Truth of Fake
Phantom Cat
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うわ、また固まったよ……
僕は画面の前で頭を抱える。
そもそも、僕の机の上に乗っているこのPCは、3Dモデリングツールを動かすにはスペックが足りなすぎる。CPUだけはそれなりに速いが、外付けのグラフィックボードも無ければメモリもたったの2GB。おかげで何か重い作業をしたらすぐにスワップの嵐だ。そのくせ内蔵ディスクはSSDじゃなくてHDD。OSの起動にも延々時間がかかるし、とにかく使っているとストレスを感じることこの上ない。
「大久保さん、何とかならないんですか? これ、またフリーズしましたよ」
僕は後ろのリーダー席に収まっている大久保さんを振り返る。
「えー? それ今年買った最新モデルだよぉ? 君の使い方が悪いんじゃないのぅ?」
大久保さんは大げさに肩をすくめて見せる。人をイラっとさせる語尾はこの人のデフォルトだ。
……。
しかし、確かに最新なのは間違いない。BTOモデルで、ほぼ最安の構成だけど。
ま、しゃあない。
僕が今作っているものだって、世間から見たらチープそのものだ。
UFO の 3D モデル。実写の動画に合成する CG の素材。
要するに、僕らはフェイクムービーを作っているのだ。と言っても、僕は CG パートしか担当していない。実写の動画は別のスタッフが撮影し、ポスプロ(ポストプロダクション:撮影後の合成や編集、アフレコなどの作業)はまた別のスタッフが担当している。みんな僕と同じ学生ボランティアで、スキルも素人に毛が生えた程度。出来上がる作品のクオリティも推して知るべしである。
今僕たちがいる山之中町は、人口三千人ほどの小さな町だ。その名の通り、周りを見渡しても山しかない。主要産業は農林業。全国どこにもである、過疎と高齢化にあえぐ田舎の自治体だ。
だけどこの町は「宇宙人の町」という触れ込みでずっと地域おこし活動をやっている。この町には大昔から伝わる「天女が空を駆ける舟に乗ってやってきた」という伝説があり、絵巻物としても残っている。その舟の形がいわゆるUFOに似ている、ということから、天女というのは実は宇宙人だったに違いない! という謎理論が生まれ、「宇宙人の町」のきっかけとなった、という。
しかし、実はこの町では本当に UFO が目撃されているのだ。と言っても、この町に高校卒業までの十八年間住んでいた僕でも一度も見たことはないんだが、1972 年にこの町で撮影された UFO の8ミリフィルム映像は、世界中のUFO研究者の間で信憑性が非常に高い事例として認められている。その、いわゆる「中野ムービー」を撮影したのが、僕が今いる「コスモス・ゲートウェイ」の館長、中野清三郎先生だ。「先生」というのは、もともと中学校の理科教師で、僕が習った先生だからだ。
あの頃、中野先生はいつも優しい声で僕に宇宙の話をしてくれた。太陽系の惑星、彗星、オールトの雲、そして星座や銀河、銀河団、ブラックホール……僕が今大学で宇宙物理の勉強をしているのも、先生の影響によるところが大きい。僕がこの世で一番尊敬している人だ。そして、中野先生は僕の卒業と同時に教員を退職して「コスモス・ゲートウェイ」の
「コスモス・ゲートウェイ」は1989年の「ふるさと創生事業」の一億円を使って、かつての町民会館の建物を改修して建てられた。当初は「宇宙人の館」という名前でキワモノ扱いされていたが、実は結構まともな博物館なのだ。H.G.ウェルズの「宇宙戦争」に登場する、タコみたいな火星人をはじめとして、有名なフィクションに登場する主要な宇宙人がここに勢揃いしている。版権を取るだけでもかなりの金がかかったことだろう。まさにバブルの成せる技としか言い様がない。「コスモス・ゲートウェイ」という名前に変わったのは、 21 世紀になった日、2001年1月1日からだ。
僕は子供の頃から「コスモス・ゲートウェイ」が大好きだった。地元の子供は入館料がタダだったので、僕はしょっちゅう入り浸っていた。特に僕がお気に入りだったのは図書室。子供向けのいろんな名作SFが読み放題で、その影響で僕もSFが大好きになってしまった。その頃から中野先生は非常勤でそこで働いていたため、実はその時点で既に先生とは顔なじみだったのだ。
もちろんフィクションだけではない。「コスモス・ゲートウェイ」には宇宙について学ぶコーナーもあるし、過去に宇宙人やUFOと遭遇した、と言われるエピソードも多数紹介されている。例の「中野ムービー」もだ。
だけど。
僕らが作っているのは、「中野ムービー」とは似ても似つかない、信憑性のへったくれもない、誰が見ても合成と分かるようなムービー。そもそも、動画サイトのチャンネルに「このムービーはフィクションです」と小さく書いてあるくらいだ。
そして、この活動を取り仕切っているのが、「コスモス・ゲートウェイ」に間借りしているNPO法人「山之中町UFO捜索隊」の代表、大久保信一さんだ。三十代前半の、ちょっと小太りのおっさん。
東京の大学の在学中に学生ベンチャーを立ち上げ、利益が出たところで大手企業に売却し、その後渡米して MBA を取得、さらに経営学の博士号も取ったという。そして帰国しITを使った地域おこしのコンサルとして活躍。今までに手掛けた地域おこしプロジェクトは20を超え、いずれも大きな成功を修めている……と、まあ、経歴はものすごいのだ……が。
この人、人格的にはどうなんだろう、と思うことが多い。
町長や中野先生みたいな偉い人にはすごく腰が低いのだが、僕らのような学生ボランティアにはとても横柄な態度なのだ。しかも、コンサル料金をたっぷりもらってるはずなのに自分では特に何もするわけでもなく、ほとんどの作業は僕らに丸投げ。機材だって最小限の安物しか揃えてくれない。
彼の言い分としては「自分はあくまでコンサルで、地域おこしのためのアイデアを出すというのが本分。それ以上は自分の仕事ではない」ってことなんだが……そのアイデアが、「あえてバレバレのフェイクUFOムービーを作って注目を集める」って言うんだからちょっと首をかしげざるを得ない。
だけど実績のあるコンサルの言うことだから、という流れになり結局それは認められ、動画サイトに公式チャンネルが作成された。で、そこに投稿するためのムービーを作るのが、僕らの仕事、ってわけだ。
しかし、僕らはボランティアだから基本的にバイト代は発生しない。しかも内容が内容だけに、チャンネルの登録者も増えないし、アクセス数も3桁ほど。これじゃモチベーションも上がらない。というわけで、当初はたくさんいたボランティアの学生も、一人また一人と辞めていき、今は僕を含め3人が残っているだけになっている。
本当にこれで、地域おこしになってるんだろうか……
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