第四章 勝者と微笑む者
第39話 残り四十八時間
十連休、六日目の夜。
小説を投稿して、ちょうど二十四時間が経過した頃。
夜の肌寒さを感じながら、ベランダで一人夜風を浴びながら全てを出し切ったと言わんばかりの表情で夜景を楽しんでいる七海。
なんとあれから自分の原稿までを仮とは言え書き上げた七海は達成感に満ちあふれていた。近くで凄い勢いで成長していく彼を見た七海の心は気付けば感化された。それに育枝や七海がこうしたら? という意見に対して前向きに検討し取り入れ空哲はかつての彼――【奇跡の空】を超えた力を発揮して作品を完成させてきたのだ。それを目の前で見せられて刺激を受けるなと言う方が無理なのだ。
「あーあー、結局空哲君を助けるつもりが途中から結果論だけで言えばどちらかというと私が助けられちゃったな……。でもまぁこれから沢山、沢山たーくさんサービスしてあげたらお釣りでるかな~」
夜の街を見下ろしながら七海は一人呟いた。
するとスマートフォンが着信を受信する。
「はい?」
「お疲れ様です。私です。今お時間宜しいですか?」
「大丈夫ですよ」
「ちなみに途中経過ですが、もう確認しましたか?」
「さっきちょうど確認しましたけど」
「そうですか。ならもう正直に言いますね。今回は吉野先生の圧勝ですね。投稿して僅か一日でアクセス者が八万人以上違います。まぁお二人共約ですが七十三万人と六十五万人と、とても凄いことをしているのは事実です。今回は売名行為にはなったので白雪先生にとってもプラスとなったと思います。私が当初言った通り今の【奇跡の空】では――」
白雪はふふっと笑って嬉しそうにして呟く。
「制限時間は最初の作品をアップロードしてから四十八時間まだ終わっていませんよ」
「ですね。でも一日あたりでこの大差はかなり厳しいと言えましょう。確かに世間の目はあります。ですが世間は常に新しい物へと興味の目を惹かれます。私達はその新しい物を創造していかなければならない、それが私達の使命だと私は思っています」
「そうかもしれませんね」
「ですから、大変失礼な言い方ですが【奇跡の空】を追いかけるのはもう止めた方がいいのではないかと言うのが今日の本題です。これは白雪先生の成長の為にと思い言っております。吉野先生の所からはこれが終わったら一緒に仕事をしないかと……実は先ほど連絡を頂いてですね」
この時七海は電話越しではあったが担当が何を言いたいのかを薄々感じた。
それでも七海は落ち着いていた。
自分が追いかけ続けてきた作家は本当に凄い人なのだと改めて感じていたから。
「その仕事の話しは二十四時間後じゃないと聞くつもりはないですよ。だって今の状態で十万人の差がないんですよね? だったら何も心配いりませんから」
「そ、それはどうゆう意味ですか?」
「今回私が書いた作品は王道の恋愛物。そして相手が書いて来たものもやはり王道の恋愛物。同じ舞台での勝負です。まぁ企画の内容がそうなので当然と言えば当然ですが。ちなみに吉野先生の作品と私達の作品の内容って覚えていますか?」
「学園物で恋愛。ハッキリ言うと読後感は素晴らしく別に悪くはありませんでした。ただ吉野先生の方が恋愛をより深く描いていたと言うか、本の世界に読んでいて引き込まれたと言うか……」
――タイトル 『二つの恋』【一部抜粋】
その場の成り行きで生徒会に入ってしまった主人公。
そこで出会った一つ年上の先輩。
最初は口数が少ないどこか素っ気ない先輩だなと主人公は感じていた。だけど同性の生徒に対して常に優しくて笑顔で頼りにされているそんな先輩だった。
「ユリアさん、おはようございます」
朝の通学路。たまたま出会ったユリアさんに主人公は頑張って挨拶をしてみる。
「おはよう」
返事はそれだけ。それから二人の会話はなくと少し近寄りがたい先輩。
だけど生徒会室で見る同性に対する接し方はそれとは正反対。
