10話―緊急任務! ペネッタを防衛せよ!

 その頃、町を囲む防壁の上にある通路に冒険者たちが集まり、ワイバーンの群れと戦っていた。自分たちに注意を引き付け、町の外へ向かわせようとする。


「バリスタを撃ち込め! ワイバーンどもを町の外に引きずり出すんだ!」


「炎のブレスに気を付けろ、食らったらタダじゃ済まねえぞ!」


 ある者は魔法を、ある者は通路に設置された外敵排除用の武器を使い、ワイバーンの群れを町から追い出そうとする。が、対する飛竜たちは狡猾に立ち回る。


 球状と放射状、二つの火炎ブレスを使い分けて冒険者たちを翻弄したり、急降下して攻撃するように見せ掛けて注意を引き、死角から別のワイバーンが奇襲したり……。


「ぐああっ!」


「エバンス! くそっ、どうなってやがる? たかがワイバーンがこんな高度な連携してくるなんて、絶対におかし……ぎゃあ!」


 ドラゴンという種において、ワイバーンは知能の面ではかなり下の部類に入る魔物だ。上位種の竜のような巧みな連携を以て襲ってくるせいで、冒険者たちは劣勢に追い込まれてしまう。


 二十人近くいた冒険者たちはすでに半分以上が戦死し、ワイバーンたちを引き付けることが困難になってきはじめたその時。町の中心の方から、けたたましい鳴き声が響く。


「そこまでです、ワイバーンたち! これ以上暴れるのは、ぼくたちが許しません!」


「フッ、空飛ぶ駄トカゲには仕置きをせねばならぬな。アゼル、後方の対処は私に任せろ。そなたは思う存分、この骨の鳥を使ってワイバーンどもを蹴散らせ!」


「はい!」


 アゼルは骨の怪鳥を操り、ワイバーンたちに体当たりを叩き込み町から追い出そうと試みる。対するワイバーンたちは素早く散会して攻撃を避け、四方八方から袋叩きにしようと突撃する。


「ギシャアアア!」


「当たりません、よっと! リリンお姉ちゃん、反撃します。ぼくにしっかり掴まっててください」


「よし、わか……んおおおお!?」


 リリンがアゼルにしがみつくと、怪鳥はブレード状に翼を尖らせ大きく広げる。その状態で身体を縦に回転させ、突撃してくるワイバーンたちを切り刻んでいく。


 これにはたまらず、ワイバーンたちは町の外へ一目散に逃走し出す。それを地上で見ていた冒険者たちは、チャンスとばかりに追撃を叩き込む。


「アゼルがやってくれたぞ! ワイバーンどもが落ち着きを取り戻す前に数を減らせ!」


「よっしゃあ!」


 アゼルの加勢により勢い付いた冒険者たちは、ワイバーンたちが町の中に戻らないよう猛攻を加える。アゼルは怪鳥を操り、ワイバーンたちの頭上から攻撃を繰り返す。


「グルアアアアァ!」


「よっ、と! それっ、爪攻撃です!」


「後ろに回り込んでもムダだぞ、駄トカゲども。サンダラル・アロー!」


 鋭く尖った怪鳥の爪がワイバーンの身体を切り裂き、リリンの放つ雷の矢が縦横無尽に飛んでいく。十五匹ほどいたワイバーンたちはみるみる数を減らし、残り三匹となった。


「あとちょっと……これで終わりです! それっ、ブレードロール!」


「キュアアアアアア!!」


 アゼルの指示に従い、骨の怪鳥はもう一度翼を広げ身体を縦に回転させる。生き残っていたワイバーンたちは攻撃に巻き込まれ、町の外の平地へ墜落していった。


「よし、これで片付いたな。アゼルよ、一旦地上に降りるとしよう」


「はい。他の冒険者さんたちの手当ても……あっ! まだ生きて……いけない!」


 ワイバーンを全滅させたかと思われたその時、一匹だけ生き延びていたらしく、顔をあげ最後の力を振り絞りブレスを放とうとする。


 アゼルは怪鳥を操って急降下し、ボディプレスを叩き込んで悪あがきを阻止しようとするが……。


『やあ、待っていたよ。こうして声をかけるのは初めてだね、王の末裔くん?』


「!? この声、どこから……わあっ!」


「うおっ!」


 突如、ワイバーンの額に牙を剥いた蛇の頭部を模した模様が浮かび上がる。そこから聞こえてきた、妙に神経を逆撫でする甲高い声に気を取られ、アゼルたちは体当たりで怪鳥から叩き落とされてしまう。


