2話―王との邂逅

「死者、蘇生……」


「そうだ。遥か昔……『炎の聖戦』にて、死を司る闇寧の女神との契約によって授かった、神の異能よ」


 アゼルの呟きに、ジェリドはそう答える。まだ両親が生きていた頃、アゼルはよく聞かされていた。千年前に起きた、『炎の聖戦』と呼ばれる戦いの神話を。


「まあ、炎の聖戦のことについては後回しだ。まずは……我が授かりしこの力について説明せねばなるまい。ディアナ、アゼルを降ろして……」


「それは出来ません。アゼル様はまだ完全に傷が癒えておりませんから。このままの方が、何かあった時素早く処置出来ます」


「……まあよい。ならば、アゼルよ。そのままでよいから聞いておくれ。この力の使い方を」


 そう言うと、ジェリドは右腕を伸ばしアゼルに近付ける。そして、手のひらの上にゆらゆらとたゆたう、紫色の魔力の炎を作り出す。


 見た目こそ若干禍々しかったが、アゼルにはとても温かく優しいものに感じられた。魔力の炎を見つめていると、ジェリドが口を開く。


「この炎には、生き返りの力が宿っている。死者に炎を与えれば、生者として蘇らせることが出来るのだ。例え、アンデッドと化した者であっても、な」


「……その力を使って、ジェリド様は炎の聖戦でたくさんの騎士さまたちを助けてきたんですよね?」


「ほう、よく知っておる。そうだ。かつて、我はこの大地を支配していた大魔公と戦った。我を含めた、四人の王と共に。その時に、我は女神と契約し……死者蘇生の力を授かったのだ」


 遠い昔を思い出し、懐かしそうに遠くを見つめていたジェリドだったが、すぐに本題に戻った。


「まあ、その話はまた次だ。今は、この力についてそなたに教えねばならぬ。闇寧神あんねいしんより授かったこの力だが……完全無欠かと言われればそうではない。ある程度枷がある」


「枷、ですか?」


「そうだ。女神は、我が神の領域に足を踏み入れぬよう四つの戒めを与えた。一つ、死してより一月以上経過した者は蘇生させることが出来ぬ。まあ、魔物は別だがな。二つ、蘇生させる者が肉体を欠損していた場合、術者の持つ魔力を使い肉体を新たに創り出さねばならぬ」


 そこまで言うと、ジェリドは険しい表情を浮かべる。それを見たアゼルも、自然と真剣な顔つきになる。


「失われた血肉を創り出すのには、並大抵ではない量の魔力を用いる。乱用すれば、術者が魔力の欠乏により命を落とすこととなる。乱用は避けねばならぬぞ」


「……分かり、ました」


「うむ。聡い子だ。次に、この力は肉体と魂結び付きが極端に薄くなった者には効果がない。器たる肉体に、魂を繋ぎ止める力まではないということを、忘れぬようにな」


 警告の言葉に素直に頷くアゼルを誉めつつ、ジェリドは死者蘇生の力について説明を行う。いくつかの枷があってなお、死者蘇生が強力な能力であることをアゼルは理解した。


「最後だが……この力は、死者自らが生き返りを拒絶した場合には効果をもたらすことが出来ん。そうそうあることではないが、頭の片隅で覚えておいておくれ」


「分かりました。でも……いいのですか? ぼくのような、ちっぽけな役立たずに、そんな力を継承させるなんて……。それに、本当にぼくがあなたの子孫かだなんて、分からないのに……」


 ジェリドの言葉を聞き終えたアゼルは、自問自答の意味も込めそう呟く。冒険者として、ネクロマンサーとしての自信を、つい先ほど木っ端微塵にされたばかりなのだ。


 そもそも、本当に自分がジェリドの子孫なのか確信を得られていない状況で、はいそうですかと力を受け取るわけにはいかないとアゼルは考えていた。


「まだ疑っておるのか? かつて、闇寧神と契約した際、我は死者蘇生の力を得る代償として捧げたのだ。子々孫々に至るまで、左目の光をな。故に、そのドクロの模様こそが、我が子孫である確たる証なのだ」


