第五章「バックパックガールズ」
第五章 第一話「決戦の始まり」
六月二日の木曜日。
朝八時の空はすでに青く澄み渡っており、今日も暑くなりそうな気がする。
県大会の開催地である
今は開会式のため、
広場にはすでに、選手や審査員の先生が三十人ほど集まっている。
「今年は男子は四チーム、女子は二チームなんですねぇ」
聞いてたことだけど、本当に参加校が少ない。
登山大会は男子の部も同時に開催されるけど、審査は男女で別々だし、とにかくもう一つの女子チームだけを意識すればいいわけだ。
「負ければ準優勝。勝てば優勝して……全国大会」
千景さんがつぶやくと、剱さんは大げさに手を振る。
「いやいや……。準優勝って聞こえはいいけど、最下位っすよ。アタシは絶対勝ちたいっす」
剱さんは勝負とあって、がぜん張り切っているようだ。
大会は三日間の日程。
今日と明日が登山などのもろもろの審査で、三日目は閉会式のみだ。
いよいよ本番ということで気が引き締まる。
……そんな時、ほたか先輩がずっと静かなことに気が付いた。
ふと見ると、先輩の表情は重く沈んで見える。
「あれ? ほたか先輩、調子は大丈夫ですか?」
「……。……えっ?」
ほたか先輩はぼんやりしていたのか、私の声にもワンテンポ遅れている。
「……だ、大丈夫だよっ。
こうして会場に来ると、……ちょっと緊張しちゃっただけっ」
そう言って、ほたか先輩は力なく微笑んだ。
「あー。試合前ってピリピリするっすよね。メシもあんまり喉を通らなくなるし」
「剱さんはもうちょっと緊張しようよ~。朝もお弁当をおかわりしてたし……」
大会の集合時間が早かったので、朝ごはんは天城先生が手配してくれたお弁当だった。
一つだけだと剱さんは物足りなかったらしく、移動の途中で二つ目のお弁当を買い求めたのには本当にビックリした。
大会中に食べるお米は少し多めに持ってきているけど、剱さんなら全部食べてしまいそうだ。
その時、千景さんがふいに「あっ」と小さく声を上げる。
視線の先には黒い襟付きのシャツに黒い長ズボンの強そうな女子の集団。
ライバルである松江国引高校がやってきたところだった。
長身でスレンダーな女の子たちで、彼女たちもなかなか美少女度が高い。
その中で、一人だけ背の低い女の子が前に歩みだした。
「あ~、梓川さんと伊吹さん! お久しぶりで~す。去年の秋の大会以来ですねっ」
あれ。
意外と気さくで穏やかな声。
スパルタな特訓映像を見てたので怖い集団だと思ってたけど、とってもフレンドリーだった。
ほたか先輩も笑顔で歩み寄り、相手の選手と握手しあう。
「つくしさん、お久しぶりっ! 今回も楽しく登ろうねっ」
「はい、楽しく登りましょうねっ」
そして、つくしさんと呼ばれた選手は私に視線を移す。
「今年は一年生がふたり入ったんですね!
登山好きの女の子ってなかなかいないんです。仲良くしてくださいね!」
そう言って握手を求めるように右手を差し出してくれる。
並び立って実感できたけど、身長は千景さんと同じぐらい。なんだか親しみがわいてくる。
「わ……私、八重垣高校の一年、空木ましろです。……よろしくお願いします」
「ども。アタシは剱っす」
私たちが手を差し出すと、つくしさんは二人の手を包み込むように両手で握りしめてくれた。
「私は松江国引高校の女子山岳部の部長、
楽しんで登りましょうね~」
満面の笑みと共につくしさんはうなづく。
栗色の三つ編みが揺れて、なんだか可愛らしい。
強豪校ということで緊張してたけど、予想外の美少女の出現に私の心は浮き立つ。
登山大会は緩やかな空気に包まれ、ついに始まるのだった。
△ ▲ △
開会式はつつがなく終わり、選手は一列になって歩き始めた。
男子隊は前方、女子隊は後方にまとまっている。
女子隊と言っても二チームしかないので、私たち八重垣高校は松江国引高校の後に続き、列の最後尾を歩いていた。
ほとんど傾斜のない整った遊歩道なので、まるで林の中のお散歩のような気分になってくる。
腕時計を見ると、時刻はすでに午前十時過ぎ。
山の空気は涼しくて、気持ちがいい。
気分よくあたりを見回していると、道の脇の木陰に天城先生が隠れていた。
「あ。天城先生だ! やっほー」
小さく手を振ると、先生は口に指をあてて「しー」っと言っている。
バインダーらしきものに何かを書いているので、審査しているところのようだ。
うまく隠れているけど、私の目にかかれば隠れてても意味はない!
審査員の前では特に歩き方に気をつけようと、意識して足を運ぶ。
「ましろさん……疲れは、ない?」
「大丈夫ですっ。登山道っていうから緊張してましたけど、意外と荷物も軽く感じるし、なんかハイキングみたいです~」
私が笑っていると、すぐ後ろから剱さんが声をかけてきた。
「あんまりハイキング気分のままだと、あとで泣いても知らないぞ」
「そ、そんなに簡単に泣かないよぉ~!」
さすがに一か月は頑張って鍛えたし、そんなことはないと胸を張る。
まさか自分にあんな災難が降りかかってくるなんて、この時は思いもよらなかった――。
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