「ぐうっ……貴様、何者だ? ガルファランの牙とやらの手の者か!?」


『名前が知りたいかい? 教えないよーん。ま、ガルファランの牙の一員ってことは合ってるけどね。……あら? この鳥まだ動くの?』


「好き勝手は、させません……!」


 地面に落とされてなお、アゼルは怪鳥を操りワイバーンを押し潰す。ワイバーンを通して様子を見ていた声の主……ヴァシュゴルは称賛の声を送る。


『ほー! 君が例のネクロマンサーだね? まだこんなちびっこなのによくやるもんだ。なるほど、私の魔術で頭脳と肉体を強化したとはいえ、ワイバーン程度じゃ勝てないわけだ』


「やっぱり……。どうしてぼくだけを襲わないんです! あなたたちの狙いは、ぼくの持っている死者蘇生の力でしょう!? 無関係な冒険者さんたちに、あんな酷いことを……」


『そうだよ? でもね、それだけじゃあないんだな。我らを束ねる大教祖様がお望みなのさ。牙に与することなくこの大地に生きる者、全ての抹殺をね!』


 憤るアゼルに対し、ヴァシュゴルはケラケラ笑いながらそう答える。ガルファランの牙にとって、標的はアゼルだけではない。牙に歯向かう者全てが標的なのだ。


『そういうわけで……ん? おやおや、よく見たらエルダーリッチの依り代に使ってやった娘じゃーん。いえーい、元気してるぅー?』


「なに? まさか、貴様が私の死体を利用したのか!?」


『そだよ? 十日くらい前に君を不意打ちで殺したんだけど覚えてないかなぁー? 憶えてないよねー! 一回死んだんだもの、記憶なんてほとんどなくなってるさぁ! あはははは!』


 どこまでも相手を見下し小バカにするヴァシュゴルの態度に、ついにアゼルがブチ切れた。いつものような丁寧な口調は消え、怒りに満ちた声を出す。


「お前……いい加減にしろよ。どこまで他の人たちをコケにすれば気が済むんだ? お前だけは絶対に許さない。必ず正体を暴いて地獄に叩き落としてやる」


『お……おう、言うじゃないの。いいさ、やってごらんよ。こっちも水面下で計画を進めてるんだ。まずはお前たちのいる国……アークティカから滅ぼしてやる。覚悟しておくんだね!』


 アゼルの剣幕に気圧されながらも、ヴァシュゴルは宣戦布告をする。次の瞬間、骨の怪鳥がワイバーンの頭部を踏み砕いたため音声が切れた。


 無言のまま怪鳥を虚空へ消し、アゼルは大きく息を吐く。改めてガルファランの牙を滅ぼすことを決意していると、リリンが抱き着いてきた。


「わわわっ!? ど、どうしたんですかリリンさん!?」


「アゼル~、そなたもかっこいいところがあるではないか! あんな見事な啖呵を切ってみせるとは、惚れ直したぞ!」


「うう……そ、それより早く冒険者さんたちのところに行きましょう。手当てと蘇生をしてあげないと!」


 真正面から誉められ恥ずかしくなったアゼルは、するりとリリンの腕から抜け出し町の方へ走っていく。追いかけようとする直前、リリンは振り返りワイバーンの死体を見つめる。


「……私としても、許すつもりはない。何者かは知らんが、私を殺した罪は……たった一度の死で済むほど軽くはないぞ」


 そう呟いたあと、アゼルを追って走り出した。



◇――――――――――――――――――◇


「……ということがありまして、聖戦の四王の一人、『凍骨の帝』ジェリド公の力を受け継ぐ末裔が現れたのです」


「おお、それは喜ばしいことだ! 我が冒険者ギルドに属する者が、初めてかの伝説と邂逅するとは! それに、末裔でもある、か……これは歓迎の準備を整えねばなるまい」


 その頃、執務室ではカリフが帝都にある冒険者ギルド本部に報告を行っていた。冒険者ギルドを束ねる総帥、グランドマスターは喜びをあらわにする。


「カリフよ、転移石テレポストーンを使いすぐにその者を連れてきてくれ。ガルファランの牙が命を狙っているのであれば、帝都で保護した方がよいからな」


「かしこまりました。すぐに準備致します」


 そんなやり取りの後、カリフは魔法石を用いた報告を終えた。伸びをした後、机の上に置いてあるカップを手に取る。


 すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干し、椅子から立ち上がり呟く。


「さて、忙しくなりますよこれは……。今日は、冒険者ギルドにとって歴史的な一日になりそうですね」


 アゼルの知らないところで、新たな動きが起ころうとしていた。

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