あの笑顔を一人占めしたいと思い、色々とアプローチを頑張ってしてみるが全て失敗に終わる。
つまり自分には脈がないそう思い諦めた数日後、不思議な事が起きた。
「ねぇ、なんで最近朝挨拶してくれないの?」
その日は珍しく先輩から主人公に声を掛けてきたのだった。
「いえ、特に理由はありません。ただいつも素っ気ない感じがしたので迷惑なのかなと思い最近は会釈だけにしています」
「そう……だったの。迷惑じゃないわ。ただ私……男の人と話すの苦手だから……やっぱりなんでもない。じゃあね」
この日をキッカケに二人の関係性が少しずつ変化していく。
――そして最後。
主人公の告白が見事成功する。
とこんな感じで二人の恋心がすれ違いを起こしながらも惹かれ合うと言う甘酸っぱい恋の物語が吉野が書いた作品の内容である。
初々しい主人公とヒロインだからこそ書けたし、挿絵を使いそこにもどかしさを演出しつつしっかりとキャラをたたせていた。
またここに行くまでに二人の障害は多く、苦難の先にこそハッピーエンドが待っていると王道でありながら圧倒的な強さを持つ作品である。
七海も実際に目を通して担当と同じ事を思った。
だから作品に対する評価については何も否定はしなかった。
それによくあの短期間で表紙と挿絵を入れて二枚も仕上げてきたなと正直敵ながら感心している。
対して。
――タイトル 『刹那の恋心が永遠に』【一部抜粋】
ある日、桜並木の道で一人の少年を見た少女は恋する。
主人公は、桜高校の校門へと続く桜並木の道を一人本を読みながら歩いていた。
そこに偶然通りかかった一人の少女――真由美。
真由美は彼が手に持ち読んでいる小説が自分が書いている作品だと気づく。だけど真由美が作者なのは学校の関係者しか知らない。今日は朝から良い事があるなと思いそのまま学校へと通学していく。
容姿はまぁ平凡。だけど真剣に自分の作品を読んでくれていた姿に少しキュンキュンしてしまった。だって通学途中にわざわざ手に取って読んで歩くってどんだけ私の作品好きなのよって思ってしまったからだ。
放課後。本を書く為に新しい知識が欲しいなと思い学校の図書室に行くとそこには朝出会った彼がいた。彼は図書委員をしており、受付でまた私の本を読んでいる。
彼の口が動いている。
そう思い、さり気なく近くにあった館内の案内チラシを見る振りをして近づいてみる。
「いや、素晴らしいな特にここ。あっでもなんでそこで主人公最後のひと押しがないんだよ……あぁ……まだページ数もあるしこれは布石?」
とブツブツと褒めてくれているようで、文句を言っていた。だけどよく勘がいいことでと私は思った。それにそんなに真剣に微笑みながら読んでくれる彼が悪い人には到底見えなかった。
それから女の子は暇さえあれば図書室に通い、身近な人の中で一番真剣にいつも自分の作品を読んでくれる彼の顔を見に行った。そこから彼女が主人公に対する気持ちが変化し募っていくようになる。だけどそれは辛かった。だって私のファンだなと思っていた彼には仲の良い女友達がいたからだ。学校の友達に聞いてみると相手は幼馴染だとわかった。
でも簡単には諦められないと思い、少女は本を借りる時は受付に彼がいる時を選び少しでも話すきっかけづくりに励んだ。
それから数ヶ月後。二人は仲良くなり良く話す関係になった。当然真由美が作者だと言う事は黙っている。
更に数ヶ月。プライベートで二人だけで遊びに行く関係になり落ち着いた頃、近所の小さな花火大会の日。
真由美は花火をバックにして主人公に言う。
「私と付き合って下さい! 私ね、ずっと前から君の事が大好きだったの」
突然の告白に戸惑う主人公。
主人公は真由美にずっと黙っていた事があった。
それは好きな人が他にいることではなくて。
「ゴメン。前に話したと思うんだけど実は俺好きな人がいるんだ」
