【90000PV感謝】パーティーを追放されたネクロマンサー、実は伝説の王の末裔でした~死者蘇生チートの力で、少年は英雄として成り上がる~

青い盾の人

第1章―ドクロを宿す少年と骸の王

1話―地の底の追放劇

「わりぃな、アゼル。お前はここでお払い箱だ。腐れガイコツ共と仲良くあの世で踊ってな」


「グリニオさん……どう、して……」


 凍てついた巨大な骨が散乱する、地下深くの洞窟に、四人の人物がいた。崖っぷちに設営されたテントの側で、一人の少年が肘から先が失われた左腕を押さえ声を絞り出す。


 薄汚れボロボロになった灰色のフード付きローブを身に付け、左目に黒い眼帯を着けた小柄な少年――アゼルに、対峙している三人の男女のうち、二人が侮蔑の言葉を投げつける。


「どうしてだって? そりゃ、もうお前がいらねえからだよ。このダンジョン……『凍骨の迷宮』踏破まであと二階層だ。こっから先は、俺ら三人だけで十分行けるさ。なあ、グリニオ」


「ああ。ダルタスの言う通りだ。アゼル、もうお前の操るガイコツどもの手を借りる必要もねえのさ。それに……お前みてぇな小汚ねぇネクロマンサーのガキを連れてったら、この先にいる伝説の王に笑われちまわぁな」


 大きなタワーシールドを背負い、鈍色の鎧を身に付けたハゲ頭の巨漢、ダルタスの言葉に、パーティーリーダーである青年、グリニオがそう答える。


 Aランクの冒険者パーティー、『翡翠の刃』を率いる青年とその仲間たちの顔には、悪意に満ちた笑みが張り付いていた。


「そんな……」


「ぷぷぷ、イイ顔~。ここまで我慢して連れてきてやった甲斐があったわねー、グリニオ。ついさっき、このタリスマンを踏み潰してやった時の顔、傑作だったわ! キャハハハ!」


 絶望の表情を浮かべるアゼルを見下ろし、赤い法衣を着た女、リジールが心底楽しそうな悪意に満ちた笑い声をあげる。そんなリジールの足元には、粉々に踏み砕かれた骨製のお守りが散らばっていた。


「まあ、ガイコツを召喚して抵抗されても面倒だからよ。先に寝込みを襲って屍術の触媒を壊したのは正解だったな。ついでに首でもぶった斬るつもりだったが、気配を察知して避けやがってよぉ。ま、片腕はぶった斬ってやったけどな!」


「……グリニオ、さん……あなたは、最初からぼくを使い捨てにするつもりだったんですか?」


 もはや失血死してもおかしくないほどの血を流したアゼルは、灰色の瞳をリーダーへ向ける。三人の役に立とうと、アゼルは両親から受け継いだネクロマンサーの力を奮ってきた。


 この凍骨の迷宮を攻略する時も、アゼルの操るガイコツたちが斥候や盾役としてグリニオたちを支えてきたのだ。アゼル自身も火の番や炊事、テントの設営など、出来ることを一生懸命やってきた。しかし……。


「ああ。むしろ感謝してほしいぜ。親もいねぇ、ドクロの紋様が刻まれた目なんて気持ち悪いモンのあるガキを冒険者にして面倒見てやったんだから」


「それをゆーならたくさんコキ使ってやった、でしょー? 便利だもんねー、ネクロマンサーは。使い捨てじょーとー、ってやつぅ? キャハハハ!」


 アゼルの問いかけに、グリニオとリジールはそう答える。


「ま、それもここまでだ。伝説の王……『凍骨の帝ジェリド』との謁見、その栄誉はオレたちだけのもんだ。ああ、安心しろよ。地上に帰還したら、お前はオレたちを庇って名誉の戦死を遂げたって報告してやっから」


「これで俺たちゃ、念願のSランク昇格だな! 後はこの下にいる王にあって、謁見の証を持ち帰りゃいいだけだからな」


「これであたしたちぃ~、冒険者ギルド史上初の快挙達成よ~! これでもっともっとお金持ちになれるわぁ!」


 緑色の鎖かたびらをチャラチャラ鳴らし、グリニオは崖を背にして座り込むアゼルに近付く。その隣で、ダルタスとリジールはもう栄光を掴んだつもりになっているようだ。


 そんな彼らを見つつ、抵抗する気力もなくなったアゼルは、己の死を受け入れ涙をこぼす。


「あばよ、アゼル。オレたちは今日、冒険者として最大の栄光を掴む。それをあの世で……眺めてな!」


「あぐっ……! うああああ!」


 グリニオに蹴り飛ばされ、アゼルは底の見えない崖下へ落ちていく。下へ下へと落ちていく最中、走馬灯のようにこれまでの出来事がよみがえる。


 眼帯の下に隠された、ドクロの紋様が刻まれた左目を蔑まれ、一人孤独に生きてきた過去。グリニオたちに拾われ、奴隷のように酷使されてきた日々。それらが、脳裏をよぎる。


(……これまで生きてて、いいこと一つもなかったな。お父さん、お母さん……ごめんなさい。ぼくも、二人のところに行きます。……ぼくも、天国に……行けるかな……)


