一度目の異世界は人として

石兵八 陣

第1話 欠陥品

人が抱く感情に理由があるなら、なぜ人は悲しむのだろうか?


好きな子にふられる 愛する者が先に逝く。


度合いは問わない。


私は理解できない。 なぜなら、


人間が抱く負の感情は全く得をうまないからだ。


ただ私は笑っていればいいと思った。


笑うことは素晴らしい、 幸福に似た感情が湧く。


正の感情は明日を生きる力を与えてくれる、私はただ明日を生きたい。


私は負の感情を抱く私以外の人間を、


「欠陥品」だと解釈し優越感に笑みを浮かべていた。


しかし、そんな人生にも終わりが待っていた。


あれは数時間前のことだろう…


―― 二時間前 ――


高一の夏、男子校に通っていた私の家に強盗が入った。


目の前には包丁で刺された母と血に汚れた服でこちらをみる強盗犯の男。


母は「逃げて…」とかすれた声で言いながらも依然として出血は続いている。


私に迫ってくる男に最後の抵抗を見せる母。


男が母を振り払った勢いで血が付着する、私はその血の温かさに母のぬくもりを感じた。


わらった。


きっと私も殺されるだろう。だから笑った。


しかし、私の目に映ったのは 不気味さに怯え逃げる男の背中があった。


涙が出た。初めて泣いた、悲しいと自然に思った。


母が殺されたからではない。


なぜ自分も殺してくれなかったのか?


何故だ…


明日をただ生きたいと願っていた私がなぜ殺して欲しいと思ったのか、


そして、初めて抱く私が欠陥と罵った負の感情にパニックになる。


混乱が収まらないまま母に刺さっていた包丁を手に取る。


目の前が真っ暗になる。


エネルギーのようなものが抜けていくのを感じられた。


目が開く、「私は死んだんじゃないのか?」


周りを見渡す、辺りには母の死体どころか何もない。


「あら、目を覚ましたみたいね」


どこからか女性の声が聞こえる。


「あ、そうかあなたには見えないのよね、待ってて、具象化するから」


その声と同時に茶髪のロりが目の前に現れた。


「こ、こども?」声が漏れる。


「子供じゃないよ!私はエシリア これでも神様です!」短い両手でポンポンと叩いてくる。


「ご、ごめん。私の名前は柿沼 か」


「柿沼 和樹君でしょ」


「なんで俺の名前を?」


死んだと思ったら目を覚まし神様を名乗るロりに遭い、自分の名前を知っている。


理解ができない。


「そりゃ、私が地獄に行く君を引き留めたからね」自称神様の言葉は常識をどんどん離れてゆく。


「要点だけ説明します。和樹君」さっきとは違うキリっとした声に空気が変わる。


「和樹君の死んだ瞬間もその過程も人生もすべて天界から見ていました」


「はっきり言って、ロクな生き方も死に方もしてないですよね」


「は、はい…」ぐうの音も出ない。


「なので、異世界でもう一度人生をおくってみませんか?」


「異世界!?」


「そうです、異世界です。そこは地球とあまり変わりませんが様々な種族が    暮らしています、どうです?」


神様は問う。


私も問う。


「エシリアは、俺の前の生き方は間違ってるとおもうかい?」


「人の人生に明確な間違いなどないです、しかし、悲しんだりと負の感情を抱くことは和樹君が思うより悪いことではないですよ」


こんな回答が返ってくると思わなかった。エシリアはずっと見ていてくれたのだ。


「俺専用の回答だな、こんな偏った思想もってる奴なんて中々いないだろう」


思わず笑いがこみ上げる。


「決めたよ、エシリア、私は異世界にいく。異世界に行って人間としての在り方を探すよ。」


迷いはなかった。心地いい気分だ。


「そうかい、なら、今から異世界に飛ばすよー」


エシリアの周りに多数の魔法陣が展開される。


「エシリアにはもう会えないのか?」


「私は異世界でも見守ってますよ!だから安心して、あと、「私」じゃなくて「俺」のほうがかっこいいぞ和樹君。 君は今日から冒険者なんだから!」


奥から光が迫ってくる。泣きながら見送るエシリアを見ながら光りに飲み込まれた。













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