「知ってるよ。それでも私のこの想いはもう我慢できない所まできてるの。だからこの想いを使えることにしたの」
「実は俺……先日振られたばっかなんだ。それでまだ心の整理が間に合ってなくてゴメン。今はタイミングが悪いんだ」
とこんな感じだ。最後はヒロインが失恋するバッドエンド。
前者の作品と比べて一目惚れをした少女が主人公に会いに行き、告白をすると言う展開だ。そこに多少の苦難はあるが、『二つの恋』を読んだ後に読むとどうしても見劣りしてしまう部分が沢山ある作品だ。ヒロインが目立ち過ぎて、主人公が薄れている。そう捉えられなくもない作品である。言い方を変えれば実力不足。まぁヒロイン視点をメインに書かれているので仕方がないと言えばそうなのだが。だけどどんなに【奇跡の空】を真似て書いてもここが限界だった。だけど【奇跡の空】はこう言った。『これは素晴らしい。少し手は加えるけど、このままでいく。だから七海悪いけど――』と。
「まぁ、そこは否定しません」
「でしたら今後の仕事の打ち合わせを明日の朝にでもしませんか?」
「それはお断りします。まだ時間はあります」
「ですが――」
「では聞きますが、なぜ【奇跡の空】の作品はまだ世間に読まれ続けているのですか? 正直私の知名度だけではネット小説では六十万人も集めるのは無理です。ましてやネット小説はプロでも苦戦を強いられる程最近は凄い作品が沢山あります」
「それは……【奇跡の空】の作品は強引に本の世界に引き込む力が最大の武器と言っても過言ではないからではないですか? そしてそれが多くの人に共感を与えやすいからですかね。何よりかつての栄光が彼にはあります」
「なんだ気付いているじゃないですか」
(本当は少し違うけどね)
七海は夜景を見ながらニヤリと笑う。
「インパクト負けは確かにしてます。でも仮にもう一度読みたいと思える作品はどちらですか? と聞かれたらなんて答えますか?」
「それは『刹那の恋心が永遠に』です」
「なぜですか?」
「それは何かシコリがあるんですよね。ヒロインが最後主人公に振られた理由も何か曖昧と言うか本当にそれだけなのかと言う事が気になりますし何度か読めば何かがわかるかもしれないと言うシコリがあるからです。でも勝負と言う事を考えればあれで完結のような気がしますし。てか白雪先生は知ってますよね? 実際どうなんですか?」
「Web小説の所に連載、完結済みって書かれた欄を見て抱ければ一目瞭然かと」
「えっと……連載中!? ちょこれどうゆう事なんですか?」
「だから私さっき言いましたよ。最初の話数をアップロードしてお互いに四十八時間。ただし最初のアップロードの時間は合わせてありますけどね」
「って事はまだ続くんですか? これ!?」
「はい。相手の完結ブーストがどこまで続くかによりますがこちらにはまだ逆転の一手が残っています。後は【奇跡の空】つまりは空哲君次第ですね」
「ん? 空哲君。もしかして白雪先生の好きな人って――」
「はい。作家としても一人の女としても今も昔も大好きな住原空哲君です♡」
「そこ、女の子らしく可愛いく言わないでください。青春ですね。ならその好きな人に後は任せたと言う事ですか?」
「はい。いつも私の作品を俺だったらこうすると豪語する人間ですので、かなり信じてますよ」
「そうですか。では二十四時間後又掛けなおしますね」
「わかりました」
「お疲れ様です」
そう言って担当が電話を切った。
七海は身体が冷えないうちに部屋へと戻っていく。
そしてイルカのぬいぐるみと共に深い眠りへと入った。
「空哲君、今はまだ私の作品。残念ながら私の力では空哲君の名前の力を借りてもダメだった。世間が期待していただけに残念と言われたわ。だから後はお願いね【奇跡の空】空哲君。やっぱり私と空哲君とじゃ世間の期待の度合いが違ったわ」
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