしてるんだもの。ねぇ」


 すやすやと眠るアゼルの顔を見せられ、ネネットを含め受け付け嬢たちはあっさりと納得した。ちょろいものである。


 その時、二階からカリフが降りてきた。右手には、小さな緑色の石を持っている。


「皆さん、戻っていましたか。ワイバーン討伐、ご苦労様です。アゼルくんは……」


「眠っておるぞ。八面六臂の大活躍をしたからな、疲れが溜まってるのだ。何か用か?」


「ええ、実は……帝都にある冒険者ギルド本部に居られる総帥……グランドマスターにアゼルくんのことをお話したのですが……」


 そこまで言うと、カリフはチラッと冒険者やギルドの職員たちに目配せをする。席を外してほしい、というサインだ。ネネットが簡単にワイバーン討伐の一部始終を報告した後、冒険者や職員たちはギルドの外へ出た。


「……実はですね。グランドマスターがアゼルくんに大変興味を示しまして……すぐにでも帝都に来てほしい、とおっしゃられたのですよ」


「今からか? そんなすぐ近くに、帝都とやらがあるのか?」


「いえ、ペネッタからは馬車で五日ほど北へ行った場所にあるので……この転移石テレポストーンを使います。これなら、すぐに帝都リクトセイルに行けますよ」


 そう言いながら、カリフは右手に乗せた石を見せる。少し考え込んだあと、リリンはカリフに問いかけた。


「見ての通り、アゼルは十人以上一気に死者蘇生させて疲れている。それでも、今日行かねばならぬのか?」


「……ええ。無茶を言っているのは自覚していますし、本当に申し訳なく思っています。ですが……これはアゼルくんの身の安全にも関わることなのですよ、リリンさん」


「ほう? と言うと?」


「ベーゼルの件しかり、今回のワイバーン騒動しかり……ガルファランの牙は、アゼルくんを葬るために手段を過激化させていくでしょう。そうなれば、この町の有する戦力ではアゼルくんを守り抜くのは不可能になります。遅かれ早かれ、ね」


 悔しそうな声でそう告げ、カリフはさらに言葉を続ける。


「ですが、帝都のギルド本部には精鋭が揃っています。万が一の時は帝国騎士団を頼ることも可能です。ここにいるより、帝都に活動の場を移した方が、アゼルくんの安全を保証出来る……それが、私と総帥の出した答えです」


「……なるほど。そなたがアゼルのことをよく考えてくれているのは十分分かった。であれば、善は急げだ。アゼル、済まないが起きておくれ」


「むにゃ……ふぁ、ふぁい?」


 すやすや眠っていたアゼルはリリンに起こされ、カリフから説明を受ける。ある程度考えた後、アゼルはカリフの言葉を受け入れ感謝の言葉を述べた。


「ここまでぼくのことを考えてありがとうございます、カリフさん。この町を離れるのは寂しいですけど……それが最善の策なら、ぼくは受け入れます」


「申し訳ありません、疲れているところ長々とお話してしまって。では、時間もあまりありませんし早速帝都へ行きましょう。それっ!」


 カリフが右手に乗せた転移石テレポストーンを握り締めると、緑色の光が放たれ三人を包み込む。アゼルやリリンと共に石に、登録された場所へ転送されていった。



◇――――――――――――――――――◇



「着きましたよ。帝都リクトセイルにある、冒険者ギルド本部……の、十三階グランドマスターの執務室前です」


「わあ、転移石テレポストーンってとっても便利なんですねぇ。あっ、見てくださいリリンお姉ちゃん。高い建物がいっぱいありますよ!」


「うむ、壮観だな。流石、帝都というだけはあるな。……まあ、記憶がないからペネッタの町並みしか知らぬが」


 一瞬で目的地に到着し、リリンの背中から降りたアゼルは驚きをあらわにする。窓から見える帝都の町並みに興奮しつつ、カリフについて廊下を進む。


 真っ赤なカーペットが敷かれた廊下を進むと、大きな観音開きの扉が現れる。扉を開け、中に入ると一人の老人がアゼルたちを出迎えた。


「……ようこそ。すまないね、そちらの都合を無視して呼んでしまって。私はメルシル。冒険者ギルドの全てを司る総帥……グランドマスターだ。よろしく頼むよ、ええと……済まない、フルネームを教えてくれるかな」


「は、はい! ぼくはアゼル……アゼル・カルカロフと言います。これからよろしくお願いします、グランドマスターさん」


「うむ、よろしくたの……待て、今カルカロフと言ったか?」


 メルシルと名乗った老人は、にこやか笑みを浮かべ返事をしようとして……アゼルの姓を聞き目を丸くした。何かまずいことなのかと、アゼルは慌ててしまう。


「えっと、もしかして何か不都合が……」


「いや、そうではない。一つ聞くが、君の父親の名はイゴールかね?」


「は、はい。そうですけど……」


「おお、やはりか! 一目見てどことなく面影があると思っていたが……そうか、やつの息子だったのか!」


 アゼルの言葉に、メルシルは喜びをあらわにする。どうやら、アゼルの父……イゴールと面識があるようだ。そのことは知らなかったらしく、カリフが問いかける。


「グランドマスター、もしかしてアゼルくんのお父さんと知り合いなのですか?」


「知り合いもなにも、奴は私の弟子だったのだよ。ネクロマンサーとして大成し、子を二人もうけたと風の噂で聞いたが、ここ数年忙しくて手紙のやり取りも出来ぬでな……。アゼルくん、イゴールたちは元気かね?」


 予想もしていなかった回答に、アゼルやカリフ、リリンは驚いてしまう。まさか、アゼルの父親がメルシルの弟子だったとは思わなかったのだ。


 イゴールの安否を知らないらしく、メルシルが尋ねると……。


「……父と母は、ぼくが八歳の時に流行り病で亡くなりました。兄がいたらしいですが……ぼくが生まれる前に、家を出ていってそれきり……」


「なんと……人一倍頑丈だったあのイゴールが……。済まない、辛いことを聞いてしまった」


「……いえ、気にしないでください。もう、三年も前のことですから」


 弟子がすでに他界していたことを知り、メルシルはショックを受けてしまったようだ。アゼルに謝罪した後、カリフに声をかける。


「カリフよ、ここまでご苦労だった。先に帰っていてよいぞ。あまり長く留守には出来ぬだろう?」


「ええ。ペネッタに潜伏中の牙の連中を捕縛しなければならないので……。アゼルくん、あなたの活躍楽しみにしていますね。では、失礼します」


 そう言い残し、カリフは執務室から去っていった。


「さて、アゼルくん。もう少し話をしたいところだが……少し疲れているようだし、続きは明日にしよう。来客用の寝室を用意してある。そこで休むといい」


「ありがとう、ございます。グランドマスター……さん」


「アゼル、無理はするな。私が背負ってやろう。ほら」


「今案内の者を呼ぶ。少し待っていなさい」


 まだ疲れが抜けきっておらず、フラフラなアゼルの体調を考慮して本題は翌日に持ち越しとなった。メルシルは職員を呼び、寝室へ案内させる。


 アゼルとリリンが部屋を出たあと、メルシルは窓から夕焼けに染まりつつある空を眺めながら小さく呟く。


「イゴール……お前の遺した子は、必ず私が守ろう。弟子の死すら知らなかった愚かな私の出来る償いは……それくらいだからな」


 そう口にするメルシルの頬を、涙が一筋伝って落ちた。

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