10-6
見合いの申し出を拒絶された花屋の親子が悲しみから立ち直ると、再び気のいい商売人の顔になって俺と源次郎さんに様々な花を贈り物にと薦めてくれた。
しかし、どの花も何故か不適合な感じを否めず決め手に欠けた。
ブース一面に咲き広がる多種多様の花を前にして源次郎さんと頭を悩ませる。
「華やかであったり、溌剌であったり、または淑やかであったり。どの花にもそれぞれ違う印象を持ててはいるのだが、説明しがたい違和感がある」
源次郎さんが眉をしかめた思索顔でつぶやいた。
そうですね、と俺は共感の合の手を返した。
「ゲン。どういうことなんだ、その、違和感というのは?」
親父さんが理解しがたい様子で尋ねた。のぶひろさんは店先に来た他のお客さんを応対していてブースにはいない。
思索顔のまま源次郎さんは親父さんに答える。
「上手くは言えないんだが、儚さみたいなものを感じてしまうんだ」
「儚さ? 俺のとこの花はしなびてないぞ」
心外そうに渋面を作った。
違う、と言うように源次郎さんは首を振る。
「しなびてるとは思ってない。ただ枯れてしまうんじゃないかと心配になるんだ」
「それが儚さだと?」
「おそらく。それに朝顔の花ひと時、と言うだろう」
「まあ、花が一番きれいに咲くにはシーズンがあるからな。枯れてはいないとしても年がら年中咲いている訳じゃないわな」
「咲いてないと物悲しいじゃないですか」
源次郎さんの意見へ付け足すように俺は率直に述べた。
親父さんがううむ、と腕を組む。
「咲いてないと物悲しい、と言われてもなあ。花が活きている以上は季節ごとに姿
を変えるのは致し方ないことだからな」
「どうですか、決まりましたか?」
議論が袋小路に入ろうとしていた時、ブースにのぶひろさんが戻ってきた。
答案を聞きたそうな目で、俺と源次郎さんを見る。
「のぶひろか。花は年中咲いてないと物悲しいじゃないかっていう話をしてたんだ」
「はあ、年中咲いてないと物悲しいですか」
「贈り物に適したそんな花はないよな?」
「ありますよ」
記憶から捻りだすような素振りなく即座に答えた。
親父さんが息子の予想外な返答に口をあんぐり開けている。
「そんな花聞いたことないぞ」
「プリザーブドフラワーというんだ。今月初めて仕入れたから父さんは知らないはず」
聞いたことのない単語がのぶひろさんの口から飛び出した。
プリザーブドフラワー、とはなんだ?
「どういうものかというと」
俺がよほど間抜けな顔をしていたのか、のぶひろさんが説明してくれる。
「生花を特殊な薬液で脱色脱水をして着色したものです」
「生花とは何が違うんだ?」
俺の疑問を代弁するように親父さんが問いを投げかける。
「香りがない、とか、花粉が飛ばない、とかメリットは幾つかありますけど、一番の利点は保存可能な期間が長い、というところです」
「どれぐらいだ?」
「生花だとすぐに枯れてしまいますが、水やりをしなくても数か月は優れた状態を保てます」
「数か月かぁ」
感心したように親父さんがつぶやき、俺と源次郎さんの方を振り向いて、購入を促すような目で見つめてきた。
のぶひろさんも親切心を覗かせて微笑む。
「どうですか。一度見ておきますか?」
「ぜひ」
源次郎さんが躊躇なく答えた。
俺も遅れて頷く。
「少々お待ちください。本品を持ってきますので」
そう告げ、のぶひろさんはブースから出ていった。
そして数分もせずに戻ってくる。右手に透明な直方体の箱を載せている。
俺と源次郎さんに向かって箱を差し出した。
「こちらがブリザーブドフラワーですね」
透明なポリマー製の箱の中で乳白色のバラが三葉、快活な少女の笑顔のように花弁を咲かしている。
生花と見紛うほどの出来である。
「バラ以外にはないのですか?」
興味を惹かれた声音で源次郎が尋ねる。
申し訳なさそうにのぶひろさんが苦笑する。
「バラしか入荷していなくてですね。バラなら赤、ピンク、白とあるんですが」
「バラの花言葉は愛情ではなかったですかな?」
「そうなんですが、この際花言葉は気にしないでもいいでしょう。それに無料でメッセージカードも付属できますから、それで十分気持ちは伝わるかと思います」
「メッセージカードとは粋な計らいで。どうするかね浅葱君、ブリザーブドフラワーにしようか?」
源次郎さんが判断をゆだねてくる。
花言葉を広く選べる生花と、花言葉の効力はなくなるが保存のきくブリザードフラワー。
どちらなら錦馬は喜ぶだろう――わからん。
考えてみたが、錦馬から好きな花とか好きな色とか聞いたことない。
「生花にしますか、こちらにしますか」
のぶひろさんも選択を伺ってくる。
錦馬基準に考えても答えが出ないから俺の好みで決めるか。
俺はそう割り切って透明の箱を指さす。
「ブリザーブドフラワーにします」
「色はどうしますか?」
「白でお願いします」
「かしこまりました」
「それではわしも買うとするかの。色はピンクで」
「かしこまりました。他にはよろしいですか?」
俺と源次郎さんは揃って頷いた。
では会計のほうまで、と告げたのぶひろさんに従いブースを出る。
のぶひろさんがカウンター裏の商品棚からブリザーブドフラワー二点を取り出すと、レジ台の上にそっと置いた。
「一点2980円で計5960円になります。メッセージカードはお付けになりますか?」
「はい。お願いします」
俺は迷わず答えた。
お願いします、と源次郎さんも同意するように言った。
のぶひろさんが屈み、レジ台の下でごそごそと探し始めた。
これこれ、という声の後に立ち上がって、ブリザーブドフラワーの箱の上に縁が蔓草模様のメッセージカードを重ねた。
「お二人ともここで書いていきます?」
「どうします源次郎さん?」
メッセージを練る時間が欲しいが独り決めで勧めを断ることは避け、俺は源次郎さんを振り向いた。
源次郎さんは少し考える間を置いてから首を横に振った。
「メッセージはバレンタイン当日の明日に書こう。伝える言葉は新鮮なほうが喜ばれるだろうからね。それにゆっくり考えたい」
「そうですね。真剣に考えた言葉のほうが錦馬も嬉しいでしょうしね」
意見が一致し、メッセージカードは持ち帰ることになった。
のぶひろさんから取り扱いの注意点を聞き、フラワーショップを後にした。
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