 そんなことを考えていたその時、暗闇に目が慣れ少しずつ地面が見えてきた。死を覚悟し、アゼルは目を閉じるも……何も起こらない。


 それどころか、何か柔らかいものに優しく包まれる感触に全身が包まれた。


「え……?」


 どうやら、何者かがアゼルを助けたらしい。アゼルを横抱きに抱えた人物は、ドクロを模した兜を着けており顔をうかがい知ることは出来ない。


 が、兜の後ろ側にある隙間から漏れ出した長い金色の髪と、漆黒の鎧の胸部分の膨らみが、謎の人物が女性であることを主張していた。


「……間一髪、間に合ったか。とはいえ、酷い怪我を負っていることに変わりはない。まずは傷口を塞がせてもらう。少し痛むかもしれぬが……耐えておくれ」


「え……いたっ!」


 凛とした声でそう呟くと、女性はアゼルの左腕の断面に手を当て魔力を流し込む。すると、あっという間に傷口が塞がった。傷が癒えたのを確認した女性は、アゼルを抱えたまま歩き出す。


「あ、あの……お姉さん? は……誰、ですか? どうしてぼくを助けてくれるんです?」


「……それは、私の口からは言えません。全ては、この先にある玉座の間におわす我らの王……生と死の支配者、ジェリド様よりお聞きください。まあ、一つだけ言えるとすれば……」


 アゼルの問いかけに対し、女性はそう言う。しかし、兜の奥、覗き穴から見える瞳には慈愛の色があった。


「お帰りなさい。ただ、それだけは……ジェリド様を含め、この地を守る屍の全てが貴方へかける言葉だということです」


「それって、どういう……」


 女性の言葉が、何を意味するのか。凍骨の迷宮の主にして、アゼルたち冒険者が謁見せんと求める伝説の王が、何故自分を待っていたのか。


 その答えは、すぐに明かされることとなる。女性が先に進むにつれ、荒れた岩場ばかりの谷底が、整えられた道へ変わりはじめてきたのだ。


「……この扉の向こうに、我ら屍の王が座しています。もう少し傷を癒して差し上げたく想いますが……時間がありません。申し訳ありませんが、このまま謁見していただきます」


「ええっ!? そ、そんな急に言われても、心の準備が……」


 しばらく歩いたあと、宮殿の入り口がアゼルたちの前に姿を見せる。状況を飲み込めず、なすがままにされていたアゼルは、そう訴えるも聞き入れてもらえない。


「申し訳ありません。我が王が待ちかねているのです。貴方の訪れを」


「そ、そう言われても……ぼくなんて、ついさっきお払い箱にされた、役立たずのネクロマンサーでしかないですよ。ぼくに会いたい理由なんて、あるわけありません……」


 つい先ほどの出来事を思い出し、アゼルは自虐する。そんな彼に、女性は優しく声をかけた。


「いいえ。貴方は役立たずではありませんよ。その証拠は……これから、我らの王が示してくださりますから」


「証拠、ですか……? あ、扉が……」


 直後、観音開きの扉が音を立てながら開いていく。女性はアゼルを抱えたまま、玉座の間へと進む。一直線に続く、長い長い青色のカーペットを進むと……その先に、巨大な玉座があった。


 そして、その玉座に、一人の異形の男が座っていた。半身が朽ちて骨となり、長いアゴヒゲを蓄えた男はひざまずく女性と、その腕の中にいるアゼルを見る。


 光を宿すことのない、ドクロの紋様が刻まれた左目に見据えられ、アゼルは心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚える。


「ディアナ、ご苦労だった。もはやこの宮の外の状況すらも探知出来ぬこの老いぼれに変わり、よくぞ連れてきてくれた。我の血を受け継ぐ……正統なる末裔を」


「……え? 今、なんて……」


「もう一度言おう。少年よ、そなたは……我、凍骨の帝ジェリドの血を引く末裔だ」


 ジェリドの予想外の言葉に、アゼルは固まったまま動かなくなってしまう。玉座から立ち上がり、凍骨の帝はゆっくりと歩き出す。


 歩くたびに、下半身を覆う青い腰布がズルズルと引きずられ、頭に戴く黄金の冠がゆらゆらと揺れる。女性――ディアナの前に立ち、アゼルの左目を覆う眼帯を取り去った。


「あ……! か、返してください! それがないと、ぼくは、ぼくは……」


「案ずるな。ここにはそなたの目を蔑む者はおらぬ。閉じられたまぶたを開けよ。その瞳に刻まれた、王の末裔たる証を見せておくれ」


 ジェリドの優しい声に、アゼルはおそるおそる長年閉じてきた左のまぶたを開けていく。完全に開いたまぶたの下……左目には、ジェリドと全く同じドクロの紋様が刻まれている。


「やはり……やはりか! 僅かに、気配は感じていた。この地に、待ち望んだ者が現れたと! ついに……ついに! 遥か古に、神より授かった我が力を継承させるべき子孫が帰ってきた!」


 狂ったように足踏みを鳴らし、喜びを全身で表現するジェリドを、アゼルはぽかんと見つめていた。それまで沈黙を保っていたディアナは、コホンと咳払いをする。


「ジェリド様、ご子孫様が呆気に取られています。今一度、詳しく説明するべきかと」


「む、そうだな。まずは名を聞こう。少年、そなたの名は?」


「ぼくは……アゼル、と言います……」


 おそるおそる名を名乗るアゼルに、ジェリドは感慨深げにうんうんと頷く。


「アゼルか。いい名だ。我らの古き言葉で『希望』を意味する、素晴らしい名前と言えよう。アゼルよ、そなたに頼みがある。かつて、我が神より授かりし……『死者蘇生』の力を受け継いでもらいたい」


「死者、蘇生……!?」


 ジェリドの言葉に、アゼルは驚きをあらわにする。しかし、この時少年はまだ知らなかった。この出会いが、己の運命を変え……英雄となる第一歩になることを。

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