【短編多め】境界はどこ?
れすなー
ホテルの電話
とあるホテルの一室に置いてある電話機。
夜2時くらいになると突然その電話が鳴り出す。
「こんな夜中に誰だこの野郎・・・」と怒りに任せて電話に出た者は、
その直後に必ず部屋の変更をホテルに希望するという。
ホテル側も当初困惑し、スタッフをその部屋に待機させて
電話番をさせたのであるが、そのスタッフは「もうここで働きたくない」という
一言を残し、翌日には出社しなくなったという。
俺と師匠はそんなホテルの一室、1024号室に宿泊することになっていた。
もちろんホテル側の依頼で、宿泊費は免除という豪華な待遇だ。
ただし解決できなかったら宿泊費は払わなければならないだろう。
さてその電話で何を言われたのかは共通している。
『あなた・・・したいの?』
という一言だけらしい。女性の声という以外は特徴なし。
この『・・・』の中身については誰も「聞き取れなかった」というが、
本当にそうであるかは疑問だ。
確かに夜中の2時に電話が掛かってくるのは不気味だが、
ホテルのスタッフが出社しなくなる、というのは行き過ぎな気がする。
明らかに何かがある。
ホテル側は色々と考えた末、
自力での解決が困難と見て、我々の事務所に依頼をしてきたという訳だ。
さて今の時間は夜中の1時55分。例の電話が掛かってくるまでに5分ほど。
これまでの間、俺と社長はただ静かに酒を飲み続けていた。
もちろん安い発泡酒で、除霊の前はいつも酒を飲み身体を温めるようにしている。
「その電話が来たらどうしますか?」
俺は社長に尋ねた。
「無論、殺す」
殺す、というのは除霊的な意味なのだが、
社長は好んで”殺す”という表現を用いる。
死んで迷惑をかける悪霊の類を嫌っており、
【死んでも死ねない奴らをぶっ殺す】をモットーに掲げている。
「しかし電話越しの奴をどう・・・」
やって殺すんですか?という残りの言葉を発する前に電話が鳴り出した。
とっさに時計を見る。2時ちょうど。証言通りの時間。
社長が受話器に手を伸ばす。
「・・・」
無言のまま、しばらく聞き入った後、その受話器を俺に手渡した。
社長はジェスチャーで”聞いてみろ”と言っている。
「もしもし・・・」
由緒正しい日本人である僕は律儀に「もしもし」と言った。
ちなみに「もしもし」というのは電話が開通された明治23年ごろ、
電話は一部のお偉いさんしか使えず、電話交換手に相手の電話番号を伝えてもらうという方式であり、その電話交換手が「申します、申します」と言っていたことが語源になっているとか。
さて肝心の掛かってきた電話だが、やはり女性の声で
『あなた・・・・でしょ?』
と言っていた。『・・・』の部分はザザッというノイズで聴き取れない。
ただこの雑音はどこかで聞いたことがある、と思った。
電話は延々と先の言葉を繰り返している。機械のようにずっと。
俺は集中してノイズ部分を聴き取ろうとしたが、
社長は突然、俺から受話器を取り上げた。
「それ以上、深入りするな。死ぬぞ」
社長の顔はマジだった。
そして俺から取り上げた受話器に向かって
「死ぬならお前一人で死ね。それでも止めないなら俺が殺しに行ってやる」
と言い放ち、ガチャン、と受話器を乱暴に置いた。
「これにて解決。二度と電話は掛かってこない」
社長は「寝る」という一言を最後にフカフカのベッドに潜り込み、
数秒後には寝息を立て始めていた。
後日、俺は社長に『・・・』の中身とノイズの正体について聞いてみた。
社長はつまらなそうに
「別に怖くもなんともないさ」と言ってから教えてくれた。
「あれは『あなた死にたいんでしょ?』と言っていたのさ」
ヒュン、と背筋に寒気が走ったが
「ところでノイズって何だ?」
という言葉に首を傾げた。
「俺はその『死にたい』の部分がノイズになっていて・・・」
と説明すると社長は「あぁそうか」と笑い、続けてこう言った。
「多分、死にたいと思っている奴には聴こえるんだろうな」
じゃあ貴方は死にたいんですか?
俺はそう訊き返すことはできず、無言で視線を逸らすことしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます