西条ルート 2

 美枝さんから告白を促されてから二週間ほどが経過した土曜日、西条が事前の連絡もなく遊びに来た。


 断る口実が思いつかず部屋に上げたが、西条を好きという感情に気づいた日から悶々としていた俺には、西条の一挙手一投足にさえ妙に愛らしさを覚えてしまう。

 けれども西条の中での俺のイメージを壊さないように、日頃と変わりない態度を取り繕いながら落ち物ゲームの対戦真っ最中だ。


「ありゃ、また勝っちまった」


 以前なら勝つことが難しかった西条との対戦は、何故か今日は俺が三つも勝ち越している。

 西条を意識しないようゲームに集中しているのもあるが、今日の西条は口数も少なくプレイングに精彩を欠いていた。


「どうした。調子悪いみたいだけど?」


 セレクト画面で待機しているゲームから目を離さずに、俺は声だけで尋ねる。

 西条はしばしの緘黙のあとセレクト画面でカーソルを動かし、再戦のコマンドで決定を押した。


「……考え事をしていただけだ」

「そうか。普段のプレイングじゃないから心配……」

「次やるぞ」


 気を遣った俺の言葉を遮って、西条は再戦に臨む姿勢で画面を見つめた。

 俺は仕方なくプレイ画面に意識を移す。

 


 数十秒後、西条側の落ち物パズルは逆転の余地がないほど雑に積みあがっていた。

 持して敗北を待つのみといった状況でも、西条のプレイングに再戦を急いでいる動作が見られない。

 隣の西条の様子が気になり、俺はポーズボタンを押して対戦を中断させた。


「西条?」


 あまりに様子がおかしい西条に、恥ずかしさを忘れて声をかける。

 西条はビクリと肩を驚かしてから、おずおず俺の方を振り向いた。


「……浅葱?」

「今日はどうしたんだよ。いつものお前じゃないぞ」


 顔を正面から見ると恥ずかしさがぶり返してくる。

 つい目線を逸らしてしまう。


「……プレイングが雑だぞ」

「……うむ」


 頷き、表情を見られるのを避けるように顔を斜めに伏せた。

 俺の恥ずかしさが伝播してしまったみたいだ。


「……ゲーム、再開するか?」

「……そうする」


 互いに言いたいことを抑え込んでいるような会話を交わし、表面上はゲーム画面に意識を傾ける。

 俺がポーズを解除すると、対戦画面がリスタートした。

 しかし西条側のパズルがすぐさま枠外まで積みきってしまった。

 ゲームがセレクト画面に戻る。

 西条が苦笑いで画面を眺めた。


「私はひどい積み方をしていたな」

「自分で気が付いてなかったのか?」

「うむ。考え事に気をとられていた」

「悩みがあるなら聞くぞ?」


 すっと言葉が出てきた。

 いつもの俺がおそらく発したであろう問いかけだ。

 促すと、途端に西条は顔を伏せた。


「その、だな。考え事と言っても深い意味はないのだ」

「言う前から弁解されても」

「そ、そうだな」


 ゆっくりと顔を上げ、照れたように苦笑した。


「とりあえず言ってみてくれ」

「最近……考えているのだがな?」

「ああ」

「浅葱はどうして私と遊んでくれるのだ?」


 そう口にして、視線から逃げるようにまたも顔を伏せた。


 どうして俺は西条と遊ぶのか?


 理由など考えたことなかった。

 暇つぶしでない。それに誘いを断ろうと思えば断れたはずだ。

 

 ならば、もしかすると――


 細かい理由はあれど、行きつく答えは一つのようだ。けれどもやっぱり口にするのは照れる。

 俺は恥ずかしさを堪え、わざと真剣じゃない軽口として受け取れる口調にして言う。


「お前のことが好きだから、かもなぁー」

「……」


 西条が愕然とした顔を上げ、まじまじと俺を見つめてきた。


 冗談か何かと思われてるんじゃないか?

 こういう時は。誤魔化しにかかろう。


「はは。好きとは……」

「その言葉、信じていいのか?」


 言っても、と続けようとしたが西条の嘘でないことを祈るような視線とかち合って声が喉で詰まった。

 引っ込みがつかなくなってしまった。


「あ、ああ。信じていいぞ」


 ほかに返す言葉がない。

 西条がもともと大きい目をさらに見開いた。が、すぐにほっとしたように頬を緩めた。


「そうか。信じていいのだな」

「こんな時に嘘なんか吐くわけないだろ」


 こんな時とはどんな時だろう。

 恥ずかしさに思考が遅れている脳に、しょうもない疑問を考えさせた。

 西条が頬をほんのり赤くしながらも、決然とした表情で語を継いだ。


「私もだ……」

「へ?」

「私の方も浅葱が好きだ」

「……マジか」


 動揺のあまり思わず口に出していた。

 西条の顔が瞬時に照れで赤く染まり、憎々しげに俺を睨みつける。

「マジか、とは失礼だぞ。私がどんな思いで返事をしたと思っているのだ」

「いや、だって。真面目に受け取ってもらえるなんて考えてなかったし、告白返しされるなんて夢にも思わないだろ」


 好きと言っても友情の意味でだ、とからかい、緩んだ空気のままゲームを再開させるつもりだったのに。

 西条の方から好意を投げ返されるなんて想定になかった。


「浅葱の言葉は冗談だったのか?」


 落胆を隠すように声のトーンだけは沈ませずに西条が訊いてくる。しかし、顔には落胆がありありと刻まれている。

 西条を好きの気持ちに嘘はない。


「冗談じゃないよ」


 俺はすぐさま返していた。

 いくらか低い位置にある西条の顔を真っすぐに見つめる。


「ほんとうに西条のことが好きだよ」

「うむ……」


 西条は俺の告白を咀嚼するように頷き、しばし間を空けてから微熱を怯えた瞳で見つめ返してくる。


「私も浅葱のことが好きだ」

「…………」


 少し手を出せば西条の肩に触れられそうだ。

 思ったより西条の身体と顔が近くにあるのだと気が付いた。

 急に西条への強い愛おしさが湧いてくる。


「…………なあ?」

「…………なんだ浅葱?」


 西条の唇に目を向ける。


「…………キスしていいか?」

「…………好きにするといい」


 そう答えて目線を伏せた。

 しかし次には瞼を閉じて、じっと動かなかった。

 俺は慎重に西条の後頭部に右手を回す。

 後頭部の髪に手が触れると、西条が微かに身動ぎした。

 西条の表情を見ないように唇に視線を留め、後頭部に触れた手で引き寄せながら顔を近づけた。


「んっ……」


 小さな吐息が漏れた唇を自分の唇で塞いだ。

 目を閉じると唇の温もりが伝わってくる。


「んあっ……」


 西条の唇に陶酔を似た温もり感じ始めていたが、それが急に息継ぎのような声とともに離れてしまった。

 物足りない気分で俺は目を開ける。


「……どうした?」

「……ふっ」


 息がかかるぐらいの距離まで離れた西条の顔に、場違いに不敵な笑みが浮かんでいた。


「私がやられるばかりだと思うでないぞ」

「は?」

「仕返しだっ……」



 威勢のいい呟きの後、一瞬で西条の顔が接近した。


 ――――唇を塞がれた。


 先ほどよりも一層強い温もりが伝わってくる。

 目を閉じなおし、西条の首を両腕を抱きすくめた。


 もう少しの間、このままでもいいと思った。

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