 ジェリドの言葉に、ディアナに抱かれたままのアゼルはそっと己の左目を撫でる。両親が死して後、冒険者となるまでの間迫害をされる元凶となってきた、呪われた眼。


 ずっと憎んできたものであるが、千年前に大地を闇の眷族たちから奪還した四人の王の一人であるジェリドの末裔の証だと言われれば、不思議と誇らしさを感じられた。


「アゼルよ。我は死者蘇生の力を己に施し、古き友との約束を果たすため千年生き抜いてきた。だがな……もはや、我が身体は蘇生の力を受け付けぬ。あと百年程度は生きられるが、もうそれきりだ。二度と蘇生は出来ん」


「……だから、力をぼくに受け継いでほしい、ということですか?」


「そうだ。我が死ねば、この力がどうなるか分からぬ。神の元へ還るのか、はたまた他の誰かに移るのか……それすら分からぬのだよ。なれば、我が末裔に受け継いでもらいたい。それが我が願いだ。だから……アゼルよ。この力、継いではくれぬか?」


 その言葉を聞き、アゼルは思案する。仮に死者蘇生の力を受け継いでとして、自分が使いこなせるのか。人々の役に立てられるのか。そんな考えが脳裏をよぎる。


 しかし、それ以上に彼は感じていた。自分という、かけがえのない子孫に出会えたジェリドの喜びを。


(……決めた。ジェリド様の想いを、ムダにしたくない。今のぼくに死者蘇生の力を使いこなせるかは分からないけど……それでも、力を継ごう)


 そう決意し、アゼルは己の意志をジェリドに伝える。継承の意志を聞き、骸の王は笑みを浮かべた。


「……ありがとう。我の願いを聞き届けてくれたこと、感謝する。では……この力、そなたに授けよう!」


 直後、ひとりでにアゼルの身体が宙に浮かび上がる。ジェリドの手から放たれた紫色の炎が、少年の身体を包み込み体内へ入り込んでいく。


 最初は驚いていたアゼルだったが、慣れてくるにつれ感じていた。生死を覆し、悲劇を打ち破り奇跡を起こす力の強大さを。


「凄い……力が、溢れてきます……力を託してくれて、ありがとうございます。ジェリド様の想い、ムダにしないように頑張ります」


「うむ。これにて、継承は成された。そなたの中に眠る力があれば、継承の余波で目覚めるやもしれぬな。……アゼルよ。今は己のためにその力を振るうがよい。いつかそなたが大成したその時……我のもう一つの願いを伝えよう」


 どこか愁いを帯びた表情を見せるジェリドに、アゼルは首を傾げながら問いかける。


「今は、いいんですか?」


「よい、よい。さあ、我が力で地上へ送ってあげよう。アゼル……そなたの人生に、幸多からんことを願っているぞ!」


「わあっ!?」


 転移魔法が発動し、アゼルは地上へ送還された。少しして、沈黙していたディアナは立ち上がり声を発する。


「ジェリド様。アゼル様に嘘をついていましたね? 本当は、二つ上までの階層までなら、まだ探知出来る力が残っているというのに」


「ああ。アゼルに余計な心配をさせるわけにはいかぬ故、黙っていたが……我が子孫を辱しめた者どもめ! 決して……許してはおかぬぞ!」


 実は、ジェリドはグリニオたちの行ったことを全て知っていた上で、ディアナにアゼルを助けに向かわせたのだ。アゼルを送り届け、もはや誰憚ることなく、王は憤怒に身を焦がす。


「……きゃつらには死よりも惨き苦しみを味わわせねばならぬ。王の末裔を辱しめるということがどれだけの大罪か……思い知らせてくれる!」


「では、かの者らを捕らえに行って参ります。私自身……腹に据えかねておりますので」


「手足の一、二本は砕いてもよい。だが殺すな。生かして連れてくるのだ」


 ジェリドの言葉に頷き、ディアナは玉座の間を去る。愚かな者たちに、栄光は訪れない。訪れるのは、おぞましい報いだけなのだ。



◇―――――――――――――――――――――◇



「う……。ここは……凍骨の迷宮の外、か」


 少しして、アゼルは凍骨の迷宮への入り口が出現している岩山のふもとにある、森の中にて目を覚ました。ふと左腕に違和感を抱き、ひょいと上げる。


「わっ!? ほ、骨だ……。ジェリド様みたいに、肘から先が骨になってる……」


 グリニオによって切断された左腕が、白骨ではあるが生えてきていたのだ。恐らく、死者蘇生の力を継承した影響だろう。問題なく動かせることを確認した後、ローブの下に腕を隠しアゼルは立ち上がる。


 真っ暗な地下迷宮に七日ほど籠っていたため、時間の感覚が完全に狂ってしまっていたアゼルだが、木漏れ日が射し込んでいることに気付き今が昼間だということを把握する。


「今のうちに、ペネッタの町に帰ろう。また、一からやり直さなくちゃいけないし」


 そう呟き、眼帯を身に付けた後森を抜けるためアゼルは歩き出す。が、一時間も経たないうちに、災難に見舞われることとなった。


「おう、止まりなそこのガキィ! 痛い目に合いたくなきゃ、身ぐるみ全部置いてきな!」


「! さ、山賊……」


 運悪く、ペネッタの町周辺を縄張りにする山賊団と鉢合わせしてしまったのだ。とはいえ、アゼルは丸腰であり、差し出せるようなものは命以外何もない。


「サッコー親分、こいつなんにも持ってなさそうですぜ。見逃してやりましょうよ」


「……いいや、よく見りゃこのガキなかなか整ったツラぁしてやがる。そういうシュミのお貴族さんに、高値で売れそうだ」


 部下の言葉に、山賊団の首領、サッコーは汚ならしい笑みを浮かべながらそう答える。アゼルは寒気を覚え、逃げ出そうとするが……。


(!? なんだろう、力が沸いてくる……。触媒を壊されちゃって、屍術も使えないはずなのに……)


 この時点で、アゼルはまだ気付いていなかった。ジェリドから死者蘇生の力を受け継いだことがトリガーとなり、己の中に眠るネクロマンサーとしての才能が開花しつつあることに。


(相手は二十人ちょっと、こっちは一人。ここで逃げても、すぐに追い付かれて捕まっちゃう……なら!)


「お? なんだこのガキ、やる気か? ならいいや、お前らやっちまえ!」


「おおー!」


 サッコーの声を合図に、山賊たちがアゼルに襲いかかる。冷静に山賊たちを見据えながら、アゼルは右手を地面に叩き付け叫ぶ。


「屍術……サモン・スケルトン!」


「な、なんだぁ!? 剣持ったガイコツどもが出てきたぞ!?」


(いつもは三体が限界なのに、十体も呼べた!? これなら……きっと勝てる!)


 アゼルの叫びに応じ、彼の魔力から作られた総勢十体のスケルトンたちが地中より現れた。それを見た山賊たちは怯むも、サッコーが激を飛ばす。


「フン、ネクロマンサー……それも操骨派か。俺ぁ多少知識があるんだ、怖かねぇぜ。てめえら怯むな! これだけのスケルトンを操ってんだ、一体一体は大雑把な動きしか出来ねえ! 囲んでフクロにしちまえ!」


「残念ですけど……そうはいきません! 行け、スケルトン!」


 並みのネクロマンサーが相手ならば、サッコーの言う通りになっただろう。しかし、今のアゼルに常識は通用しない。スケルトンたちは巧みな連携で山賊たちをあっという間に戦闘不能に追い込んでいった。


「ぎゃっ!」


「ぐああっ! こいつら、動きがはや……ぐえっ!」


「嘘だろ、触媒もなしにこんな精密な動き……あり得ねえだろ……」


 サッコーが助太刀する暇もなく、山賊たちは全滅した。スケルトンたちに囲まれ、サッコーは降伏することとなった。


「これで終わりです。降伏してください」


「……クソッ!」


 サッコー一味を捕らえ、少し自信を取り戻したアゼルは意気揚々とペネッタの町へ帰還する。その先で、何が待ち受けているかも知らずに。

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